田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

汐巻で苦戦の釣り(2011/2/27)

2011-02-28 12:50:12 | Weblog
 田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
昨日の日曜日、名高い漁場の山陰汐巻に船釣りでした。
この35年間、木工職人のSG氏の仲間で同じ船頭さんの船で月2回の釣りを楽しんでおられ、それに仲間入りさせてもらっているもの。
工務店のS氏、作業服屋のH氏と同行。
今年初めての汐巻で、明け方の日の出の時刻にパチリ。(冒頭の写真)

(手釣り、テンヤ)
 昨年の10/10日、鯛が30匹あまり釣れ、手釣り・テンヤ(25号の錘の先に針2本を直接つけたもの)が圧倒的に有利と実感。
難点は、深さが平均70メートルとあり、長い道糸がもつれて、釣りより糸のもつれなおしに時間が取られてしまうことがあること。
今日も、思い切って手釣り、テンヤ。
釣りの師匠筋の薩摩隼人のO氏のアドバイス「糸を靴で踏んだらダメよ、糸が乾燥しないように時々水をかけなさい」どおりにやると糸もつれ無し。
 釣果の方は条件の悪い長潮にもかかわらず、アラカブ、ETC.そこそこの釣果。

(鯛)
 汐巻は鯛の宝庫らしい。
皆さん、特に大鯛を狙っている。
長潮で満潮・干潮の差が50センチ程しかなく、潮の流れが外海の汐巻ではあまりない。
潮が動かないと、魚は餌を食ってくれない。
ベテランの船長さんあちこちのポイントを流してくれる。
移動する都度水中アンカーを上げたり降ろしたりで重労働、手際よくやっている。
楽しようと思えば釣れなくても、そのまま同じところに留まるだろうが、手を抜かない。
35年間、木工職人のSGさんたちのグループが釣りのお願いをしているのもうなづける。
周りが水深90メートルの箇所に、急に水深40メートルになっている瀬があり、この上を上手に流してくれる。
仕掛けを降ろすと、グイとはっきりした引きで、強く合わせるとグイグイと糸先で、元気な魚が暴れている。
ゆっくり上げて、隣で釣っていた作業服屋のH氏にタモで取り込んでくれと頼む。
鯛でした。(下の写真)

後で計ると39センチ。
メバルの29センチもこの瀬で釣れ、他の釣り人にも35センチほどのタカバ等、いいポイントでした。

(サメ)
 納竿間近になり、水深90メートルのポイント、当たりが無い。
みなさんあきらめ顔。
すると、当たりがあり、合わせると掛る。
けっこう重いが鯛のような鋭い引きではなくドンヨリした引き。
大アラカブ(ポッコ)かもとワクワクしながら上げる。
上がったのを見ると70センチ程のサメ。
何ジャーと思うも、食べれるらしい。
工務店のS氏が船の上で内臓を取った方が、臭みがなくいいぞとのことで、すぐ解体。
魚を飲みこんでいたらしく25センチ程の細長い魚が出てくる。
何を食ったのか、確かめようと、半透明の袋から取り出すと、サメの赤ちゃん。
この小サメいらんか、と皆さんに聞くも、顔をしかめて、ノーとのこと。
捨ててしまえと、小サメを海に投げると、泳ぎよると、作業着屋のH氏。
さらに2匹小サメが出てきて、写真にパチリ。(下の写真) 

海に放すと、ゆっくり底の方に泳いで
いきました。出産直前だった様子。
サメは卵胎生らしい。
これを最後に納竿、港まで帰港。(帰港途中の船からパチリ、下の写真)

港につき、車に乗ると、待っていたように、強い雨が降り始めました。

(海の幸)
 夕方6時ごろ帰宅、クーラーボックスを見ると、鯛、メバル、アラカブと例のサメ。
家族で食べるには十分の量でした。
サメは湯引きが良いと聞いているので、身を皮をはいでブロックに切り、妻のアイデアで、酒と塩で香りと味付けをして、煮立った湯で茹でて、酢味噌にワカメでいただく。
臭みはまったくなく、美味しい。
鯛は、刺身。
これも甘みがありおいしい。
下は鯛の刺身とサメの湯引き。


