うたのすけの日常

日々の単なる日記等

ひぐらし食堂 2

2014-09-26 13:01:59 | ひぐらし食堂

                                                     (2)

 

舞台溶明、数日後の朝謙三の店。英輔店前で駅からの道をしきりに気にしている。出入りする客が腰をかがめ挨拶をしていく。下手から綾子が大きなカバンを肩に小走りで来る。

 

英輔  ようっ。(片手を上げる)

綾子  (はにかみ)お早う御座います。

英輔  丁度いいや、店空いてるよ。俺も今来たところだ。一日一回はここの雑炊食べないと気がすまないんだ、特に朝はね。(先に立って店に入る)

謙三  いらっしゃい。あれっ、(二人を見て目を丸くし、よねを小突く)

よね  あらっ、二人揃ってなんかあったの?

謙三  余計なこというな。(小声で)バカ。

英輔  店の前で偶然会ったのよ。綾ちゃん、雑炊でいいだろう。

よね  綾ちゃん?

謙三  いちいちうるさいよお前は、バカ。

よね  なによ、朝っぱらからバカ呼ばわりして。(ふくれる)今朝は雑炊じゃないのお生憎様、すいとんよ英さん。

英輔  すいとん?(綾子と向かい合って腰を下ろしながら)すいとんだって……

よね  綾ちゃんは雑炊よりすいとんのが好きなのよね。

英輔  俺もどっちかといえばすいとんのが好きなんだ。丁度いいや。

よね  そうだったかね、英さんすいとん見ると、親の仇に会ったみたいだなんて言ってなかったっけ?

謙三  (よねを睨みつけながら)あいよ、すいとん二つだね。(と厨房に入る。よね、綾子の隣に掛ける)

綾子  (嬉しそうに)小母さん、英輔さん一日に二回も靴を磨きに来てくれるんです、あれから。

謙三  (厨房から顔を出し)二回もう!

よね  あれからって?

綾子  この前初めて此処でお会いしたときからなんです。

よね  それで一日二回もねえ。

英輔  (改まって)小母ちゃん、俺、すいとん仇だなんて言ったことないよ。

よね  ほほほっ、そうだったかね、英さんじゃなかったら、誰だったんだろう……なに真面目になってんのよ今朝は。

英輔  (話をそらし)綾ちゃんの靴磨き丁寧なんだ小母ちゃん、(綾子に)あんまり丁寧にすることないんだよ。靴墨だって減るし、第一くたびれるよ。ねえ小母ちゃん。

よね  英さんだから特別なんじゃないの。(英輔にこにこする)

綾子  (恥ずかしそうに)そんなこと。

謙三  はい、お待ちどう、(よねに)いつまで坐ってんだ。ジャマだろうがお二人さんに、全く気が利かねえんだから。すいませんねえ英さん。

よね  なにさ、あんただって二人のこと気になってしょうがないんだろう。

謙三  だからって二人にへばり付いてるこたないだろうよ。

英輔  (笑って)お二人さん、俺たちのこと気い揉むことないよ。こないだ話しただろう、みんなして綾ちやんのこと守って行こうって。俺はその上で行動してるんだ。

謙三  おっ、英さん格好つけちゃって。

よね  あんた、茶化すんじゃないよ。英さん、そうだったよね(手拭を取り出す)英さんありがとう。

謙三  まためそめそしやがって、でも英さんよ、とは言うものの、とは言うもののじゃないの?

英輔  何勘ぐってんだい小父さん、見当違いもいいとこだぜ。俺はね、綾ちゃんに初めて会ったとき吃驚したんだよ、妹がそこにいるのかと。

謙三  そうかい、言われて見れば妹さんとおんなじ年頃だ綾ちゃんは。

よね  英さん、そんな気持になってんの。(綾子、手で顔を覆う)

 

奥の襖が開き清子が出て来る

 

清子  ばかに賑やかね。英さん、綾ちゃんお早う。(謙三とよねテーブルを離れ座敷に腰を下ろす)

英輔  清ちゃんこれからかい、どうしたいこないだの話?

清子  そうだった、お父ちゃん、今日三時頃連れて来るわよ。喜んでたわよう……

謙三  連れて来るって誰よっ?

