うたのすけの日常

日々の単なる日記等

ひぐらし食堂 3

2014-09-26 15:24:31 | ひぐらし食堂

                                               

                           (3)

舞台溶明、その日の夜もおそく、店は暗闇に包まれている。灯りも消えひっそりとして

いる。下手から邦夫登場して店の戸を開ける。晒しを巻きダボシャツに背広を引っ掛け、

素足に雪駄履きといった典型的な終戦直後のやくざスタイルである。電気をつけ厨房に入

りなにやらがたがたさせている。座敷の電気がつき誰か起きだす様子。

 

謙三  誰だ!こんな遅くにがたがたと。

邦夫  俺っ。

謙三  俺じゃ分からねえ!

邦夫  とぼけちゃって、邦夫だよ。

謙三  邦夫か、初っからそう言え。なんだ、こんな夜分に帰って来て、何しに来た。

邦夫  何しにもないだろう、自分の家帰って来て。それより戸締りもしないで物騒じゃねえか。

謙三  お前のがよっぽど物騒だ、母ちゃんが銭湯へ出てんだよ。(言いながら境の障子を開ける)何だ、丼なんか持って、腹でも空かしてんのか。

邦夫  (丼の中を突っつきながら椅子に掛け)相変わらずすいとんや雑炊売ってんの父ちゃん。こんな商売やってんからいつまでもバラック住まいなんだよ。

謙三  気に入らないか。

邦夫  そういうわけじゃないけど、利口に立ち廻りゃあ、いくらでも儲け口にこと欠かない時代だぜ。それをしない手はないって言いたいんだよ。

謙三  たまに帰って来て親に説教か、そういうお前はどうなんだ。腹空かして帰って冷えたいすいとんなんか食って、ええ、どうせ博打で素寒貧って始末なんだろう。早く食っちまえ、母ちゃんが見たら泣くぞ、馬鹿!

邦夫  (慌てて食いだす)別に腹空かしてるわけじゃないさ、懐かしくてよ。もう、帰る時間かい?

謙三  行ったばかりだよ。

邦夫  早くそう言ってくれよ、焦っちゃうじゃないか。

謙三  何処にいたんだ?

邦夫  上野っ。

謙三  やっぱりそうか、進駐軍の物資の横流ししてるってじゃないか、本当か。

邦夫  よく知ってるな、横流したって、別にかっぱらいしてる訳じゃないよ、GIから買い集めて闇に流すだけだよ。GIは小遣いになるし、日本人は喜ぶ、ギブアンドテイクだよ。

謙三  なに屁理屈こねてんだ、それだって法律違反だ。

邦夫  今時の日本で法律犯していない人間なんかいるかよ、闇米食わないで餓死した裁判官はいたけどね。父ちゃんそんなの褒められか?

謙三  それが屁理屈ってんだ。邦夫な、MPにでも捕まってみろ、沖縄へ持って行かれて重労働だぞ。

邦夫  そんなことは覚悟の上だよ、でもよっぽど運が悪くなきゃそんなことにはならないよ。安心しなよ父ちゃん、このこと母ちゃんに内緒だよ。

謙三  バカ、母ちゃんが駅前で聞き込んで来たんだ、先刻承知してるよ。

邦夫  (しょげる)まずいなそれは、そんな心配することじゃないんだけどな、母ちゃん心配性だからな、父ちゃんから上手く言っててくれよ。

謙三  なに考えてやがんだか、母ちゃんに心配掛けたくなかったら真っ当になれ!

邦夫  そんな大きな声だすなよ、(戸口を伺う)そろそろ帰って来るよ。

謙三  そんなに母ちゃんが心配なら家の商売手伝うか、真っ当な仕事についたらどうだ。

邦夫  (丼を厨房に運び手早く洗って戻り、ラッキーストライクに火をつける)父ちゃん、吸うかい?