 一日中、70メートルの海底に糸を上げ下ろし、ビールも船の上で5缶でくたびれ果て、この晩は寝覚めの良い爆睡でした。
コメント (2)
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松永安左エ門の尾瀬登山 平野長蔵氏と対面

2011-02-24 22:30:09 | 忘れがたい釣りや山
 田舎生活の暇に任せて、松永安左エ門著作集を読んでいる。松永安左エ門は戦後の電力民営化を実現した気骨の実業家であり、傑出した茶人、登山家、文筆家、歴史家、遊び人。尾瀬の自然を守ったことで知られる平野長蔵氏と尾瀬登山の際に、意気投合した様子が、尾瀬登山の紀行文に描かれていた。今から90年近く前の話だが、生き生きとして新鮮。


松永安左エ門著作集 6巻p49

大正14年8月31日
 朝6時半戸倉を立ち出ず。片品川の流れを谷深く見下ろしながら野萱原の中を進む。朝露衣を潤し、靴は中まで透る。秋草の尾花、苅萱萩、桔梗全部咲き揃う中を行く身は風流画中の人。約2里半もこの萱野を通って、道はだんだん樺、楢の茂林のうちに入る。
 萱野原半日の旅花に飽く
これより道は三平峠にかかる県道なれば自動車も通れる勾配だが、如何にも手入れが悪く幅も狭く、群馬県が道路に力を入れぬのを残念に思う。三平峠大分上り詰めて立て札がある。この上には清水なしと。札の側に岩間よりトクトクと清水が流れ出ている。ここにしばらく休息して白根、燕巣の連峰を見る。一面の山々谷々、広葉樹林の碧の波。幾十億本の自然林、雲に入り天に接している。一同相省みて、日本もこれだけ木があれば当分大丈夫と感嘆した。
やがて栂、唐松を交えたる針葉樹林に来たので、頂上の近きは察せらるるもなかなかのダラダラ登り。容易に頂に来ず。そのうちようやくに達したる辺に尾瀬沼の国立公園の主唱者であり、この沼の主と称せらるる平野長蔵氏の制札がある。
 曰く「一草一木大事にすべし。紙屑などを人目につく所に捨つ可らず。斯くして尾瀬沼の自然美を保つ事に一同協力せよ」
 なる程老木の茂林を徹うして、尾瀬沼は燧岳を背景に一面の碧波を湛えている。底の余り深からぬ水の清き穏やかなる沼である。沿岸は針葉樹広葉樹を交えた森林で突き出せる半島となだらかな曲浦とを飾っている。間もなく長蔵小屋に辿り着き、ここにて弁当を開いた。時まさに午後一時。非常に面白い旅だけに腹も減り、小屋より与えられた岩魚に舌鼓を打ちつつ長蔵翁と語った。翁は52、3なれども鬚髯茫々として白を交え、一見六十有余。若くよりこの沼に来り、今では鱒の養殖は沼に適せぬため失敗し、岩魚の人工養殖をしている由。この人なかなか英気あり、尾瀬沼を「ダムアップ」するということに反対し、その風景を破壊し、水の利用率も大ならざることを主張する。これにはわれらも同論だ。
 国の富と誇りは種々あるが、物質に走りて余り益もなきに、天下無二の好風景を破壊するには反対せざるを得ぬ。
 長蔵翁は学生夏季宿泊用の家を建つるため資金を集めつつあるというので、われらもいささかの醵金をしてなお翁が東京へ来って募集する折には手伝いする約束をしておいた。学生は深山大沢にいくべきである。篤志の人は、その方法を立ててやるべきである。予は翁の成功を心から祈るものである。
 この沼は半分は群馬県であるが、半分は福島県で一部は新潟県に属している。いわゆる三県に関係している。沼から会津に出る県道は立派についている。
 長蔵翁の若い娘さんが、船を艤して向こう岸まで渡してくれることになり、予らは翁と小屋とに別れを告げ、この沼の乙女に送られて湖上に出たのである。あたりの風光はなかなか見事だ。櫓の音は静かに響を伝えている。われらも代わりやって手伝う。・・・・・