よね  アメリカさんでしょうよあんた。

謙三  ああ、そうだったな。

英輔  今日か、三時だね清ちゃん、俺会談には参加しないが、駅から店の間送り迎えするよ。お節介のようだがそうさせて貰うよ。駅前のとこ、なにかと小やかましいのがうろついてっから。

よね  そうしてくれるかい英さん。ああ助かる。英さんが一緒に歩いてくれりゃあ怖いもんなしだ。ほんとに良かった。

清子  それじゃ英さん、お願いね。じゃあたし出かける。

綾子  待って清子さん、駅まで一緒に、小母さんお幾ら?

英輔  なに言ってんだ綾ちゃん、俺が払っとくから早く行きな。

綾子  それじゃあんまりです。

英輔  いいから、多寡がすいとんの一杯や二杯。

謙三  (おどけて)多寡がすいとんの一杯二杯ね。

よね  綾ちゃん、ご馳走になんなさいよ。

綾子  すいません。それじゃ遠慮なく。(英輔に頭を下げ、清子の後を追って店を出て行く)

謙三  綾ちゃんはこれからお仕事だ、(英輔に)靴、磨きに行かないのかい。一日に二回とはね、おそれ入谷の鬼子母神だ。

英輔  (笑って)まだ言ってやがる。

謙三  あはははっ、ところで英さん、縄張りのほうはちゃんとしてるんですかい。

英輔  (座敷の上がり口に移り)それは大丈夫だ。なにしろ蔵が焼け残って境界ははっきりしてるんだ。指一本触れさせないよ、俺は俺で屋敷内をし切ってバイをやらせてる。法外なショバ代は取らねえから、結構みんな喜んでるよ。

謙三  そうだってね。なにしろ特攻隊あがりの一匹狼の英さんだ、太井もうっかり手は出せないよな。

よね  でも、相手は向う見ずのやくざだからね。子分もいっぱいいるし、気をつけて下さいよ。

謙三  全くやる事があくどいよなあ、いくら焼け野っ原になったからって、他人様の跡地勝手に整地しちゃって、どんどんバラック建てて縄張りにしてしまうんだからな。疎開先や焼け出されて避難してた住人が、なにか言ってきても取り合わねえてんだから非道いよな英さん。

英輔  ああ、焼け出された商店街の連中はみんな泣いてる。なんたって帰るところが無くなっちまんたんだからね。街の復興は太井組からなんて体裁良い事抜かしやがってな。区役所も何もかも焼けちまってのどさくさに、勝手に道路引いて太井組の看板立ててしまった。小父さんの言うとおり悪どい!

よね  闇物資を買ったり売ったりするのはいいわよ、それはそれで助かる人がいるんだから。だけど怪しげな店建てて、怪しげな商売やらせるなんてこの町どうなってしまうのかね。それより太井は今度の地方選挙に区会に出るなんて噂よ。やくざが政治家なんてあたし聞いた事ないよ。

謙三  これも噂だが駅前のマーケットへ行くと、押し込みに使うピストル貸すそうだよ英さん、歩合取って。あくまで噂だけどね。

英輔  小父さん、そんなこと口にしないほうがいいよ。

謙三  分かってる、ここだけの話だ。かあさん、お前も分かってるな。

よね  あんたと違ってあたしはお喋りではありませんよ。

謙三  (呆れ顔で)これだよ英さん。

英輔  はははっ…小父さん、いつまで無法が罷り通る世の中じゃないよ。警察だってそうそう舐められちゃいねえ筈だ。

よね  そうあって欲しいよねあんた……それより(伺うように)英さん、どうなってんのよ綾ちゃんとのこと正直んところ?