謙三  うん、洋モクか、一本貰うか。

邦夫  父ちゃん。

謙三  何だ。

邦夫  (取り出したライターで器用な手つきで火をつけてやる)これで同罪だな。

謙三  ?……(思わずむせる)バカ言ってんじゃない、それより商売やるか仕事に就くかだ。

邦夫  またかよ、なあ父ちゃん、勉強も半端な予科練崩れに仕事なんかないよ、今時。それに飯屋なんて向かないと思うよ俺には。

謙三  身い入れて見なきゃ分かんないじゃねえか。それに無理に家の商売やれって言っちゃいない、外に仕事がないのはそうかも知れないが、そうだからってグレてることはないぞ、家で落ち着いてたらどうだ。

邦夫  (うんざりといった表情)またいつもの伝か、いい加減にしてくれよ父ちゃん、俺は好きに生きる。

謙三  アウトローか。

邦夫  アウトロー?洒落た言葉知ってるじゃないか。……そうだ、姉ちゃん今日昼間、GIと駅前歩いてたってじゃないか。駅前じゃ噂になってるよ。

謙三  (不機嫌に)ほっとけ!お前がとやかく口にするこっちゃない。

邦夫  (ふくれて)俺はなんとも思っちゃいないよ。姉ちゃんはしっかりしてるから。

謙三  しっかりするのはお前だ。

邦夫  違げえね。

 

奥の襖が開き、清子、夏子が欠伸をしながら顔を出し、同時に店の戸が開きよねが帰っくる。清子、夏子上がり口に腰を下ろし、よね、「あらっ」と邦夫を見て驚き、足早に椅子に掛ける。瞬時沈黙が流れる。

 

よね  邦夫、いつ帰ってきたの、なんだいそのナリは、まるでやくざじゃないか、情けないねえ、(洗い桶から慌てて手拭を取り出す)

謙三  かあさん、今日はなにも言うな、俺が散々言ったんだ。明日ゆっくり言って聞かせればいいさ。

邦夫  明日?俺これから出かけるんだよ。小言聞きに帰ったんじゃないよ。

清子  邦夫、そんな言い草ってないだろう!一晩くらい泊まってお母ちゃん安心させたらどうなのよ。いつまで親不孝したら気が済むの!

邦夫  おお怖ええ、

謙三  ほっとけ!

 

よね、手拭で顔を覆って座敷に上がり、境の障子を荒々しく閉め背を向けて座り、畳に

伏せる。清子、夏子土間に降りる。

 

夏子  全く親泣かせなんだから邦あんちゃんは、それに何よその格好!英兄さんを少しは見習ったら!こっちが恥ずかしいわ。月とすっぽん提灯と……なんだっけお父ちゃん?

謙三  提灯と……止めとく。

邦夫  英さんと一緒にすんない!英さんはな夏子、以前は銀座新橋で一匹狼で鳴らした学生やくざだったんだ。土地の顔役も一目置いた凄え人なんだぞ!おまけに居合い抜きの段持ちだ。やくざにゃ強いが女にゃ弱いって……いや、やさしい男ってところかな。

夏子  ふーん、そうなんだ。

謙三  子供相手につまんねえ話してじゃねえ邦夫!

夏子  お父ちゃん、何で英兄さんは特攻隊なんか行ったの?行かなければ良かったのに。

謙三  誰も好きで行ったんじゃねえ!学生だからって、おちおち勉強なんかしてられる時代じゃなかったんだよ。志願しなくたって、いづれは徴兵だ。(思い直したように、座敷を気遣いながら)邦夫、出かけんのもいいが、いいか、間違っても後に手が廻る真似だけはしてくれるなよ。母ちゃんをこれ以上泣かすな。

清子  (店を出て行く邦夫の背中に)邦夫、闇商売ぐらいは姉ちゃん大目に見るから、喧嘩して人傷つけたり、人の物に手え出すことだけはしないのよ、いいわね!

