トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

今日のエッ!品「たっぷりヨモギのフォカッチャ」

2022-04-23 | 何よりの楽しみ
 「山菜試食会」としてイベントを実施することになって今期は児童の参加が増えそうだから児童メニューを考えてみたものの自動的にメニューも品も出ては来ないのだった。レシピだけ読んだところで目乳が増えるだけのように思え小生の青春期からの座右の銘「実学・実業・実務」に従う事にしたのだった。

 予報通りの降雨でフイールドはお休み、草臥れたご老公様には良き休日のはずだったのに午前三時にはパッチリお目目となってしまった。理由はいとも簡単夜に鳴く、では無くて「フイールドの確認生物カタログ」作成を始めたからで、生まれつきの待てない性格上、片付かないと夜もおちおち眠れない。昼はボチボチ寝落ちするけれど・・・。

 まあ、それはない事にして先日に用意したヨモギのミンチ200gをぶっこんだフォカッチャを焼いた。レシピは前回までの経験を踏まえて量は微調整なのだ。

            ヨモギ     200g
            強力粉     250g
            牛乳      250㏄
             バター      20g
            イースト     10g                オリーブオイル 大さじ1
            キビ糖   大さじ 2                 ハーブ塩     適量

 ヨモギミンチを解凍後、バターを溶かしたミルクと混ぜ再度フードプロセッサーにかけ口当たりを良くする。水分が少ないとカッターは空転するだけで細かく出来ない。ここで緩くすると粉の量を増やさねばならず、この時間が一番気を使うのだ。結局は想定していた強力粉の量ではベトベトで更に粉を加えてまとまるまでにしたのだった。水分含有量が不特定のレシピだと何時もこんな手太楽だわい。

 電子レンジで軽く刺激を与えイースト菌の活性化を行い一次発酵後、ガス抜きをしてプレート上で延ばして二次発酵を行う。その後、窪みを付けオリーブオイルを塗付しハーブ塩を振りかけ予熱200℃12分焼き、粗熱が取れたら切り分け更に口に入れて試食する。予熱36℃咀嚼30回で収まったから完成である。

 この冷却させ試食するとモッチリとしてヨモギの香りが口中風雅であった。食べてみるたびに感じるのは「フォカッチャは塩味が命」という事で、今回も少々足りなかった。塩分過多にならないよう気を使い過ぎた気もするけれど、胡椒の瓶を開けそこにハーブ塩を入れ替えて使う事にした。これなら食べる時点でも手軽に塩味の調整が出来る。
 試食するとどうしても次の1本が欲しくなる。今回はキッズ御用達の山菜試食用なので我慢して冷蔵庫にバイチャバイチャしたのだった。

         

越冬池からのご帰還

2022-04-23 | 小父のお隣さん
 昨年9月12日よりフイールドの上の池に越冬移住させていた二枚貝を引き上げて庭の池に戻した。もう少し早めに行いたかったのだが思わぬ作業が入り込んで先延ばさざるを得なかったのだ。胴長に身を包んで池の中に入り生簀を回収したのだが、何時ものごとく生存数が関心事である。

 今回は回収するのに合わせてサギの被害防止の設えもする手筈だった。貝の生簀を引き上げた際、網目に1匹3年魚くらいのクチボソと生簀の中に1歳魚が1匹づついたからサギによる全滅は免れているようで安心した。糠瓶を投下して生存確認しようかどうか迷うところだ。既に生体は確認してしまったし・・・。

 さて庭の池での夏、タナゴの繁殖用に飼育している二枚貝ではあるが、この頃の夏の暑さで水温が30℃に達する事も度々で夏の生存率の方が悪い。越冬池で失った事は無いのだ。どの資料を見ても28℃を越える水温は致命的だと書いてあるが給餌と溶存酸素濃度は制御出来ても水温を下げるためには池の周囲に散水するくらいしか打つ手がない。
 引き上げたドブ貝、マツカサガイ、マシジミは7カ月の別荘暮らしで外殻がプックリした感じもあるけれど、これは単なる希望的観測なので科学的ではない。それでも大きくなった印象はある。

 池に戻せばしばらくしていくつかは砂底に潜り始めた。このころになるとタナゴも警戒感が薄れて貝の周囲に集まってくる。新規購入したのに倍率が非力でトンボの撮影には使えないのが判明したタフカメラ、水中撮影出来るのを使わないのももったいないから写してみた。PCで再生してみると意外に良く写っている。まあ、これはこれでプリントするほどの対象ではないけれど写して楽しめるだろう。