英輔  どうなってるってどういうことよ。もう勘弁してくれよ小父さんも小母ちゃんも、いいかい、俺はあの娘の気の毒な境遇が、不憫に思えてならねえから、面倒見させて貰ってる……もうこの話は打ち切りにしてくれよ。

謙三  もう言うまい聞くまい。お茶でも淹れかえよう。

英輔  いやいいよ、一寸ね、やる事が……三時には駅に清ちゃん迎えに行くから。

よね  すいません。

謙三  いそがしいとこ悪いね。

英輔  なあに、(残りの湯呑の茶をぐっと飲んで店を出る)

よね  (英輔の背中に)お願いしますね。(謙三に向き)でもあんた、お母さんたちと再会出来たら実家は群馬とかいったね、帰るんだろう綾ちゃん?折角妹が出来たというのに英さん……

謙三  なに言ってんだ、群馬っていったら目と鼻の先だ。どうてっことあるかい。

よね  そうだよね。ねえあんた、ここだけの話、綾ちゃんを見てて、邦夫にこんなしっかりした娘が嫁に来てくれたらなんて……

謙三  そんな事考えてたのか、そんで英さんの気持くどいように聞いてたのかい。邦夫がまっとうな男ならと、考えなくもなかったよ俺も。けど、英さんこそ綾ちゃんには似合いかも……(よね、手拭を取り出す)またかよ、止めとけ。

 

その時、派手な服装の若い女が入って来る。よね慌てて涙をふき取る。

 

謙三  あれっ、珍しいね。チャコちゃんじゃないの。

よね  あら、本当に、まあお掛けなさいな。

久子  (バッグから外国煙草を取り出し謙三にも薦める。煙をくゆらし、立ったまま)小父さん、英さん見かけない、最近、姿見ないんだよ。此処へは来んでしょ?

謙三  (煙草を耳に挟み)毎日ってわけじゃないが見えてるよ。

久子  やっぱり、小父さん、駅前で靴磨きしてる女知ってるよね?此処へ飯食いに来てるだろう、毎日。

謙三  ああ、それがどうかしたのかい。

久子  別にっ……英さん来たらチャコが探してるって言ってくんないかな。いつも夕方マーケットの「瓢箪」に居るからって……きっとだよ。

謙三  ああ、飲み屋だね、伝えておくよ間違いなく。

久子  じゃね……帰るわ。

よね  もう帰んのかいチャコちゃん、お茶も淹れないで……

 

 謙三よね、久子を送り出し椅子に掛ける。

 

謙三  すっかりさま代わりしちゃったなあの娘も……

よね  炭やの娘に似合わず色白だって評判だったね、可愛くておしゃまでさ。

謙三  どこで狂ったかグレちまって……

よね  英さんに夢中なんだよチャコちゃん、もっとも英さん初っから相手にしてないんだけどね。

謙三  想う人には想われず、想わぬ人に想われてか、世の中なかなか思うようにはならねえ。ああ、何だか俺疲れちゃったよ……(椅子にへたり込む)

 

舞台溶暗そして溶明。その日の午後謙三とよね、店の前で駅からの道を見やりながら落ち着かない。

 

謙三  もうそろそろ三時になるだろう?

よね  (ガラス戸越しに店を覗き)もう廻ってるわ、十分になるわよあんた。

 

二人が緊張する。二世のジュン関と清子が並んで来る。その直ぐ後に英輔が、白いセー

ターに茶のダブルを着込み、足元は磨き上げた茶の靴と決めている。謙三、慌てて店に飛び込む。残ったよねは大仰にジュンに挨拶をして、英輔に向き直る。ジュン辺りを珍しげに見て開いてる戸から一人入って行く。

 

よね  英さん、有難うございます。道中何事も無かったようね。

英輔  (笑って)道中はよかった、子供たちが其処までうるせえぐらいに尾けてきたが、そんなとこだ。

清子  駅前のチンピラが二三人冷やかしにかかろうとしたけど、英さんの一睨みでこそこそって消えちゃった。それよりお母ちゃん英さん凄いのよ、ジュンにいきなり近付いたと思ったら握手してペラペラって、肩まで抱いちゃって堂に入ってるの。見直しちゃった。

よね  そうかい、英語やるんだ英さん。

英輔  なあに、何処の国の人間だって、初対面で言うことは同じよ(おどけて)ハローハローハワユだよ。それに奴さんは日本人だぜ。(その時、戸口から謙三が心細そうな顔を出す)それより驚いたぜ清ちゃん、彼将校じゃないの、銀の徽章附けちゃって。

謙三  何してんだよ、早く来なよ、俺一人じゃどうしようもねえじゃねえか!

