この何年も関西空港を発つ前に食堂で蕎麦を喰うのが習慣になっている。 だからこの何年も日本最後の食事は笊蕎麦ということになっている。 朝8時前にスーツケースをカウンターに渡しベルトコンベヤーの秤の数字が23kg以下かどうか気にしながらあとまだあと500gいけると知ると嬉しくなり、機内持ち込みのデイパックだけで軽くなったら、さてこれから2時間半ほどブラブラと時間を潰すのにまず朝食をと開店し始めた食堂街をブラブラ眺めながら何にしようか迷うのだが、昔は朝からカレーや餃子などでビールだったのがこの何年かはもうそれが出来なくなっている。 腹にもたれるのだ。 若い時から胃は丈夫で腹一杯喰わなければ満足できない百姓腹なのだけれどこの何年かはこれから狭い機内に10時間以上座ることと飛び立ってから3時間ほど経てばあまりうまくもない機内食が始まることも計算に入れてどっしりとしたものを腹に詰め込むということはできないからだ。
そんなときに一番軽いものを物色していて習慣になったのがザル蕎麦に常温の冷酒だ。 まず冷酒がでてきてそれにつまみとして甘くない、蕎麦を軽く揚げたカリントウ仕立てのものが添えられてそれをポリポリ齧りながら冷酒を飲んでいるとザル蕎麦がでくるという趣向だ。 そこに山葵の根がでてきて大根おろし器の小さいのでゴシゴシ擦ってタレに山葵おろしをいれるというなかなか悪くない年寄り向きの朝食ができる。 済んでから蕎麦湯が来てそれをタレに注いで飲めば出来上がりで腹の調子も悪くない。 それをこの3,4年で10回はやっている。 けれど今回はそれを何日か前に昼食として口にしているので今回は気が変わりとんかつ屋でカキフライをビールで喰った。 添えられたキャベツも白米も3分の1ほどしか喰わず大粒のカキフライを今回日本最後の食い物にした。
滞在中大阪梅田にアイルランドで壊したレンズキャップの代えを買うのとジュンク堂書店でめぼしいものをみつけるのにキタを歩いていると書店の近くに菅原道真が大宰府に流される前に立ち寄ったと言われる網敷天神御旅社という小さな社があってビルの間に窮屈に収まっているのが哀れでおかしかった。 1時間ほど静かな書店にいて2,3冊買って外に出れば1時を廻っていた。 あまり腹が減っていなかったけれど地下鉄の駅まで歩いて行く途中に蕎麦屋があったのでそこに入り冷酒でザル蕎麦にした。 初めに出てきたのが写真のこれだ。
合成樹脂にちがいないけれど侘びた塗りに模した酒器、カリントウ様のカリカリした蕎麦なのだが蕎麦色をしていない。 味のないチキンラーメンを齧っているような気がしたがこの酒器に免じてその後のあまり特色のないごく普通のザル蕎麦を腹に入れた。 蕎麦湯は呼ばないと持って来なく、その向うに二十歳ぐらいの娘が大きなうどんの丼に五目飯の定食を元気に腹に入れていた。 今回の滞在中昼食は軽いもの軽いものと考えながら喰っていたように思う。 こんなことは今までなかった。 明らかに老化現象なのだ。 それから5時間ほどして女友達と晩飯を食ったが待合わせた場所についても腹が減っていなかった。 空腹を感じるあの健康はもう戻ってこないのだろうか。