(このとき、松永安左エ門は51歳 東邦電力を率いて、九州をスタートに関東を席巻し日本の電力の1/3を配下に治めつつある頃。)

 なお、この話の70年後、今から20年前、我が家で尾瀬に家族登山で写した写真下に。尾瀬沼の沼尻で多分、平野長蔵氏のお嬢さんに、伝馬船で沼を運んでもらった終着の波止場。この尾瀬沼での松永安左エ門と平野長蔵氏との偶然の対面がなかったら、尾瀬沼も尾瀬ヶ原もダム湖の底で、この家族写真もなかったかも。

 今度の日曜、汐巻に鯛釣りの予定。
今度こそ、波静からしく、今からソワソワ。

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農園に春のおとづれ(2011/2/21)

2011-02-21 21:52:26 | Weblog
段々春めいてきました。
天気も良く、竹田農園に畑仕事に行ってきました。

(青空レストラン)
 屋敷の外壁に白アリ防止のクレオソートを塗り、休耕田の枯草をリヤカーで運ぶなど一仕事終わり、お昼のバーベキューの用意。
椅子やテーブルを並べ、山に枯れ枝を取りに行き、カッポ酒用の竹を切り、火をおこし、畑のネギを取って集落の水場で洗いと遊牧民が野営のテントを張る感じ。
 農園のお隣に住む江藤正翁(元南海ホークスのエース、88歳)に声をかけて、食事スタート。
「家の中より、外の方が温かく気分がいい」と江藤翁。若い人の就職の話題になり、
「私はいままで、仕事をさせてくれと頼んだことは一度もないなー」と。
私が履歴書も書いたことも無いのかと聞くと、「無い」。
就職のための面接も無いのかと聞くと、「無い」。
「復員して一週間で、製門戦が始まるので、門鉄に入って投げてくれと、頼まれ、次に移った大洋漁業も来ないかと誘われ、南海ホークスも入れと勧められ、最後の仕事になった電電公社も関西の大学生を集めて電電近畿でノンプロの野球部を作るのでコーチをしないかと誘われた。」
 入った後の江藤翁の精進と辛抱が人の倍だったからだろうと推察。(食事風景は冒頭)

(春の気配)
 農園の梅の木、ピンクの花がほころび始め、青空に映えて美しい。(下の写真)


 春が来た。
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白島近くでメバル大漁(2011/2/20)

2011-02-20 22:34:25 | Weblog
田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
日曜日、釣りに行きたいと、釣り仲間に電話すると、寒い、風邪ひいた、用事がある等で、メンバー集まらず。
ひとりでも、他のグループに紛れ込めないかとコーラル丸の川端船長に電話すると、土日は法事で出かけるとのことで、勝負あった。
困ったときの関門フィッシングで、白島近くでメバル釣りに行ってきました。(朝の白島をパチリ、冒頭の写真)

(メバル大漁)
船は快速船の進洋丸。
「白島近くのメバルは5本針が良い、底から1~3メートル上げて釣る。
関門のアラカブのように底を探っていたら、小さいアラカブが釣れるだけ、メバル釣りは難しい、等々」船長さんや関門フィッシングで教わる。
その通りに今日は釣る。
なんと、ポツリ、ポツリと終日、いい型のメバルが釣れ続ける。
極め付きは、納竿まじかになり関門の港に帰る途中、ここで、粘ってみようとの船長の計らいで、馬島の裏で仕掛けをおろすとまず、27センチの大きなメバル、もうけーと喜んでいると、さらに強い引きがあり、今度は28センチのメバル。
久しぶりにメバルの大漁。
数えてみるとメバル20匹、アラカブの小型10匹と久しぶりの大漁でした。
下は気分よく釣っているところ。


