その娘も今は二十を頭に二人の子持ちです
娘たち夫婦は仕事の関係もあってか両親と同居することなく、これも仕事で当地に所帯を落ち着けるまで、関東エリアでしたが数箇所にわたって住居を移している。
その間あたしから見て、いろいろ浮世の辛酸を彼女らなりに味わったはずある。そしてこの地にきて15年の余、娘も二十と高校三年の子の親として、やっと僅かながら人生の基盤に腰を下ろしかけたといえるのではないのだろうか。しかし正直その生活ぶりを見るに、余裕には程遠いのではないかと案ずるもするが、しかしそれもよしとするべきと思う。健康で睦まじく、学生を除いて家族三人で働いている姿をみれば、幸福の二字に包まれている家族と思う。
娘が嫁いで20年の余、世の移ろいはその速度を増していた。義母は既にこの世になく、下の孫の七才の祝いの宴には義父とあたしら夫婦だけの参席であった。そして義父はなんの波風たてることなく、下の息子二人との生活に入り、その後その息子は結婚し、自然と同居するかたちとなっていた。あたしも家内も娘に対して、極力こっちへは来なくともよいから、義父の許を訪ねるように言い、義弟夫婦にたいしてなにかと気配りを忘れるなと説き続けていた。
その娘の義父もあたしより年上ではあったが、数年前に下の息子夫婦の看病の許に亡くなった。あとは自ずと分かって頂けると思う。全て自然の成り行きで、以前娘をこっちへ引っ張るなんて心積もりをした自分が疎ましくてならぬ。五年前娘夫婦が家を購入するさい、それを機会に同居の話が娘からあった。
「遠く離れていては、いざ病気となってもすぐには駆けつけられない。看病するにしてもままならぬから、同居しない。」
それにたいして家内は
「どっちか一人になって、足腰たたなくなってから世話になるより、元気なうちから同居したのが正解かもよ、お父さん」
家内がそう考えるなら、あたしには異存はなにもない。
「そう言ってもらえるうちか花かもな」
そんなことで同居が決まり、まだ元気だった猫を連れて、娘の連れ合いの運転する迎えの車に乗った。
あたしは今安堵していることは、娘の家族と義弟夫婦の仲の良いことである。行き来があり、亡くなった両親の仏事に娘夫婦は孫を伴い誘いに欠かさず応じている。孫たちも年下の従兄弟が可愛いと帰ってからあたしらに話す。
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私達はどちらか一人になったら、ひとりで暮らすそう思ってます。生まれた時も一人 死ぬ時も一人です。パソコンの字見えません。
パソコンの字を見えなくさせてしまって申し訳ありません。