暇つぶし日記

思いつくままに記してみよう

ライデンの伝統行事?  Lakenfeesten

2019年06月29日 21時39分51秒 | 日常

 

2019年 6月 28日 (金)

夏日の暑さに参って家人が今晩はそとで食べようと言う。 作るのは自分ではないので、いいよ、何でもといって言うなりに町に出る。 今はライデンのお祭りでもある Lakenfeest(シーツ祭り)の時期だ。 毎年この時期に何日か17世紀のオランダ黄金時代の礎でもある繊維産業の中核だったこの町の繁栄を記念して開かれる行事だ。 何日間か、多分週末にかけて町中がどんちゃん騒ぎとなるのだがこの町だけに限れば10月3日の16世紀にスペイン圧制から解放されたことを祝う10月3日祭りについで賑やかなものだ。 だからといって何があるかと言うと地元のレストランが腕を競って広場に店を出して味を競う美味い物フェスティバルか、運河にそれぞれ小舟に装飾を施して仮装やDJでどんちゃんパレードする催しぐらいにしか頭が回らない。 先週だったかこの町のその時代に繁栄した繊維業者のギルドホールだった、今は美術館になっている Lakenhal(シーツ・ホール)が何年かの改装をへて再オープンするそのオープニングに招かれて出かけたところだからこれもあながち縁がないこともない。 ことしはこの町に生まれた画聖レンブラント没後350年にあたり、レンブラントがテーマになっているのだそうだ。

家人は久しぶりに「美味い物フェスティバル」にいってみようか、というので風車博物館の地下駐車場の上にできた広場に設置された場所に自転車で出かけた。 もう何年も前に家からはちょっと近くになるスーパーの前の駐車場でずっと開かれていたのがそこもこの何年か500台ほどが収容できる地下5階ほどになる駐車場を掘っているので今のところに越したのだそうだ。

ライデンにはミシュランに掲載されたレストランはいくつもあるのだが星のついた店はない。 けれど経験上幾つかのレストランはそれに並ぶような質のものがあり、そんなレストランのお試しメニューがこういう場合に紹介されるからそれを味わってみようという訳なのだ。 20-30のレストランにバーやカフェーなどの出店が並び、ステージではライブバンドが11時ごろまで明るい宵を盛り上げる。 一流の味付けなのだが盛られるものはプラスチックのペラペラの皿にプラスチックのナイフ・フォーク、かろうじでワイングラスがクリスタルとはいかずともガラスのジャンクフードなみの入れ物だ。 けれどもコースメニューは普通の盛りの半分以下であっても質はそれぞれのシェフが日頃のそのものだからここでの評判がこれから1年間の客の入りに左右するということなのだ。 大抵のテントでは一人のシェフに小僧が4,5人付きっきりでシェフに怒鳴られながら走り回っているのが遠巻きに見て取れる。 ちゃちな入れ物に出て来るフルコースのミニ版として4皿がガタガタのテーブルに乗せられるとしてそれに4000円以上払うのだから不味ければレストランの命とりにもなりかねない。 それに自分のキッチンとは違い日頃なれない野外のテント・キッチンでは緊張が走るのも無理はない。

この日あちこち見まわってここにしようと注文しているとステージではコンテストの結果が発表されていて、このレストランが今年の金メダルを獲ったのだと告げられた。 シェフはそんな発表があっても客を待たせるわけにはいかないので見向きもせずキッチンの中を走り回っていた。 このレストランにはこの20年ほどミシュランガイドに載っているのをみて何回か行こうと予約を試みたこともあったけれど何やかやで実現はしなかった。 自分の仕事場に近くほぼ30年近く毎日前を通っていたのだったけれど縁がなかったということだろうか。 この30年近くでオーナーが何回か替わりレストランの名前も今のものになって15年ほどだろうか。 このところの評判は値段が高いわりに味がそこについて行っていない、というものでこの何年も自分たちが出かけるときには候補になっていなかったものが今回で今のシェフなら少々高くとも満足が行けると確信した。 そうは言っても今の自分にはもう何時間もレストランに坐る体力も啖力もないかもしれない。 