よね  ハローも言えないで悲鳴あげてる人がいるよ、情けないね。清子、行っておやり。(清子、笑って取り合わない)英さん、ほんとに一緒はだめなのかい?

英輔  ああ、俺は家族ってなものには似合わないよ、じゃあ清ちゃん、後で又送っていくから。

 

英輔軽く手を振り足早に去る、どこか寂しげなその後姿によねと清子、深々と頭を下げ店に入る。

 

謙三  おう来たか、どうすんだよ、店でいいのかい?それとも座敷に上がって貰うかい?

清子  お父ちゃん、なにうろうろしてんのよ、お客さん立たせたままで。ジュンごめんなさい、どうぞ座敷に上がって下さい。

ジュン パパさんママさんコンニチハ。今日はお招きスイマセン。ジュン関デス。(頭を下

げる)

 

清子の先導で皆それぞれ座敷に座り、一っ時お互い万遍なく頭を下げ合っている。ぎごちない雰囲気の中、ジュン、カバンから缶詰、チョコレート、ガムと敗戦国日本では珍しい品々を、次々と取り出しお膳の上に盛り上げる。

 

ジュン コレね、PXで買ってキマシタ、PX、軍隊の売店ネ。

謙三  日本軍でいう酒保だね。悪いねこりゃ、そんなつもりで来て貰ったんじゃないんだよ。手ぶらで来てくれりゃ良かったんだよ、気なんか使わないで。清子、よく礼言ってくれ、悪いよ。かあさん、お茶でも淹れないかい、朝市で買った芋飴があったな、それに玄米パン、そんなとこで勘弁して頂こうか。なんたってなにも無いんだもんな。さっぱりしすぎてるよ…お茶だけは奢ってるから旨いぞ清子。(独り言)すいとんなんか食わないよな?食わないよな……

清子  (聞きとがめ)当たり前よ、お茶だけでいいわよ。

よね  ほんとにお茶だけでいいのかい。(静々とジュンに差し出す)こんなにお土産頂いちゃってすいませんね、あれ、正座しちゃっててどうぞお楽に、胡坐かいて下さいよ関さん。関さんてお呼びしていいのかね清子?

ジュン ジュンと呼んでクダサイ。ではお言葉に甘えて。(胡坐をかく)

謙三  ほう、お言葉に甘えてなんて近頃聞かれない言葉だよ、大したもんだジュンさん。

ジュン さんはいりませんネ、パパさん。

謙三  (照れて)そうは言われたって、まあこの際だ、お言葉に甘えてジュン、今日はまあゆっくりしてって下さいよ。汗かいちゃうなこりゃ。

よね  ジュンは……どうもしっくりいかないわね、ジュンは将校さんなんですってね。

謙三  将校、ほんとかい。

清子  少尉さんよ。

謙三  そんじゃ英さんと同じだよ。大したもんだ、日本人でアメリカの将校なんて。

清子  日本人じゃなくて日系人なのジュンは。

ジュン キヨコ、ボクの心は日本人です。

よね  キヨコ?(謙三の膝を突っつく、謙三、よねを睨む。清子平然)

謙三  そりゃそうだ、なんたって御両親は日本人だもんな。それでなにですかい、大和魂でもってやっぱり戦ってきたんですね?大和魂にあの物量じゃ鬼に金棒だ。本家の大和魂が負けるのはしょうがないや。

清子  お父ちゃん、そんな戦争の話止めてよ。

ジュン カマイマセン、パパさん二世部隊は日本軍に鉄砲ムケマセン。

謙三  てえと?

ジュン ボクタチ二世、ソノカワリ日本のことイッショウケンメイ勉強シマシタ。文化・

歴史・地理・精神・人情・風土・文学・芝居・映画・家族・家庭・教育・思考・言語、その外タクサンタクサンイッパイの事勉強シマシタ。

謙三  また随分とならべましたね。それは大変でしたな。それで?

よね  そんなにたくさんの事勉強してなになすったんですか、鉄砲撃たないで?