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 タナゴの繁殖に挑戦して何年か・・・。池と浮揚水槽の併用、人工産卵床の試作等々希望的水準には至らなかった。心折れた訳でも宗旨替えするわけでも無いのだが今期は池内での繁殖を目指すつもりである。最大の難事は「稚魚の共食い」に尽きるのだが稚魚専用のシェルターは数年前から設置しているし中に入れる植物が悩みだ。近所の河川で手に入るオオカナダモはタナゴの環境とは無縁だしホテイソウならどうかとか、金魚藻の類いはカワニナの餌になり何時も育たず消えてしまうし、まずは投入から始めよ…するしかない。
 「良く管理された自然環境」この相反する矛盾する環境こそが小生が追い求める池内の環境なのだ。結果が分るのは盛夏の頃になる。

**今日の都々逸

2022-04-22 | 感じるままの回り道
            拒否権核持ち狂気の沙汰で
                  侵略虐殺業まみれ ハアドントドンド

誘導路としての目印

2022-04-22 | 今日は真面目に
 夜間演劇の会場を結ぶルート普請は終了して通りやすい様に通路幅に刈り払い機をかけて平らかにしたのだが夜間に山域の灯火不十分の環境下では恐らくルートは鮮明さを欠く。主催者側は「LEDランタンを設置します」と言う構想で大丈夫だと思う反面、十分にあるテーダ松の落ち葉を敷き詰めてみたらそれなりの通路の姿が明確になった。
 「松葉だから滑るかも知れない」と言う心証も湧いてきて何度も確かめては見たけれどスリップするような状態は無かったから敷いてみた。後は主催者側が判断すれば良い事だと思うことにして連絡通路の整備は終了としたこれでようやく本来の活動に戻れる。須田紋太君の約1カ月だったわい。

      拠点小屋裏の泥濘部           砂を敷いた斜行路の上と下

東風吹かばにほひおこせよ・・・

2022-04-22 | 温故痴新
 海外ニュースを見ていた折、現地特派員のレポートに梅の花の映像が含まれていたのだが「桜の花が咲いていた」との日本語通訳があった。通訳者が「桜」に訳した訳では無く特派員の用語そのものだったのかも知れないが原語では聞いていないので真相は分からない。言語で聞いていたら間違いも判らなかったのは間違いない。
 さて「そこかよ!」ではなくて現地に梅があったのが驚きだったのだが古い花木だしシルクロードかアイアンロードを伝って行ったかもしれないから驚くには値しないか・・・。

 タイトルの一節は有名な菅原道真の歌であるが、かの地の春は東風が運ぶのかどうかまでは小生は知らないものの今期の東風は「血なまぐさい限り」である。小生の痔病、いいえ持病に近いからしょうもないのだが寝しなや目覚めた折々に突然、突いて出て来るのは困る。
 これも「東風吹かば臭い溢れる梅の郷 臭い払うに人の無しとて」・・・てなもんや三度笠、ホントに病気だが既にリタイヤ講中なので「出勤しなくては…」の脅迫はないからズルズルな毎日。人間、毎日が日曜日だと「小人閑居して不善を想う」まさしくその通り。

 古来、正しい熟語は「温故知新」なのだが小生にはその才が無く「温故痴新」になってしまう。まあ、さしずめあのお方は「怨降血新」なのであろうて・・・。表情も変えず「ハエ一匹も出すな!」とハエ呼ばわりするハイエナ苛業、やめられない止められない腐有陳の馬っ鹿獲備戦。
 ヒマワリの種ではなく憎しみの種を撒き続けた果ては自国民へ何世代にもわたって消える事のないお返しが続くだろう恨みを与えてしまった。秘密警察時代の写真を見ると人物の本質が垣間見えている。彼だけでなくどうしても「信用するな!」と言う古来からの言い伝えを更に裏付け強化してしまった結果が自国民の将来を更に苦しくする。
 いつの世も泣くのは民草である。それはフイールドも同様で真っ先に植生が痛めつけられ被害を被る。

**今日の都々逸

2022-04-21 | 感じるままの回り道
           類は群れるよ蝕む性は
                  人類始祖より継いだ性 ハアコリャコリャ

昇降部の再補修

2022-04-21 | 今日は真面目に
 昇降部に夜間の利用を考慮すると安全のためには手すりが必要に思え急遽設置する事にした。材料は放置されたままのCチャンを使う。必要な部材を用意しボルト穴を開け設置し終わった頃に夜間演劇主催者側の若者が手伝いにやってきた。通路の整備に「人手として使ってください」と言われていたスタッフである。とりあえず昇降部の敷き板を外し山砂を敷き詰めてから再度、板を並べてもらう事にして、ここが終われば下の段への昇降路を削り出してもらう手筈になった。

 汗水垂らして作業を行ってくれたのだが「初めての作業です」と言うのも見ていて分かるほどで、やはり仕上がりは手直しが必要だったのは無理もない。敷き板は一見は良さそうに見えたものの敷いた位置が手摺より離れすぎて手が届きにくいし平坦に山砂を敷き詰めてもらいたかったところも窪んだまま残ってしまった。