賑やかで落ち着かない会場から出て市役所裏のライン川沿いのカフェーでコーヒーを飲みたいと出かけてみると日頃は土曜のマーケットの混雑を除いて静かな川沿いが人で埋まっていた。 船の仮装パレードでそれぞれに喧しく生バンドやDJががなりたてていて見物人たちも手にビールをもち浮かれている。 雑踏を避け帰宅してコーヒーを飲もうと向う側に渡ろうとするのだが人が一杯で向うに渡れない。 そこから川に並行した裏道を辿り橋を4つばかり通り越してやっと通路だけが空いた橋を渡って帰宅した。 

帰宅してネットでこの祭りのことを牽くと企画されたのが1986年と出ていた。 なんだ、自分がここの大学の語学教師として働きだした年ではないか。 あの時分には町の行事などにはほとんど興味もなく家にいたのだからこういうところに顔を出すのも大分あとになってのことだ。 それにライデンに家を買ったのは91年だからそのころにはこの祭りも少しは形が出来かけていたのではないか。 公園でポップやロックの野外コンサートもあったはずだ。 この町の伝統行事といっても自分がこの町に来てからのことだから伝統も何も言えることではないのではないか。 小さな子供が、昔僕がこうこうだったころ、、、というのに等しいようなものだと思うのだが、、、、。


クルーズ・バカンスの旅(5) 第三日 コペンハーゲン港 人魚の像(その2)

2019年06月29日 00時12分08秒 | 日常


午後3時ごろ旧ヒッピー地区を見物しそこからボチボチ船の方角に向かって歩いた。 折しもヨーロッパ共同体(EU)の評議員/議長選挙にあたり、そのキャンペーンのための候補者のポスターが町のあちこち、とくに幾つも渡る長い橋の欄干縁に幾つも張られていた。 中にはポピュリズムに勢いをたのむ極右政党候補の顔にマジックでヒットラーの髭を落書きされたものまである。 ことしは第二時大戦中・連合国ノルマンディ上陸75周年にあたり、世界中に勢力を広げる極右勢力に警戒を促す声があっても地方・中央とそんなポピュリズムを用いて極右勢力が勢いを広げているのは日本だけではない現象であるのがわかる。

コペンハーゲンというのはオランダの町とならんで町中での自転車交通、そしてそれに対するインフラが整っていることでも知られていてオランダと同じように人々が自転車で走り回っているのが普通に見えたし自転車道も整備されていた。 ただこの町の中で眼についたのが電動スケーターの多さだった。 オランダでもそうだが観光客の為にそれぞれの町の駅で自転車を貸しているところが多く、今では使った後返還するのに一々駅まで戻らなくとも市内に何か所かある設置場所に停めて置けばいい仕組みにもなっており、その先を行く電動スケーターではどこでも乗り捨て、借りたい人はその乗り捨てられたり駅などに纏められているスケーターのメーターのところにクレジットカードか決められたカードをかざしてそこから乗ればその距離により料金が決まり、使用後にスケーターに備わっているメーターにカードをかざして清算し、どこでも乗り捨てできるというものだ。 だからここでは使ってから設置場所までもっていく手間が省けるという便利さがある。 

この間ニュースで報道されていたのがこのシステムの「放埓さ」だ。 つまり管理者側は決まった設置場所を用意しなくともいい、管理場所から放置されたスケーターのバッテリー残量をモニターしてバッテリーをそこまで持って行くかそこからスケーターを需要の多い場所まで持ってくるかするだけなのだ。 問題は使い捨てる人が勝手に道の脇に放置し、不安定なスケーラーを倒して去ることで舗道を通る歩行者の妨げになることだ。 これがコペンハーゲンの町のあちこちで見られた放埓な現象だ。 使用者のマナーというより貸す方の管理方法が一考されるべきだろうしそのうちそれによって利益を受ける方、つまり管理者の責任が問われることになり、そこで何らかの策がうたれるということになるのだろうがいまのところこれに関しては野放し状態であるように見えた。 それには使用者のマナーの問題も多少はあるのかもしれない。 マナーについてはなかなかすぐにものごとが上手くいくとは限らないようだ。 

