うたのすけの日常

日々の単なる日記等

ひぐらし食堂 7

2014-09-30 10:27:58 | ひぐらし食堂

(7)

 

数日後月も替わり、初冬の風が時折寒々と店の暖簾を煽る。店内には綾子が数人の客に混じって朝食を摂っている。今朝は街の空気がなんとなくざわめいている。地方選挙が公示され、選挙運動が始まったのである。駅の方角からメガホンで我鳴る意味不明の声が近づいてくる。

 

綾子  ご馳走様、(丼を厨房のよねに手渡す)

よね  はいよ、いよいよ真冬が到来だ。だんだん寒さが厳しくなるから、風邪引かないように気をつけるんだよ。

綾子  はい、じゃ小母さん行ってきます。

よね  (その背中に)英さん上野、ずっと付き合ってくれてんだろう?(綾子振り返り嬉しそうに、ええと答えて店を出る)

よね  あんた、綾ちゃんすっかり元気になったね。

謙三  ああ、元と変わりねえ、良かったな。

 

 客つぎつぎと店を出て行き、朝の時間を終えた二人、椅子に腰を下ろして一休みといったところで店の前が騒がしくなる。区会議員に立候補した太井の一行である。幟を翻し、メガホンで支持を強要せんばかりに怒鳴る子分を従えた太井が登場する。二人、表に出て、太井に軽く頭を下げる。

 

太井  おうっ、ひぐらしさん、景気はどうですかい?いよいよ我が街復興の時です。(周囲を睥睨し)不肖太井三郎、粉骨砕身地元皆さんのため、この町を一日も早く復興させるために、区議会に出馬することにしたのよ。

謙三  大変ですな朝早くっから。

太井  まあな、ところで……(周囲を見廻し)倅の事なんだが、奴さん最近大分派手にバイに走ってるらしいんだ、それにいちゃもん付ける訳じゃねえが、俺としては、はははっ、いささか目障りなんだ。縄張りってもんがあるからな、しめしはつけなくちゃならねえ。

謙三  (顔色を変える)待ってくださいよ太井さん、邦夫が縄張りをどうこうしたって仰るんですか?

太井  そうは言ってねえよ、いずれそうなるかも知れねえってことを言いてえんだ。どうだい、倅はなかなか見所がある。だが寄らば大樹の陰って言うぜ、俺ん所の身内になったらどうか、倅に一度聞いてみてくれ。俺は面倒が嫌いな人間でな……それじゃまだよそ廻らなくちゃならねえから。(太井、不敵な笑いを残し、一行メガホンの騒音を残しながら去って行く。謙三とよね不安げに見送り店に入る)

よね  あんた、英さんの言ってたことほんとだったんだね、邦夫のこと。

謙三  ふん、脅しに掛かりやがって、ほっとけばいいさ、こっちにはなに一つ弱みは無いんだ。

よね  でも邦夫のことが、向う見ずになに仕出かすやら分かんないよ。

謙三  あいつだって其処んところは心得てるさ、太井の縄張りまで入り込むような真似はしないよ。英さんも気を使ってくれているし、心配するこたないよかあさん。それより飯にしようよ。

 

二人が朝食の雑炊を食べ終わる頃、表から拍子木の音が聞こえてくる。

 

よね  あんた、紙芝居だよあの拍子木。

謙三  そうらしいな、紙芝居の復活か、焼け跡だらけで場所にはこと欠かないや。(立って行き戸を開ける)あれっ、あの紙芝居や……伊織さんじゃないか。

よね  伊織さんてお巡りさんの?まさか、(謙三の傍に駆け寄る)そうだわよ!呼んでみよう、伊織さーん、伊織さーん!

伊織  (振り返り照れ臭そうに笑う)へへへっ、これはひぐらしさんお早う。

謙三  お早うもないでしょう、何ですかその格好は?それも仕事のうちですかい。

よね  とにかくお入んなさいよ、さっさっ、(二人して伊織を店に引き入れる)

謙三  どうしたんです?わけ聞かして下さいよ、一体どうなんちゃってるですう。

伊織  警官辞めたんだよ。

謙三  辞めたっていつ?

