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いつでも君のこと好きだったよ

塔2020.6月号の掲載歌から(1)人、ものごとの歌

2020-06-23 20:41:28 | 日記

 このあいだ届いた塔の6月号から1首評を書くということで、ようやくきょう全掲載歌(月詠草)を読み終えた。ほんとうはそんなに全部読まなくても、気に入った歌について書けばいいのかもしれないけれど、もっといい歌を見逃していたら悔しいという一心で、読んだ。いいな、書いてみたいな、と思って書き出した歌が36首。

 

 新樹集(塔ではその月の連作の優秀作10作が吉川宏志氏によってここに選ばれる)からは選ばないことにする。なるべくいろんな人の歌がとりあげられるほうがいい。百葉集(その月のいい歌20首が同氏に選ばれる)と選歌後記(各選者の選歌の最後に注目作が述べられる)は私のセレクトしたあとに読んだ。36首中、百葉集と重なっていたのが2首、選歌後記と重なっていたのが3首だった。

 

 きょうはまず、36首のなかから、人、ものごとの歌をご紹介。

 

 目覚めれば母は家にもこの世にもいないと思うそこから始まる     北山順子

 指しゃぶる人のくちより指を出し食事介助を一日三度         紺屋四郎

 ぎんなんの踏まれたところよけながら鳥居をくぐる今朝もひとりで   増田美恵子

 前を行く人が残した残額を追い越しながら改札くぐる         竹田伊波礼

 春布団に昼をこもれる息子の手ふれれば指ずもうの始まる       山下裕美

 水筒に残ったお茶を飲み干して今日という日が今日また終わる     紫野春

 

 人が作った歌を読ませてもらうと、その人それぞれに暮らしがあることをしみじみ思う。介護中の人、親がもういない人、毎朝ひとりで鳥居をくぐる人。竹田さんの歌は通勤でしょうか。確かに、改札をみんな早いスピードですり抜けるので、自分が通るとき、前の人の交通系カードの残額がまだ示されている。毎日見ているのに歌にしようと思ったことがなかった。竹田さんの歌は意表をついてきて切り取り方が独特だ。息子と指ずもうする山下さん。いいな。水筒のお茶。私も毎日飲み干します。こんなふうに自分の暮らしの中の共通項を見つけたり、まったく違うけれど少し未来を想像したり、もうたぶん経験することのない過去の時間と重ねたり。結社の歌は自分の今が人生のなかの「点」であることを教えてくれる。

 

 公園に吾(あ)がぶら下がる鉄棒を「どいて・・・いただけますか」と少年が言う  樺澤ミワ

 「使っているから待って」と少年に意地張りて言う、ばあさんでも言う       樺澤ミワ

 釣り宿はウィルス騒ぎに人けなし夫と二人で男湯に浸る              戸田明美

 ぽちぽちと白梅咲いて叔父はまたイノシシ封じの策を語りぬ            長岡真奈美

 大判のせんたくネットに猫を入れクリニックへいそぐ濃霧の道を          小谷栄子

 この冬が終われば捨てると決めているパーカーを着て河馬を見にいく        上澄眠

 

 ええっ! と思った歌。6首。樺澤さんの2首は続けて読むと面白い。「使っているから」って。(笑) 「ばあさんでも言う」という開き直りっぷりがかっこいい。ほかにお客さんがいないとはいえ、男湯に浸かるって、万が一急に誰か入ってきたら・・・ってどきどきする展開の戸田さんの歌。「夫と二人で男湯に浸る」という堂々としているのがこれも余裕を感じさせていい。余裕といえば、長岡さんの叔父さんの「イノシシ封じの策」も、その人にとっては年中行事(赤紫蘇がでたら紫蘇ジュースを作るとか)のひとつなのだろうけれど、ぽちぽちと白梅が咲いたら策を考えるっていうとりあわせが面白い。小谷さんの歌は私は猫を飼ったことがないけれど、こんなふうにクリニックへ連れて行くことが、歌にするととてもドラマティックに思える。大判のせんたくネットも、濃霧の道も、やむにやまれない感がある。上澄さんの捨てると決めているパーカーを着て、河馬を見にいく、という行動も他人からみたら不思議に思えることも、日常のひとこまなのだろう。

 

 不愛想なレジの店員釣り寄こすついでの様に花の種くれる      きむらきのと

 その店を教えてくれたともだちがいなくなっても店にはかよう    山名聡美

 唇を人にぬらせて死のことを少し思いぬ春のデパート        山名聡美

 目の下に月の破片をうすく塗るスポットライトをあつめるために   帷子つらね

 

 6月号掲載ということは、3月20日締切の歌だから、コロナやマスクの歌も多かった。でも、困ったり、自粛したり、不自由を感じながらも暮らし続けている人の日常に、柔軟さや強靭さを思った。会話が減っても花の種をくれたり、化粧をしたり。山名さんはデパートの美容部員に口紅を塗ってもらっているのだろう。そこに死化粧を連想するところが個性的。帷子さんの歌は、最近のアイドルの本をこのあいだ息子に見せてもらったときに、みんな目の下にテカっと光る筋を描いていて、「このナメクジが通ったあとみたいなメイクはなに?」と言ったら、息子が「これが令和のメイクやねん!ちょっと涙ためてるみたいでかわいいねん」って言われたことを思い出した。ほほー。そういうものか。なるほど、「月の破片」なのですね。

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