昔のように社会の中にある種の常識があって、また社会の編成にしても今のように多様なものではなく社会の成員のほとんどが互いに理解可能な価値観とか規範をある程度共有しているときにはマナーというものが機能するのだろうけれど、今のように多民族、世代間に多様な価値観がある場合には簡単にマナーといっても共通理解に至るのは容易ではないだろう。

4時半までに船に戻らねばならぬのでクルーズ船が着岸している場所まで水辺を辿って、同様に他のいくつかのクルーズ船に戻る人たちとともに同じ方向に急いでいた。 或るところまで来ると急に群衆が集まっているところが見え、何か催し物があるのかと訝りながらそこまで行くとその訳が分かった。 そこにはコペンハーゲンといえばこれと謳われて必ずコペンハーゲンの観光案内のトップに君臨する人魚姫の像があるのだった。 もう20年ほど前に観光バスの窓からちらりと見た記憶があるのだがそれがここだったかどうか分からなかったから突然の再会に驚いた。 そのときのバスは学会の流れであり、他国の研究者たちと日本語教育について熱のある話が続いており、アンデルセンの人魚姫の物語は承知しているもののそれには興味が湧かなかったし、そのとき雨模様の鬱陶しい中で侘しく水の中から突き出た岩の上に坐る像をああこれかと眺めただけだったように思う。 それが今、人だかりの先に、岸からほんの少し先の引き潮だったのか水も見えない岩続きにその像が人ごみに囲まれて唐突に現れたので驚いたのだった。 20年前の記憶の人魚は普通にコペンハーゲンの人魚の像として水から突き出た岩に坐るごく普通のありふれた印象だったものが、ここでは人で溢れ、人魚の岩まで岩伝いに人がびっしり押し寄せて人魚をバックに写真を撮っているものだった。

ここでもまた目についたのは中国人の観光客グループだった。 彼らは最前列に陣取って人魚をバックに一人づつカメラに収まっているのだがいつまで経ってもその場所は譲られない。 あとからあとから次々にそこを占領して圧倒する。 周りのものはそれを遠巻きに見ているだけだ。 衆を頼んでその場を圧倒するというのはどこでもどの社会でもあることなのだから今更驚くことはないのだが今中国人には世界中でこの勢いが目覚ましいようだ。 観光地、ショッピングセンターなどではこのような中国人観光客でにぎわっていると聞く。 だからどこでも観光収入になるから大歓迎なのだろうけれど彼らの行動が異様にうつるときがあって、それがあるときにはマナーの問題として比べられるようだが、彼らとは文化、民度、社会性などの価値基準が違うということがあり、異文化との接触に慣れていないということも大きい要素かもしれない。 だから彼らの世代間でのこれらの溝というのは若い中国人たちの服装に見られるようにそのギャップは明らかだ。 それをまざまざと見たのはクルーズの中国系の人々の態度・様子からだった。 2600人ほどの乗客の70%以上がほぼ70歳以上という老齢集団の中でも中国系の乗客たちの態度・服装などは旧世代に属するもので町で見る中国系の若者のものとは雲泥の差がみられるようだ。 それに伴って若者たちの行動様式・価値観も西欧のものに近似しているようにも見受けられるがその根幹の違いは当然あるとしてもマナーに関しては他人の行動を見る、と言う点では「横柄に映る」ということからは免れているようにみえ、そこにはどの社会にも見られるような他人の眼を気にするというような「初々しさ」という要素もあるのかもしれない。 

マナーということでクルーズ内で面白いと思ったことがあるのだがそれはまた別の項で記すことにしようと思う。 ここではそんな喧騒の様子を人魚姫は乾いた岩の上からただ国際観光に貢献すべく涙も枯れた眼で虚ろに眺めているだけだった。