浪漫亭随想録「SPレコードの60年」

主に20世紀前半に活躍した演奏家の名演等を掘り起こし、現代に伝える

フルトヴェングラー フランクの交響曲を聞きたい気分

2006年08月29日 | 指揮者
えもいわれぬ怒りがこみ上げてくるが、どこにぶつけてよいのやら分からないときがある。僕は、仕事の上では、思ったことは人が止めるまで言ふ方だ。机を叩いた方が負けなことくらいは分かっているから叩かない。怒りがこみあげる日は、たいてい、自分の思いがうまく伝えられなかったに違いない。そんな日は、早々に仕事を切り上げて、あへて酒を飲まず、フランクのシンフォニーを聴く。それも、フルトヴェングラーの独逸脱出直前の、あの異様な演奏を聴く。

世界の中で、日本人ほど自分の意見を述べるのが下手糞で、多くの誤解を生んできた民族はない。田舎では、その日本人としての伝統を百年来、守り続けている。酒の席で本音を語る人は田舎に行くほど多いが、いかに日ごろから言ひたいことを相手に伝えていないかの裏返しなのだ。

井の中の蛙大海を知らず、とはよく言ったものだ。大海に身を投じた瞬間、塩分でしなびて身を滅ぼすといふ意味なのだ。嘘だと思ったら蛙に塩をたっぷりと振りかけてみると良い。きっと、そこには、惨めな敗者の姿を見ることができる。

フランクの1楽章はそんな僕の気持ちを、さらに高揚させる。しかし、2楽章を聴いていくうちに、回想的な気分になり、落ち着いて振り返る。3楽章では歓喜の歌とともに1楽章の憂鬱が回想されるが、全ては劇的なフィナーレへと導くために周到に用意された30分の空間なのである。

盤は、DGのCD POCG30076。 


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