連日連夜の空襲<o:p></o:p>
<o:p> </o:p>
連日連夜敵機来襲し、南北東西に突忽として火災あがり、人惨死す。明日の命知れずとは、まさに今の時勢をいうなるべし。ただし人は、他の死するも吾は死なずと理由なき自信を有するものなれば、必ずしも一日一日戦々兢々として暮らしあるものにはあらざれども、ただ、日本の興亡のみは実に理由なき希望のみにては安閑たるを得ざるなり。(空爆下の都市生活者の心理状態とはこのようなものだったのでしょうか。自分だけは焼死する惨禍から免れるといった、それこそ理由なき運命論に生きるしかないのかも知れません。加えて作者は戦時下の正月気分を嘆きます。)<o:p></o:p>
ただ全日本人が夢遊病者のごとく、この凄烈暗澹たる日本の運命を、両手にて支え、一切他事を思う余裕なきが、この正月気分なり。<o:p></o:p>
未明五時敵機また至る。焼夷弾を投下して去る。<o:p></o:p>
(作者はこの間、浅草に遊びます。まだまだ全国規模の空襲には至っていないようです。興行街はまだまだ人が集まっていたようです。川田義雄や柳家三亀松の名が出てきます。)<o:p></o:p>
三亀松、当代ドドイツの名人…さすがに紋付袴板につき、その痛快なるべらんめい調、観客への愛嬌と罵倒、皮肉とシャレと自嘲的なるニガ笑い、まことに江戸人的なり。これで帰れば防空副団長なる由。<o:p></o:p>
「かの憎むべきB公が…」などいいて笑わしむ。<o:p></o:p>
夜七時四十分、警戒警報、敵伊豆より侵入。帝都の西、北、東と廻りて脱去。<o:p></o:p>
七日(日)晴<o:p></o:p>
朝五時半警報発令。それまでに夢を見る。<o:p></o:p>
人間は全然現れず、ただ新聞の記事ばかりの夢なり。<o:p></o:p>
「独逸力闘空しくついに屈服す」と大見出しあり、ヒトラー総統の写真など出ず。下に帝国政府声明の記事あり、陸軍総司令官は閑院宮殿下、海軍司令長官は東郷平八郎に更迭し、断乎戦争を継続すとのことなり。