 唐グワとスコップで新たに掘削した傾斜路も利用者の動線と動態をイメージしながら創出できる訳もなく「粗削り」の段階のままだったと言える。後日、この二カ所の手直しを行い「まずまず」の程度、品質までに設えなおした。この傾斜路の路面は粘土質なので山砂を運び敷き詰めスリップ防止とした。
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 これを行いながら近くにふんだんにあるテーダ松の落ち葉に目を付けた。これを通路に敷き詰めれば夜間通路の目印になるだろう。我ながら「有る物を活用する」と言う姿勢は衰えてはいない。これも生まれも育ちも雅な米作農家出身の賜物で生まれながらに身についてしまっている行動だ。「三つ子の魂百までも」と言うではないか。二度童ともなれば原点回帰であるのはホンの事、ホンの事。

今日のトンボ「クロスジギンヤンマ羽化していた」

2022-04-20 | 小父のお隣さん
 実績値として時期的には羽化していても不思議はないので三日月池に立ち寄ってみた。羽化台としてはカサスゲの活用が圧倒的なのだが、それはカサスゲが繁茂している結果でもあって無ければ他の植物体を利用して羽化するだろうと席巻しきりのカサスゲは毎年抜去して繁殖制限をしている。
 それでも「良くしたもので…」と言うべきか「全く・・・」と言葉を飲むべきか例年の席巻は衰える事が無い。それでも完全抜去し根治全滅しないのはひとえにクロスジギンヤンマの羽化台として用いられている事に由る。

 護岸木が腐食し歩き難くなった池の縁を通りながら羽化体を探したのだが一体も見つけれなかった。それでも思惑通りに抜け殻3個を発見できたのだ。発生初期に羽化を観察できる機会は少なく恐らく早い時間に飛び立っているものと推定している。その上、飛翔体にもお目に掛かれない日々が続くのである。三体の抜け殻を撮影したのだが一体は後方にピントが合って廃棄、まあ、全てのカットを載せる事も無い。
 ところでセミの場合は「空蝉」と言うがトンボの場合「空蜻蛉」と言わないのは何故だろう。
   

 さて妄想はさておき、考えてみればまだ発生個体は数える程なので「縄張り飛行」していてもエネルギーの無駄使いというものであり、ウクライナ侵攻によるエネルギー高騰の折りでは節約するに越した事は無いのだ。クロギンチャン偉い偉い・・・。

          

**今日の都々逸

2022-04-20 | 感じるままの回り道
            愚民育てて君臨すれば
                  衆血肉片いつの世も ハアコリャコリャ

昇降部の補修をした

2022-04-20 | 今日は真面目に
 夜間演劇の会場が分散されているから繋ぐ通路の環境も多様で、今度は既に使っている昇降路の整備を行う。長年の使用で敷き板も傾き手摺も朽ち果ててしまったものの普段使いの小生らにしてみれば大した事ではない。しかしながら昼間に歩いた事も無い上流階級の観劇の皆様方にはフイールドでのこんな環境は恐れも出るだろうし足腰達者な輩ばかりではないだろうし、豪華な観劇衣装にスニーカー仕立てでも危機管理からすれば不足だ。

 「仕方が無いからお手紙かいた・・・」ではなくてお手並み見せる事にしたのだ。この場所と下の段のもう一カ所は主催者側の若者二名が出働きに来る手筈になってはいるが全くの要領を得ない人足にあれこれ言うより自分で行った方が早くストレスも減る。腰には負担を掛けるけれど先々使う昇降路でもあるから一時使いの仮通路みたいな設えには出来ない。と、結局はこの場所もお手出しとなったのである。まあ、全ては世のため人のため、ではなく自分のために行うのだ。この機会に手を入れておけば後々の昇降リスクは減ったままとなるに等しい。我が身でさえ慣れた場所とは言え「おぼつかな」さは増しているのである。

           

 4mのスギ丸太の皮を剥ぎ肩に据えて杭止めする。これを基準に昇降面の成形を行わねばならないのだが既設の踏み板を外さねばならない。簡単に外れるかと思っていたが細根がびっしりと入り込んで鍬を打ち込んでこじる必要があった。この踏み板を剥す時に何枚かが破損してしまい裏打ちのプレートから取り付けネジを外し別の場所から固定する必要が出てきた。まあ、思わぬ差し障りは何時でもあるが経年劣化で板も裏打ちの樹脂板も朽ち始めていたから無理もないが何とか使える。

 とりあえず路肩に丸太を据え強度を上げ敷き板を並べた間に横木も入れて区分しておいた。とりあえずどうという事も無い設えだけれど斜面表土の安定には寄与するはずである。とは言うものの敷き詰める土が不足し路肩側に窪みが出来た。ここに近くから山土を運び鎮圧しないと完成には至らない。「後日だ、後日!」と言う方法は通用しないのが悩ましい。