邦夫  (向き直り)わかってるよ姉ちゃん、俺だってそれほど馬鹿じゃない、そこんところは承知してるさ。それより父ちゃんに言ってやれよ。

清子  何を?

邦夫  商売の事だよ、駅前の食堂じゃ、駅前に限らないが何処だって闇米売ってるんだよ。表に外食券をバイ人立たせて売らせ、堂々と銀シャリ食わせてんだ。堅いばっかりが能じゃ無いって、みすみす金儲け見逃すことないって。(店を飛び出そうとしたが、振り返り)そうだ、忘れるとこだ。駅前で靴磨きしてる可愛い娘いるだろう。その娘毎日飯食いに、飯じゃねえやすいとん食いに来るんだってね。

謙三  すいとんで悪かったな。

邦夫  (腹巻から緑色した布地を取り出し)これ、その娘にやってくれ。

清子  なに、ビロードみたいじゃない。

邦夫  靴磨く布(きれ)だよ。大分擦り切れたの使ってたからな、持って来てやったんだ。 

清子  どうしたの?

邦夫  どうしたのって、電車のシート剃刀で切って頂いんたんだよ。じゃね。(飛び出して行く)

謙三  あいつめ。綾ちゃんに目つけやがったんだな。

清子  そうじゃないわよ、変にあの子気の付くとこがあんのよね。(一人呟く)どうせオンボロ電車、どんどん板張りになってんだから椅子、大目に見るか。

よね  (顔を覗かせ)行っちまったんだね。あんた、あの子なにしに来たんだい。

謙三  なにしに来たんだか、別にどうってことはないんだろう。お前の様子を見に来たんだろ。

よね  (顔を一瞬和ませ)お腹空かしてたんじゃないだろうね。

謙三  そんなことあるかい。清子……

清子  なにお父ちゃん。

謙三  かあさんも聞いてくれ、夏子もな、あいつの言い草じゃないが、闇米仕入れて銀シャリ売れば儲かることは分かっているよ。だけどな、高けえ食事取れないで、わざわざ来てくれる客もいるんだ。配給だけに頼って商売するのは骨は折れるが、誰かがやらなくちゃならないんだ。俺は馬鹿正直だ、融通が利かない堅物と笑われようが、いつかは報われる世の中が来ると思ってるんだ。たとえ報われなくたってそれはそれで良しと決めてんだよ。

清子  そうよ、お父ちゃん。お父ちゃんの商売なんだから、自分の思うとおりにやったら良いのよ。ねえお母ちゃん。

よね  そうだとも、自分たちだけ米のご飯頂いて、お客にすいとん食べさせる訳にはいかないよ。それで堂々と胸張って、大偉張りで生きて行けるんだよ。

謙三  (苦笑いしながら)俺だって時には、闇米じゃんじゃん売って儲けたいって気になる事もあったさ。お前たちに銀シャリ鱈腹食わせたいって思った事もあるさ、だけど、邦夫があの通りだ、何時警察のご厄介にも成りかねねえ風来坊だ、この俺が闇でしょっぴかれでもしてみねえ、親子で警察で鉢合わせなんて事になったら、とんだお笑い草だ。

よね  ほんとだよ。このままで良いんだよあんた。

清子  でもあたしはお弁当の代用食食べてるの恥ずかしかったな、薩摩芋のときなんか特にね。

夏子  あたしは平気、お腹がイッパイになればなんだって良いわよ。お母ちゃんがいつもあたしの分て余分にくれたもん。

謙三  そうだよな……腹は空かさせなかったぞ。(胸を張り)今でも。

よね  その代わり、おならがよく出た。

夏子  やだあお母ちゃん(四人大笑いする)

よね  笑いが出たとこで寝るとしようか、くよくよしたってしょうがないねあんた。

謙三  そうこなくっちゃかあさん。

清子  そうよそうよお母ちゃん、気を強く持ってよ。

夏子  さっ、寝よう、寝よう。

 

 

暗転



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