ジュン 二世部隊は紙とペンで戦いマシタ。

謙三  てえことは……だな…

清子  宣伝工作とかするのよ、ねえジュン。

謙三  なるほど、日本軍で言う宣撫班ってやつだな。

清子  そうなの、二世部隊は沢山の日本兵を救ってるのよ。宣伝ビラやスピーカーで降伏を勧めたりして、ねえそうよねジュン。

ジュン 日本の兵隊サン、「生キテ虜囚ノ辱メヲ受ケズ」とオシエ込まれてます。

謙三  また随分と難しいこと知ってますね。

ジュン イッパイ戦って降伏スルノハズカシクありません。ボクタチ一生懸命降伏ススメマシタ。イノチ大事、戦争オワリ、フルサトへ帰ればママさんパパさんヨロコビマス。

 

謙三唸り、よね手拭を取り出す。

 

ジュン (清子に不安げに)ママさん泣いてます、ボク気に触ることイイマシタカ?

清子  なんでもないのよ、お母ちゃん涙腺が人一倍弱いのよ。

ジュン ルイセン?

謙三  涙っぽろいんだよ、ママさんは。ジュンの話に感動してるんですよ。

よね  なにがママさんだい!(謙三を撲つ)

謙三  はははっ、……日本兵の捕虜、けっこういたんだ。

ジュン 出身地、名前しらべます。日本兵ウソの名前出身地言います。コマリマシタ。

謙三  なんで嘘つくんです。

ジュン 捕虜ニナッタコト、シレルコト恥ずかしいコトとオモイます。ウソ名前イイマス。アメリカ兵ウソワカラナイ、二世スグワカル。タクサン勉強シテマス。

謙三  (身を乗り出す)どんな名前言うんです?

ジュン 清水次郎長、森ノ石松、国定忠治、コレ、日本の侠客ネ。東郷平八郎、乃木稀典、コレエライ明治の軍人ね。坂東妻三郎、長谷川一夫、映画俳優ネ。ウソ見抜きホントノ名前言わせマス。日本の兵隊サンイサマシイのイタよ、名前イッタネ、近藤勝蔵ッテ、ボクすぐわかりました。オマエ、ソレ、今度は勝つぞのイミだろうって。ウソダメだとボク言いました。(よね、泣き笑いする)ソウ、番場の忠太郎一杯イタネ、ママさんコイシイのキモチからね。

謙三  成る程ねえ、番場の忠太郎か、泣かせるじゃないかかあさん。

よね  忠太郎でも石松でもなく、ほんとの名前言わせるんだね。無事帰って来てくれれば親としてはねえ。ジュンも早く無事な姿をご両親にお見せするんだね。

ジュン 任期終えたら、スグカエルヨ。ママに早くアイタイデスヨ。

よね  レコードのお土産持ってね。

謙三  アメリカには日本のレコードなんちゃ無かったのかねえ?

清子  (お膳のチョコレートの包装を剥がし、茶を淹れ換えながら)戦前は日本から取り寄せて沢山あったそうよ……でも、日本と戦争が始まって、日本人は敵性外国人として捕まり、ひとまとめにされて収容所送りなったのよ。持ち物は一人何キロと制限されて。それでジュンの家族はみんなして、泣き泣きレコード土間に叩きつけて、粉々に割ったそうよ。それで二世たちはアメリカに対する忠誠心……家族たちの釈放を願ってよ、示すために志願して銃を持ったのよ。ヨーロッパの戦場へ送られた二世部隊は、ドイツ相手に勇敢に戦って戦死者をたくさん出したのよ。

よね  (手拭を手に)それでお家族たちはどうなったのよ清子?

清子  沢山の戦功で大統領から勲章一杯授与されて、ジュンたちの働きだって、そのために日本やアメリカの若者の命が何万と救われたのよ、それで一世、ジュンの親たちの世代よ、収容所から出されて元のところに帰されたのよ。

よね  それはよかった。

ジュン (左右に目を向けながら)キヨコ、弟イルイッタネ、今日ミナイ、どうしましたか。

謙三  なんだい、邦夫のこと話したのか。

清子  別に構わないでしょう、色々家族のこと聞かれたことがあったとき話したのよ。ジュンは男兄弟いないのよ、それで逢いたかったのでしょう今日。

謙三  あれはダメだ、ジュン、あんたに会わせるような奴じゃないよ。

ジュン ドウシテデスカ?