伊織  辞めたってより早い話が首になったんだ警察。

よね  クビ?またどうしてです。いやその前に朝すんでんですか。食べたの、じゃ今お茶淹れますからね、ゆっくりわけ聞かしてくださいよ。警察と聞いては腰据えなくちゃ。(お茶の支度をする)あんた、かんそ芋があったね。

謙三  卓袱台の下だ。それで又何だって首に?

よね  待って、今下へ直ぐ行くから伊織さん。(謙三に)あんたずるいよ一人で聞いたりしちゃ。お待ちどう様、それで?

伊織  話すんですか、弱ったなあ……実はね、パトロールしててばったりかつぎやと鉢合わせしたんですよ。俺はその、見て見ぬ振りそのままやり過ごそうと思ったんだが、其奴何勘違いしたか、いきなり俺の胸のポケットに百円札捻じ込んで、脱兎の如く横丁へ駆け出すんだよ。「おいおい」って言う間もあらばこそ、あっという間に消えちまったんだよ。追っかけようにも腹空いてるしさ、しょうがねえな、なんて思っているうち、そんなことすっかり忘れてしまったんだ。

謙三  (尤もらしく)うん、有り勝ちなことだな。

よね  そしてどうなすったんですか。

伊織  どうもこうもないですよ。交番へ戻ったら部長と同僚が怖い顔しててね、傍にしょんぼりさっきの男がいるんですよ。其奴俺から逃げた出した後、同僚に捕まってさ、さっきそこで百円渡して見逃して貰ったって、また百円出してふん捕まったって訳だよ。

謙三  立場最悪ですね。

伊織  もいいとこだよ。部長が本当かって言うから、ああそうだったと思ってポケットまさぐったら百円札が出てきたってわけですよ。当たり前だ奴が入れたんだから。しまったと思ったが後の祭り、以上だよ。収賄で即刻懲戒免職さ。

よね  でも伊織さんは受け取るつもりも、見逃すつもり……ではない捕まえる気も全然無かったわけでしょう?そこんところ上手く弁解できなかったの?

伊織  同じ事、職務怠慢でお払い箱ですよ。

謙三  ついてないね。

伊織  その通りですよ、ツキはさっぱりと逃げ出してますね俺からは。孫の顔見ようなんて年に兵隊に取られ、鉄砲の代わりに鍬持たされ芋作りに汗流す始末さ。付近の百姓には芋兵、芋兵って馬鹿にされるし、戦争が終わってやっとの思いで帰ってみれば、女房子供は三月の大空襲で焼け死んでしまってたって訳ですよ。ツキに見放されるなんてもんじゃないよ、会社は焼けて行方知れず、警察官募集のポスター見て潜りこんだが、所詮お巡りは俺の肌には合わない。これで良かったと思うよ、負け惜しみなしでさ。はっはは……(自嘲気に笑う)

よね  みんなそれぞれ苦労がお有りだったんですねえ。(手拭を出す)

謙三  なるほど、そういうわけですか。それにしても紙芝居とはまた思い切りましたね。

伊織  とにかく職探しと知り合いを駆けずり廻ったんだが無くてね、たまたま隣の年寄りが戦前からの紙芝居やで、自分はもう年できつくなったから良かったらやって見ないかって、それで一式借り受けて始めたってわけだよ。はははっ、速成の手ほどき受けてね。

よね  それにしても勇気いったでしょう?

伊織  それほどでもないよ、元々俺は子供の頃から芝居心があってね、こういうこと嫌いじゃないんだ。なかなか子供たちには評判良く大勢集まるんだ、大人たちも結構見てるよ。

謙三  そいつは良かった。あの商売も上手い下手があるからね。警官やってるより良いじゃないですか。収入も結構有ったりして……

伊織  腹減らして立ち眩みするようなことはないよ、はははっ。

 

伊織の笑いが空しく消えていく中、舞台溶暗そして溶明。その日の夜、謙三の店。座敷

で謙三よね清子、夏子の四人遅い食事をしている。

 

清子  その伊織さんて警官見事な転身遂げたわね、警官から紙芝居やさんなんてなかなか真似出来ないことよ普通の人には。

謙三  そうだとも、俺、つくづく感心させられたね。人間やる気になりゃあ何だって出来るってことだよ。

よね  あの人も戦争被害者だったんだね。それも飛びっきりのさ。あたしは話聞いてて涙が出て来たよ。

謙三  全くだ。ああそれよりかあさん、清子に確かめることがあったんだよな。

よね  そうそう、忘れるとこだった。あんたからお聞ききよ。

謙三  なに言ってんだ、こういう話は母親が聞くもんだ。久し振りだ家族でゆっくり飯食うなんて、こんな機会ないよかあさん。聞いてみな。

よね  全くあんたって人は、なんでも人に押し付けるんだから。

夏子  ご馳走様、なんか大事な話みたい、あたしここに居てもいいの?