(逃がした魚は) 
朝、馬島近くでまず釣りを始め、移動するから仕掛けを上げての船長の声に、リールを巻こうとするとガクンという強い引き。
この引き方は普通ではない。
グイグイと竿を絞り込む。
本来、ドラグを緩めてじっくり引き上げるべきだが船は、次のポイントに移動の体制。
あせって強くリールを巻くと、糸切れ。
釣り針を結びなおしていると船長が、どうしたと。
それは、多分、大型のチヌとのこと。
昨日もここでチヌが゜上がって、釣り人は大喜びだったとか。
私は、スズキかもと思ったり、60センチのヒラメかもと悔やんだり。
次回から、船を止めてでも、じっくり大物をあげてやる。

(ガス欠)
 帰港し、荷物を担いで、港から門司港駅までてくてく。
くたびれて、腹も減り、体内のエネルギーを使い果たしでガス欠状態。
門司レトロの売店でソフトクリームを買って、ペロリ(下の写真)。

大漁で気分よく、ひときわ美味しいソフトクリームでした。

 帰って、クーラーボックスからメバル、アラカブを出してボールに移すと、結構なボリューム(下の写真)。



でかした、と妻からお褒めの言葉。
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農園に遊ぶ(2011/2/15)

2011-02-15 21:55:55 | Weblog
田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
お昼前から次男の車で竹田農園、バーベキューやらイチジク畑に苗の植え付けでした。

(薪ひろい)
 お昼前でまず昼食のバーベキューの準備。
まだ寒さは残っていて、たき火が必要。
近くの山に、枯れ枝とカッポ酒用の竹取りに。
イノシシの闊歩する山で、腰にイノシシ避けの鈴。
手ごろな枯れ枝を見つけ、まだ青い真竹を切り、パチリ。(冒頭の写真)

(バーベキュー) 
火を起こしていると、お隣に住む江藤正翁(元南海ホークスのエース、88歳)がブラリとやってくる。
ひろってきた枝を手ごろな長さに切り、用意したソーセージ、サツマイモを焼き、先日釣ったメバルの煮つけをアルミフォイルに包んで温める。
たき火の火が温かく、ビールもカッポ酒もうまい。
太陽も時々出て、日差しが暑いと、二人とも麦藁帽。
(下の写真)

江藤翁と雑談。
〇話題の斎藤祐樹投手、どうだろうと私が聞くと「実際には見ていないが、TVを見ると、投げ方がいい。
そこそこやるのと違うか」とのこと。
〇西鉄の鉄腕稲尾の話題になり、
「別府の緑ヶ丘高校の野球部の部長兼監督をしていた、首藤氏、大学時代の友人で、野球は素人。
昭和29年(?)肩を壊して、別府に療養にいっていると、首藤氏から電話がかかり、いい投手がいるので見てくれと。
行ってみると、首藤氏は左利きだとピッチャーと決め込んで、左利きの生徒を機械的にピッチャーにしている。
一通り見て、首藤氏がどうだというので、このキャッチャーをピッチャーにせず、誰をピッチャーにするのかと、当時2年生のキャッチャーの稲尾をピッチャーにするように勧める。
翌日、首藤氏から電話があり
稲尾をピッチャーにしたと。
ひょろーと背が高く、いい肩をしていた。」

(イチジク苗植え付け) 
農園の休耕田、イチジクの苗を毎年植えている。
昨年の草刈りで草に隠れて気が付かなかったイチジク苗を2本切り倒す。
その補植で、3本のイチジク苗を近所のDIYで購入し、昼食後休耕田に。
昨年切り倒した苗の後に植えようと、鍬で掘ると、切った苗の下にしっかりした根があり、よくみると、細い芽が出ている。
(下の写真) 

もう一本も見ると、これもまだ根がしっかりついており、春には芽が出そう。
2本のイチジク苗をオマケで手に入れた感じ。
買ってきた苗も植え、数えてみると13本のイチジク苗。(新しく植えたイチジク苗とパチリ)


(ヤーコンの取り入れ) 
ヤーコン、飲み仲間の糖尿病軍団に人気の菊科の球根。
まだ4株掘り残している。(下の写真)