謙三  グレテやがってね、めった家に寄り付かないんですよ。

よね  あんた、そうまで言わなくたって……

ジュン グレテ?

清子  不良なの。

ジュン 不良?おお、アウトローネ。不良、マジメになるね。マジメの人ソノママ。オモシロクナイネ。

よね  (感心して)理屈だよ……あの子だって最初っから不良じゃない、みんな戦争のせいだよ。戦争さえなけりゃ、あの子だってちゃんと……(手拭を取り出す)根は優しい子なんだからね。

清子  そうよ、優しすぎるのよ弟はジュン、お父ちゃんだってそこんところはよく分かってるくせに、二言目にはあの悪がって、もっとも口だけなんでしょうけどね。いつもこうなの。

謙三  (不満気に)なんだよ、俺だけ悪もんみたいじゃないか。

ジュン ソンナコトアリマセン、オトコ親、ドコデモ皆ソウデスヨ。

謙三  分かってくれてんじゃないのジュンは、これは感激だ。焼酎あったな……

清子  ジュンはアルコールだめなのよ。(言葉を改め)弟はジュン、戦争の話なんかしないでなんて言ったけどさっき、戦争中あたしと同じように軍需工場に動員されていたのよ、それから変わったのよ。不良工員に混じって工場の物資盗んだり、博打をしたりして学校から停学を繰り返し受けて、だんだん荒んでいったのよ。挙句は、盛り場に出入りするようになり、益々荒れる結果になったのよ。

 

謙三、清子の話に耳傾けながら座を外し厨房へ立つ。

 

謙三  (酒壜を持って戻り、湯呑に注ぎ)まあそんなわけでしてね、邦夫はなんだかんだしてるうちに、学校からの強い勧めで予科練受ける破目になっちまったんですよジュン。

よね  あたしたちは随分と止めたんだけどね、きかなかった。

清子  邦夫は自暴自棄になってたのよ。配属将校や教師の志願強制になるようになれって気持じゃなかったのかしら。なんの希望も見出せなかった学校生活でしたもの。毎日毎日空襲に脅えながら旋盤に向かうだけ、そんな青春てある?抜け出す道は志願するしかなかったのよ。華々しい戦死、それで自分の人生ご破算にしようとしたんだわきっと。そして入隊、終戦、敗戦よね、そして復員、直ぐに焼け跡に放り出されては、グレていくのも当たり前よ。

ジュン 弟サンの気持ワカルヨ。ボクタチモ収容所の生活マックラね、キボウ無い囲いノ中の毎日、廻り禿山ネ、天気ツヅクト風フクネ、砂嵐ナル。アメフルト収容所のマワリドロンコよ。水汲みトオイ、トイレもっと遠い、悲鳴アゲルよ。ボクタチ二世、アメリカへの忠誠心に賭けタネ。家族を前の生活モドス、灰色の毎日カラノニゲルコト……戦争カッテモマケテモ青春ナイヨ。(みんな深く溜息を吐く)邦夫ニアイタイネ、ハナシタイネ。

謙三  (呑みかけた焼酎を吹き出さんばかりに慌てる)そっ、それはだめだよ。だめだめ、邦夫はいま大きい声じゃ(かなり大きい)言えないが、進駐軍の物資の横流しなんかの闇商売に手を染めてるらしいんだよ。ジュンに会ったらこれはいい手蔓だなんて、とんでもないよ。あいつが真っ当になったら友達になって下さいよ。

清子  そうして、ジュン。根は悪い子ではないの、やさしいの……家が焼けるときにね、あたしうっかり邦夫に、女学校のアルバム持ち出さなかったって言ったのよ。そしたらあの子、火が傍まで迫ってるのに家の中に跳び込んで行ったのよ。二階の、アルバム探す姿がガラス戸に回りの炎で踊るように映るの。みんなで叫んだわ、近所の人も一緒になって「邦ちゃん戻れ、家が焼け落ちるぞー」って……後でお父ちゃんに凄く叱られたわね。

よね  可哀そうな子だよ……(手拭を持って、泣き伏す)

ジュン ママさん!

 

舞台溶暗



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