謙三  構わないよ、余計な口挟まないで、聞かねえようにして聞いてな。

夏子  (首傾げながらも素直に)はい。(襖を背に雑誌を広げる)

清子  なによお母ちゃん、なにを聞きたいの?想像はつくけどね。

謙三  こりゃいいや、話が早い、そういうことなんだ清子。一体どうなってんだ。

清子  (呆れて)お父ちゃん…

謙三  なんだよ、お父ちゃんお母ちゃんの聞きたいこと分かってんだろう、話したらどうだい、ええっ。

清子  呆れた、禅問答してんじゃないのよ。はっきりしてよ。

よね  そんならはっきり聞く清子、ジュンの事だよ。

清子  やっぱりね。

謙三  やっぱりって、分かってんじゃないか、どうなってんだ?最近いささか帰りが遅いし、それもしょっちゅうだからな。三日にあげずだ。

よね  帰りの遅いのとやかく言ってるんじゃないよお父ちゃんは、こないだもジュンと食事してきたなんて言うし、気が気じゃないんだよ。なんたって相手はアメリカ人だしね、そりゃジュンは良い人だよ。親思いだし礼儀正しいし、やさしそうだしね、あたしだって嫌いじゃないよ、

清子  なら問題ないんじゃない。要はジュンがアメリカ人だって事よね。そうよね?

謙三  (よねの顔を伺いながら)そうよねってお前決めつけんなよ。いいかい、あのね、アメリカっちゃ遠いんだぞ、いやそうじゃない、問題ないってなにが問題がないんだか、それ聞いてないよな。

よね  焦れったいねっあんたって人は、清子、よくお聞きよ。あたしたちはね、ジュンと付き合ってる事をとやかく言ってるんじゃないよ。その付き合いがどんなものなのか、先行きなんか約束しての付き合いなのか、それが知りたいんだよ。

謙三  アメリカは遠いんだぞって、ここでお父ちゃんは心配するから言うんだった清子…(独り言)また早まったかな。

清子  分かったわ。心配かけてごめん。邦夫の事もあるしあんまり心配かけたくなかったのよ余計な、あたし、結婚申し込まれてんのよ。

夏子  わっ凄い!お姉ちゃん戦争花嫁さんになるの?

よね  口挟まない(夏子、首を縮め舌を出す)

謙三  ジュンにか?

よね  当たり前じゃないか、(清子に)余計なだけ余計だね、親は子供の心配するように出来てんだ。やっぱりそうだったんだねおとうさん、あんたは反対だよね?

謙三  (慌てる)俺に下駄預けんなよいきなり。賛成だ、反対だなんて簡単に言えるか、アメリカは遠いんだ。

よね  そればっかり、ほかに言うことないのかいあんた。

謙三  (頭抱えて)困った、なんとも言い様がねえ。

よね  それで、返事はしたのかい。

清子  まさか、考えさして貰ってるの。でも……

よね  でもってなんだい?

清子  社長さんからも薦められてんのよ。

謙三  社長さんから?そいつはいいや、社長さんなら国際問題にも詳しいだろうから色々お話を伺ってだな、返事した方が良い。なにも慌てるこたないさ。

よね  あんたなに聞いてんのよ、社長さんは二人の結婚に賛成で薦めてらっしゃるの!

謙三  そうだよな、社長さんはアメリカが遠いの知ってて薦めてるんだろうか?

よね  (謙三を無視して)それでお前の気持は正直どうなの?

清子  ……まだ思案中。

よね  確率は?

清子  急かせないで、でも……

よね  でもなんだい、

清子  承諾したらお父ちゃんお母ちゃん怒る?