しっかりしたヤーコンが取れる。(収穫したヤーコン下の写真)

掘った後には、休耕田から運んだ枯草を敷き詰める。
この枯草が春には草が生えるのを防ぎ、次の植え付けまでに下が堆肥になり、ミミズ、微生物一杯の健康ないい土を作る。
作業が楽になり、収穫は倍増の優れもの。(下はたっぷりと枯草を敷き詰めたヤーコンの跡地)


夕方妻が迎えに来て、大根、カブを取り入れ、グリーンピースの畝の草取りをして、我が家に戻る。いい一日でした。
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詩人のMKさんの画いた絵(2011/3/14)

2011-02-14 14:39:41 | Weblog
先日、M画伯のアトリエに不良爺さん達と伺ったとき、詩人のMKさん(上品な若い女性)も宴会お給仕の手伝いに来ておられ、はがき大の紙に書いた絵を持っていたので、デジカメにとらせてもらいました。(冒頭の写真)
どうも絵も才能があるらしい。
泣いている子供を写生したのかと聞くと、思い出して書いたのだとか。
大泣きして、疲れて、泣き止んだ乳児らしい。


 この絵の著作権はMKさんにあります。
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味噌づくり(2011/2/13)

2011-02-13 22:33:59 | Weblog
今年も、我が家の味噌作り。
新婚当時の33年前から、ほとんど毎年妻は味噌作り。
ここ数年、私は釣りに行ったり、テレビをみたりで、戦力にならず。
妻の卓球仲間のY夫人が加勢に来てくれて、一昨日から丸二日で仕込み終わりました。
(冒頭の写真は蒸終わった米を適度に冷やしているところ)
まず米15キロを次々と蒸して、それを一か所にまとめ、蒸終わって、近くの薬屋から買ってきた麹菌を混ぜ、48時間発酵。
並行して大豆3キロを大なべで煮詰める。
これに米15キロ+大豆3キロ=18キロの20%の塩、3.6キロを混ぜて、タッバーに入れて出来上がり。
 出かけて、帰ってみると、仕込みが終わり、大型のプラスチックの桶にピッチリと保存。(下の写真)

表面が白くなっているのは、カビ予防で、仕込んだ味噌の表面に塩を薄く敷き詰めているため。
重さをはかると、32キロ、桶の重さを除くと30キロ(米、大豆、塩が22キロ、水分8キロ)の味噌の元出来上がり。
これを北側の押し入れで丸一年寝かすと、おいしい味噌に。
一年前に仕込んだ味噌、そろそろ取り出して味見の見込み。
味はいつも期待以上。
自家製味噌をたっぷり使った味噌汁は、食べ飽きない。

味噌作りの詳細は、3年前の味噌作りのブログに。
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M画伯邸での宴会(2011/2/10)

2011-02-11 12:26:54 | Weblog
2/10は飲み仲間のM画伯の誕生日とのことで、夜、遊び仲間の不良爺さんたちが足立山の中腹にあるM画伯のアトリエに集まり、宴会。
 主人公はM画伯だが、M画伯はアナゴ・フグ・蟹の鍋、イノシシ肉の鉄板焼き、すき焼き、アジの刺身、ワサビはワサビの根をその場でおろす等、接待に大忙し。
 祝う方の、不良爺さん達は、日本酒にビールにブランデーにふんだんにそろった酒を遠慮なくグビグビ。
 醤油をよこせ、酢醤油はどこじゃ、このワカメ、もっと細かく切れ等、言いたい放題。
 M画伯は、いつもの馬鹿話をとばしながら、手際よく、お給仕。
 ほぼ満腹になり、不良爺さん達から、誕生プレゼント。
 私に、なんでもいいから、用意しといてとのことで、私が欲しいものと、「耶馬渓の竹かご」に「登山用のキャップ」を買っておいたのを謹呈。
 プレゼントを持って、記念写真(冒頭の写真)
飛び入りで、バナナのたたき売りの日本チャンピオンになったことのある、タクシー運転手のK氏のバナナたたき売り実演で盛り上がりました。
 翌日予定のコーラル丸の釣り、雨の予報で、寒いから中止となり、私も心置きなく飲みかつ食いの一日。(不良爺さん達のリーダーの小倉室町のラーメン屋のI氏とパチリ 下の写真)