今日のトンボ「ダビドサナエ初見」

2022-04-19 | 小父のお隣さん
 二週間後に迫った夜間演劇の道普請をしていた脇の草原に降り立ったのがダビドサナエだった。周囲の樹木が大きくなり開けた場所も少なくなったせいか拠点付近で見かけるのは本当に久しぶりなのだ。敢て言うならば夜間演劇のために竹を刈り払って明るくした結果かもしれないが、一方では老骨に鞭打って道普請する羽目になっておる。

 義理も義務も責任も無い身ではあるものの、やはり設えには品質が必要で特に夜間の山地内と言う条件下に山慣れない観客が圧倒的多数と思われるから疎かな品質ではどんな危険を孕んでいるか分かる訳もない。まあ、てなもんや三度笠という顛末途上の初見となった。

 作業中に気が付いて慌ててカメラの用意をしたのだがその間に飛び立って行方不明、で撮影できず。返す返すも「悔しいですう!」だったから帰宅前にY川沿いを遡上しながら水源地まで探訪の旅に出た。まあ、小生が旅人サナエになったようなもので発見には至らず…。今日の収穫はダビドサナエの初見とシオカラトンボ♀の視認で二種二匹。沢の中で正午のチャイムを聞いた。腹減って帰宅しての万歩計は久々の1万歩越え。昼寝するぞー。

 これで四月中に発生が見込まれるトンボで残りはクロスジギンヤンマだけとなった。まだ10日あるから主発生地の三日月池に日参せにゃならぬ・・・。飛翔生体はこの時期に出会うのは稀で、どうしても羽化時間でないと写真も撮れないのだ。

**今日の都々逸

2022-04-19 | 感じるままの回り道
           お隣様へは侵攻ばかり
               彼方様へは親交かい ハアコリャコリャ

林檎の花ほころび…

2022-04-19 | 温故痴新


              リンゴの花ほころび 川面に橋落ちて
              君なき里にも テロはしのびよりぬ

              岸辺に立ちて呼ぶは カチューシャの孫
              弾音あちこち聞く 夢も死ぬみ空よ

              カチューシャの孫旅 はるかに陸を越え
              今なお祖母をたずねて かなしそのまなざし
          
              リンゴの花ほころび 川面に影おちて
              人なき里にも 春はしのびよりぬ        

            


**今日の都々逸

2022-04-18 | 感じるままの回り道
             西を向いても左を見ても
                  仲介するのは武器ばかり ハアコリャコリャ

今日のエッ!品「ビスコッテイ倍量焼き」

2022-04-18 | 何よりの楽しみ
 イベントにヨモギのビスコッテイかフォカッチャを提供するつもりなのだが2回も3回も焼くのは面倒で今までの倍量で焼いて万全を期すための試作をしてみた。
 これにヨモギを入れるのはもったいないし朝から雨の日の手慰みでもあるから「とりあえず粉の量」が倍なら良かろうとそれに合わせて他の物も倍量にしたレシピなのである。しかし砂糖の量が多く思えて6割に抑えたのだが甘さの不足感があった。考えてみれば茹で小豆だけでも200gあったのだから甘味の不足感は否めないと言えよう。自分のお茶うけ用ではなく量も増やしてのイベント用となると等量での試作は欠かせないのが実感できた。

         卵             4個(知人より頂いた初卵だったので小さ目)
        キビ糖           60g (100g入れるべきだった)
         粉    オートミール 130g(残り物)
                玄米粉   60g      
       ベーキングパウダー   小さじ 1
       シナモン        小さじ 2

        小豆水煮         190g
        黒ゴマ        大さじ 1

 卵を良く泡立ててから材料を投入し混ぜ合わせる。何時もの容器だと小さいのでアルミバッドを使ったから丁度倍の大きさになる。しかし1回目の焼きでは中まで十分に火が通らず更に焼き時間5分を追加したのは厚すぎたからだ。

 予熱170℃22分+5分が1回目、粗熱が取れてからスライスし切断面を上下にして2回目の焼きは予熱150℃30分で焼き上がり。
       

 小豆の水煮の水分が戻るので焼き上がりはカリッとしていても時間経過とともにシットリしてビスコッテイ風にはならなくなったのはいつも通りの顛末。まあ、試作だし自分用のお茶うけにしか使わないエッ!品だから問題はない。今回の試作で本番用の倍量焼きをどうするか目当てがついた。
 今回の容器の倍の大きさにして厚さを半分に減ずれば20枚を摂れるから20人に賄えるだろう。それを半分に切れば40人分にはなる。なんとか試食で行き渡りそうである。やれやれ・・・。