透析だって、だって、だって♪

腎不全末期の不安からブログを開始、
いまは透析を受けながら、かなり元気で自由を満喫の日々

懐かしすぎる

2024-06-02 | 腎不全・透析・通院

金曜の透析中、某Prime Videoで「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を
ちょっとだけ見ました。
そうしたら、あまりに懐かしいシーンが多かったので
夫婦で見ることにして、それが今日の昼食時だったんです。

話は1964年、東京オリンピックがあった年のこと。

・・・ちょうどその年の2学期から私は父のふるさと熊本の
女学校に転校して、クラスメイトの言葉も半分近く解らないし、
しょんぼりと日々を送っていたんです。(高一)
オリンピックにも、正直あまり興味がありませんでしたね...

そのうち登校をサボりがちになって、見かねた父が
二人で夜に通える絵画教室に誘ったんですよ。
まあ絵画だけが私の小さい頃からの趣味でしたので。

教室は画材店の二階でした。
描いたのは主に静物画だったかな...。油画。
(小学生の頃も父に勧められた教室で描いていた)

そして春が近づいた頃、絵画教室の先生に私だけ呼ばれ、
美術学校受験のためのデッサン教室に移らないかと
勧められたんです。
自分の道筋の先に小さな光が見える気がしたのを覚えていますよ。

’65年の4月から週二回、日暮頃からデッサン教室に通い始め、
それまでとは打って変わった張りのある日々に。

そのころ女学校では後に親友になる友人もでき、
毎日が楽しくてたまらなくなった春のある日、
デッサン教室の階段の近くで友人と話していたら
下から上がってくる人の気配がして、私はそこを離れました。

それが、のちに夫となった彼です 

あはは... まだ春の気配が残っているので
こんなことを話したくなったんですかね〜。。。

今晩は晩酌しながら「三丁目の夕日」の続きを見る予定です。


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