帰宅は夜中、お酒が過ぎたようで、一風呂浴びて、そのままパタンキューで寝てしまいました。
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白島近くでメバル釣り(2011/2/7)

2011-02-07 21:11:46 | Weblog
 田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
今度の11日、コーラル丸で釣りの予定だが、この日は気温が下がる。
北風が吹き、また釣り中止の恐れ。
それを見越して、今日は天気予報は波静かなので、関門フィッシングの乗合船で釣りでした。
関門海峡は今年はアラカブがぱっとせず、白島周辺のメバル釣り。

(白島~蓋井島)
 乗った船は、快速船の進洋丸。
前日、船長さん苦労して生きたカナギを捕えてきてくれたとのこと。
冷凍カナギより、生きたカナギの方が、食いがいい。
今日は釣れそう。
日の出前、巌流島の横を日本海側に走る。(冒頭の写真)
やがて朝日が門司の山並みから昇る(下の写真)。

昨日から、もやがかかった感じ。
春霞というひともいるが、私は霧島の新燃岳からの噴煙でもやがかかったようになっているのではと思ったり。
気温が上がっているので、南風が吹いている、噴煙もここまで届くのでは。
そんなことを考えてるうちに、白島近くに船到着。
メバルがたくさんいるらしい。
メバルは柔らかめの竿と聞いているので、キス竿で仕掛け投入。
待つこと5分、クイクイという独特の引き。
ゆっくり上げると小ぶりのメバル。
続いて、また当たり。
今度は25センチはありそうな、立派なメバル。
生簀の中にはたちまち、4匹のメバル。
これは30匹のメバルを釣るぞと意気があがる。(メバルを手にパチリ、下の写真)

しかし、それからはあたりが遠のき、蓋井(ふたおい)島近くまでポイントをさぐりながら釣り。
時々アラカブが釣れるものの、メバルの入れ食いは実現しませんでした。
そうそう計算通りにいくものではない。
結局、メバル6アラカブ3で納竿。

(メバルの煮つけ)
 帰宅すると、さっそく私が鱗と内臓を取り、妻が煮つけに。(下の写真)

夕ご飯に食べると、上品な味で、あぶらも乗っている。
26センチと大きいのが私にあてがわれて、骨や、ひれの付け根もしゃぶるとくっついていいる肉がジューシーで甘い。

気持ちのいい一日でした。今夜は爆睡の予感。


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なた豆の種豊作(2011/2/5)

2011-02-06 21:27:04 | Weblog
 今日は、ご近所のY夫妻と、妻と私の4人で、耶馬渓の「なかま温泉」にドライブ。
ビールも風呂上りに飲み、いい気分で帰宅。
庭先では、なた豆の鞘を乾燥中。

血糖値が正常値に下がり、これは糖尿病の予防にいいぞ、と飲み仲間で評判のなた豆、昨年の夏から秋豊作。
 畑に枯草を厚く敷き、これが自然に土にかえり、よく肥えたいい土になったおかげ。
 10日に一度程度しか、農園に行かないこともあり、若い鞘のとき収穫するのをしそこなって、立派な豆に成長したものは、翌年の種に。
 今回は、なた豆の生育がよく例年の倍近く種がとれそう。
 鞘をもいで、我が家の外で乾燥中。(冒頭の写真)
 乾いたなた豆の鞘を割ってみると、中からきれいな白い豆。(下の写真)

 しかし、半分は、取り時が遅かったのか、カビが生えたり、黄色く変色したり。
 この春のなた豆の種まきには十分で、畑をもっている糖尿病予備軍の釣り・飲み仲間の不良爺さん達にいくらか謹呈もできそう。

 明日は、関門フィッシングの乗合船で釣り。もしかすると、白島近くまででかけ、メバルを釣るかも。
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