「俺が裏一族か、だって?」
へぇ、と彼は笑う。
「そう見えるのか。
俺が、裏一族、ふぅん、成る程」
くくくっと、
我慢していたようだが、
耐えきれなくなったのか吹き出して笑う。
「え?えええ?」
あれ?と
京子は首を捻る。
思っていた反応と違う。
裏一族ではない?
そうでなければ何だろう。
これほどの力を持ちながら
表舞台に出て来ない者。
「あ、まさか、諜報い!?」
「しっ!!」
彼はそこで言葉を遮る。
「俺は、何者でもない、
西一族の千(せん)。そういう事で」
こくこく、と京子は頷く。
他の一族に侵入し情勢を探る。
あるいは、
村への侵入者を影ならが見張るという諜報員。
存在は噂されていたが
本当に居たんだ、と京子は驚く。
「あの、邪魔してしまって
ごめんなさい」
「いや、こちらこそ。
狩りをするつもりはなかったんだが」
と、千と名乗る青年は
倒したイノシシを見る。
「昔から動物に嫌われていて、
近くに居るだけで襲いかかってくるんだよ」
「へぇ」
そういえば、兄も犬には嫌われていたと
ふと思い出す。
何もしてないのに吠えられるんだ、と
困った顔をしていたのを覚えている。
「ふふ」
「おかしいか?」
「違うの。
お兄ちゃんみたいだなって」
比べる所が違うだろうけれど。
何のことだ?と
首を捻った後、千は向きを変える。
「じゃあ、いくぞ」
「??」
「村に帰るんだろ?」
「……そう、だけど」
「送っていく」
「えっと、あの獲物は」
「あれは後からだ
捌くとなると時間も掛かる」
さっさと歩き始めた千に
京子は慌ててついて行く。
「それで、こんな早朝に、なぜあんな所に居た?
俺にしてみればお前の方が怪しいぞ」
「……それは」
「まるで山一族の領土の方から
歩いて来たようだったが」
「えっと」
東一族の満樹と一緒に居たことや
裏一族の事は何となく伏せておこうと
京子は当たり障りのない範囲で話す。
「ふん、失踪した兄、ね」
「はい」
「………京子」
千は京子の両手を掴む。
「!!?」
「………」
「あの、千さん?」
千が無表情で、腕に力を込める。
「……離してっつ!!」
ふりほどこうとするが、
京子がどんなに動いても
千はびくともしない。
力が違う。
「先程、動物に嫌われていると言ったが」
千は声の調子を下げて言う。
「俺に血の臭いが付いているからだろうな」
「!!!」
恐怖で力が抜ける。
怖い。
「……やだ!!誰か!!」
ぱ、とその瞬間
千が手を離す。
「―――と、いう事だ」
「え?……え?」
「お前はもう少し
身の安全を確保した方がよい」
千の雰囲気が元に戻る。
「途中まで誰かと一緒だったとしても
慣れた狩り場とは言え
1人で下ろうとは考えない事だ」
「………」
「腕に自信があるとは言え、ぐふぅ!!」
京子、渾身のタックル。
「言ってしまえば」
ちょっと涙目。
「貴方みたいな初対面の男にも
付いて行かない方が良いってことよね」
「いやいや!!
俺は心配して、だな」
「びっくりした!!びっくりしたぁああ!!」
うわぁああん、と
ボコスカと千を叩く京子。
「いや、この時期
色々いるから、気をつけろ、と、
さっきも……あ、」
いや、と千が口ごもる。
「さっき!?なに!?」
「……いや、俺は性別や
年齢は問わないし、個人の自由だと思うが」
「んん!??」
「どこかしこでおっぱじめるな、と
あと未成年どうかと思う」
「……おっぱじ?」
千が首を横に振る。
「若い娘さんに聞かせる話じゃ無かったな。
忘れてくれ」
「どうしたの、急に
お爺ちゃんみたいな口調になって!?」
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