よね  お父さんは反対するかもね、理屈もなく、お母ちゃんはそんなでもないよ。……お母ちゃん嬉しいよ正直に話してくれて。

清子  当たり前じゃないの。

よね  そうだよね。(手拭を出す)

謙三  (不服そうに)これだ、いつものけ者にして、やんなんちゃうよ。

清子  そんな、のけ者なんて。お父ちゃん有難う。アメリカなんて今の時代そんなに遠くないわよ。

謙三  そうよな、飛行機の時代だからなこれからは。あれっ、なんか変だな。

よね  他愛ないんだから。(清子と顔見合わせ笑う)とにかく邦夫の意見も聞いてみなくちゃね、なんたって跡取りなんだから、頼りないけど意見ぐらい聞いてやんなきゃ。ねえっ。

謙三  そりゃそうだ。

清子  邦夫といえば最近どうなの、まだ懲りずに危ない橋渡るようなことやってるの?

謙三  英さんが時々会って忠告はしてくれてるんだ。素直にきくようなタマじゃない。一度痛い目に遭わなきゃダメかもな。

清子  英さんてばこないだの朝、駅で会った時ジュンの連絡先訊かれたわ。理由は言わなかったけど、邦夫の事かしらね、教えておいたけど。

よね  お母ちゃんね清子、こんなこと考えてんだよ最近、邦夫に綾ちゃんが嫁にきてくれたならってね。

清子  お母ちゃん、なに言いだすのよ、英さん、綾ちゃんのこと想ってんじゃないの?

謙三  (嬉しそうに)それがどうやらそうじゃないらしいんだ。色々探り入れたんだが、英さんはただ妹のように思ってだな、心配してるだけのようなんだ。だからかあさんしきりと夢みたいなこと言いだしてんだよ。邦夫みてえなやくざ、綾ちゃんなんかが振り向くもんかって、言うんだがな。

清子  (急に何か思い出したように)待ってよ、こないだ邦夫から預かった靴磨く布、綾ちゃんに弟からって渡したとき……綾ちゃん邦夫と会ったことないわよねここで、当然邦夫がここの息子だってことは知らない筈よね。

謙三  それがどうかしたか?

清子  それなのに、待ってよ、まるで好きな人からの贈り物のように、愛しそうに胸に抱いて、頬をほんのり紅く染めてたわ綾ちゃん、いま思うと……待ってよ……

よね  (身を乗り出し)なにが言いたいんだい清子は?

清子  待って……

謙三  大分待ってるよ。

よね  あんた黙ってて!

清子  弟からだってのに、なにも弟のことも聞かずに受け取った、当たり前のように。そうよ、二人は綾ちゃんが上野に居るときから知り合ってるのよ。おそらく食事はここでしろって邦夫の指しがねよ。そうよお母ちゃん。邦夫考えたわね、お父ちゃんお母ちゃんに預ければ安心だって踏んだのよ。邦夫もやるわね、勿論綾ちゃんは邦夫になにも言うなって口止めされてんのよ。邦夫照れ屋だから。

謙三  と言うことはだな……

よね  あんた黙ってて、それじゃ清子、邦夫と綾ちゃんは恋仲とでも……

清子  間違いないわよ。

謙三  ほんとかい?

清子  でもまだ二人は、はっきりとは気持打ち明けあってはいないわね。

謙三  またなんでそんなことお前に分かる。

清子  理屈じゃないわよ、カンよ。

よね  そうかもね。

謙三  そうかもねって落ち着いたいる場合か、そんならなんだって堅気な暮らしをしようとしないんだ邦夫は、誰がやくざな男になびくもんか!今のままのあいつには綾ちゃんに惚れる資格はねえ!

よね  そう決め付けては実も蓋もないね、邦夫は邦夫なりに目算があるのかないのか、今はただ我武者羅に突っ走っているだけなのさ。あたしたちは直ぐこうだと決めてかかる。いけないよ、もう少し落ち着いて成り行きを見ようよ。

謙三  ばかにかあさん悟っちゃったじゃないか。

清子  そうよ、慌てることはないわ、二人して困ればお母ちゃんに相談持ちかけて来るわよ。

よね  そうなったら嬉しいねえ……あんた。

 

暗転

 



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