青いケシの花 ♫ 箱根湿地花園 ♪
学者気取りで、本を読んだら、
10分もしないで眠くなり、
10分もしないで眠くなり、
研究者はすごい才能だと思えた。
👇鋸山、頂上に着けば地獄が覗けるキャッチコピーに、
誘われて、地獄を見ないで、
相模湾、桟橋に近づく、
遊覧船の白い航跡に、龍が泳いでる・・なんて、
柵に肘つき掌に顎をまかせて・・のほほんと・・。
👇下りは看板に沿って、
石像の1500羅漢。
👇鋸山、頂上に着けば地獄が覗けるキャッチコピーに、
誘われて、地獄を見ないで、
相模湾、桟橋に近づく、
遊覧船の白い航跡に、龍が泳いでる・・なんて、
柵に肘つき掌に顎をまかせて・・のほほんと・・。
👇下りは看板に沿って、
石像の1500羅漢。
こんだけ並んでると
それぞれ思いの制作だったでしょうが
整理能力がなく
それぞれ思いの制作だったでしょうが
整理能力がなく
じゅっぱひとからげ
👇洒落たデザインの宝篋印塔、
ちょいとゴメンなすって、印字を・・
江戸浅草、武士の給料の蔵米を換金して、
高利貸しもして、裕福な生活をしていた、
札差し、大口平兵衛さんが建てた供養塔。
坂東札所33番、結願寺那古寺に、
大口平兵衛さんは、1759年建立記念に、
龍を施した欄間彫刻を島村源蔵さんに依頼して寄贈、
その後大口さんは、浅草札差し18名の名簿から、
名は見つかりません。
大口平兵衛さんは、1759年建立記念に、
龍を施した欄間彫刻を島村源蔵さんに依頼して寄贈、
その後大口さんは、浅草札差し18名の名簿から、
名は見つかりません。
島村源蔵さんは、群馬花輪彫刻集団の礎を築いた、
高松又八郎さんの師匠、
島村流初代、島村俊元さんの流れを汲んだ彫物師。
日光山修復御用、院様御廟御用と、幕府が認めた彫物師。
高松又八郎さんの師匠、
島村流初代、島村俊元さんの流れを汲んだ彫物師。
日光山修復御用、院様御廟御用と、幕府が認めた彫物師。
江戸神田町に住んでた。
その藤原源八さんの弟弟子、家督を相続し、
上総生まれの島村貞亮さんの弟子になったのが、
波の伊八さん。依存・・「彫工左氏後藤氏世系図」国立博物館蔵
上総生まれの島村貞亮さんの弟子になったのが、
波の伊八さん。依存・・「彫工左氏後藤氏世系図」国立博物館蔵
👇大口平兵衛さんが欄間を寄贈した、那古寺
波の伊八さんに気迫の龍
島村源蔵さんの彫りの影が・・‼
これでは、波の伊八さんを追っかけなければ・・と
駐車所、午後から大雨の予報を聞き
煙草を大きく、ふかした
駐車所、午後から大雨の予報を聞き
煙草を大きく、ふかした
昨年9月30日でした。
耳障りのいい誉め言葉に、驚き、
疲れてる脚にいい薬です。
ありがたいことです。
鋸山の下り羅漢像ばかりで、一つ一つ見るのはたいへんな作業でした。
訪れた2年前?の嵐で壊れた羅漢もあり、
処理も大変だったろうなと、思いながらの鋸山でした。
耳障りのいい誉め言葉に、驚き、
疲れてる脚にいい薬です。
ありがたいことです。
鋸山の下り羅漢像ばかりで、一つ一つ見るのはたいへんな作業でした。
訪れた2年前?の嵐で壊れた羅漢もあり、
処理も大変だったろうなと、思いながらの鋸山でした。
大事な言葉、芥子の花→ 消し(ごめんなさい)
波の伊八に通じる彫刻に驚き・・・
とよ様の写真の美しさにも感嘆の声。
カメラが良いのは勿論、腕も良いからかな??
迫力があって存分に鋸山の素晴らしさを出して下さいました。こんなに素晴らしいblogに出会えたことは
ラッキーです。
有難うございます