このあいだ奈良で泊まったホテルの朝食はビュッフェスタイルで、目のまえで焼いてくれるオムレツもありました。
とろりとケチャップを載せて、テーブルに運ぼうとしたとき、ああ、と思い出したことがあります。
息子が小学生のころ、毎日新聞主催のちいさな童話大賞というのに続けて応募していました。 残念ながら、息子が小学六年生のとき、その賞はなくなってしまったのですが。ラッキーなことに、最終の年と、その前年に私の童話が入賞し、家に招待状がきました。授賞式は東京の如水会館です。受賞後のパーティで息子は小学五年のときにはじめて目の前のシェフにオムレツを焼いてもらって、感動していました。何度かおかわりもしていました。
翌年、また招待状がきたとき、「また東京行く?」と訊いたら、息子は「オムレツある?」ときいたのです。「あるよ」「じゃあいく」 男の子というのは食いしん坊で小学六年生でもまだ心は幼児なみだなぁと思っておかしくなりました。
・オムレツが好きで私についてくる身体の大きい小さな息子
という歌を作って塔の月詠にだしたら、河野裕子先生が百葉集(その月の優秀作20首の頁)に採ってくださいました。コメントもついていて、「童話を書く作者であることを知っていると、たのしくなる。オムレツはたいていの子供が好きな食べ物だ」(2006年10月号)
この歌はとても大切な歌になって、第一歌集『貿易風』にも入れました。
そういうもろもろを思い出して、テーブルにオムレツをおいて、愛ちゃんにそのことを話すと、「裕子さんに会いたい」と、泣き出してしまいました。 ビュッフェからもどってきた瑞紀リーダーも私もつられて涙ぐんでしまいました。
息子はもう大きくなってしまって。 裕子さんはいなくて。
私たちの舟はどこへいくのでしょうか。