田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

農園にたき火に当たりに(2013/2/26)

2013-02-26 17:48:48 | Weblog
今日の火曜日、乗合船でメバル釣りをと企んだが、予約は私一人で、船は出ず(2、3人の乗船者がないと出港しない)竹田農園に遊びに行きました。

(薪の準備)
まだ気温は8度cで、まずたき火に使う薪の準備。
竹藪に行き、ころがっている手ごろな枝とカッポ酒用の竹を引きずって農園に戻る。(冒頭の写真)
手に持っているのは、最近、築100年余りの農園の納屋が老朽化で崩壊し、その柱を切り取って薪にしようというもの。
数年は、薪、この納屋の廃材でまかなえそう。
これを薪に切って、バケツに2杯にして出来上がり。

 天気予報は午後から雨で、林にブルーシートを張って、今日はたき火でビール。

(バーベキュー)
お隣に住む、江藤正翁(元南海ホークスのエース、90歳)も一緒に、バーベキュー。
○数日前、自宅で椅子の足に引っかかって転んで、打ち身で、体のあちこちが痛くなったり、しびれたりで、どうなることかと思ったが、最近になり、やっと外出できるようになったとのこと。
たき火に当たりながら、家で炬燵に入っているより、温かいとリラックスした感じ。
私が、温泉に入っている気分ですねと言うと、全く同感とのこと。
○セブンイレブンで買った、イワシの煮物、炭火であぶって食べると、江藤翁、実にうまいと。
子供の時は、八幡の家では、魚と言えば、イワシでいつも食べていた。洞海湾でイワシがたくさんとれて、漁師の奥さんが売りに回っていた。数は少ないが、洞海湾でブリも取れていた。とのこと。そのころは洞海湾はきれいだったんですねと、聞くと、そうだとのこと。
ただ、ばい煙は激しく、江藤翁の母上が洗濯物がばい煙ですぐ汚れるとこぼしていたとか。

 畑から取ってきたネギを焼いて中の芯を食べるとジューシー。

 3/3日、飲み仲間の不良爺さんたち中心に、日帰りバス旅行を計画していて、お誘いしていたが、行くよとのこと。

(春ジャガ)
3月になると、そろそろ春ジャガの植え付けの時期。
江藤翁が引き上げた後、雨なら、読書と、本と老眼鏡を持ってきたが、雨は幸い降らず。
 春ジャガを植える予定の畝から被せていた枯草を別の畝に移し、牛糞を蒔いて鍬で耕すこと30分。

 一畝出来上がりました。

 次男が迎えに来て引き上げる。いい一日でした。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

下関散歩(2013/2/25)

2013-02-25 17:53:05 | Weblog
午前中歯医者に行き、その後、下関にブラリと出かけました。
お昼を、下関に住む友人のOK氏といっしょに取る約束で、まだ時間がたっぷり。
 門司港までJRで行き、関門海峡を連絡船で渡り下関。(冒頭は門司港の連絡船)
 唐戸に着。
唐戸では魚市場を市民に開放している、立派な水族館もあると聞いているが、まだ見物したことが無かった。
 流れの強い関門海峡で、海水もきれいで、生簀も。

 市場は、新鮮な魚介類が随分とお得な値段で売られている。
 市場の活気を楽しみながら、レストランで食べる鮮魚の料理は格別だろう。


 その後、OK氏と落ち合わせ場所の下関駅に。
 ここでもまだ時間があるので、一度遊びに行ったことのある、韓国の人の店が多い、グリーンモールに。
 入り口に、釜山門というゲート。

 釜山から運んだばかりの、キムチや激辛ラーメンをこれは美味そうと買う。
 OK氏の行きつけの、グリーンモールにある、食事処に。
 海鮮どんぶりを頼んだが、新鮮な刺身がてんこ盛りの海鮮丼に驚く。
 この食事処、食堂への入り口に、魚のショーケースがあり、新鮮な関門海峡や玄界灘の青物、底物の魚が山盛り。
 これを選んで、焼いたり、煮たり、刺身にしたりで頼むこともできるとのこと。
 店のご夫婦もバイタリティがあり、また来たくなる店(おかもと TEL083-232-8551)。

 グリーンモールのゲートをくぐって、50メートル程のところを右に曲がる通りにある。
日曜日は休み、日・月と連休の時は、日曜日を開けて月曜日は休みとのこと。

一年ぶりに会うOK氏とも話が弾み、楽しい一日でした。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

農園で一仕事(2013/2/24)

2013-02-24 22:46:01 | Weblog
 田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
日曜日、夕方町内会の次期区長を決める会議があり、我が家は今年は組長で、その会議の準備係。
メバル釣りがそろそろと思うも、釣りに行ったでは妻に叱られるのは明白で、竿を鍬に代えて竹田農園に一働きしに行ってきました。

(平尾台の野焼き)
今日は、朝10時から、近くのカルスト台地の平尾台の野焼き。
次男の車で、農園に向かう途中、平尾台の方を見ると、上空に煙。
野焼き始まっている。(冒頭の写真)

(昼食)
途中のJA経営の国府の里に寄り、新鮮な一粒牡蠣を売っていたので購入。
江藤正氏と食べようと思っていたら、江藤氏は今日は、町に出る用事があるようで、火を起こして、そのまま戻る次男の車で、行橋まで。
私は、牡蠣を一人占めで頂きました。

よく身がはいって美味しいこと。

(防腐剤塗り)
農園の屋敷、人が住んでいないので、手入れが行き届かず、シロアリの天国に一時なっていた。
3年前から、これはイカンと、クレアソートをたっぷりと塗ったところ、シロアリは以降形跡なし。
今年も、防腐剤を買ってきて、今日塗ることに。
クレアソートは匂いがすさまじいので、効果は変わらず、匂いは少ないという防腐剤に切り替え。
塗る前

タップリと塗り、向こう一年、農園の屋敷は安泰か。


(ヤーコン取り入れ)
オリゴ糖一杯で、食べるとビフイズス菌・乳酸菌が腸に増え、免疫力も増すという、結構な
芋のヤーコン、今日、最後の株を掘り上げる。
夏の水やり、畝にたっぷり入れた枯草のおかげが、大豊作。
今日の収穫。


農園の梅の木、手抜きでこの10年剪定していないが、花は良く咲く。


帰りに平尾台を見ると、まだまだ、野焼き続いていました。

(次の日、妻が仕入れた話では、夕方は飛び火して予定外の場所にも火が燃え広がって、杉の苗木がだいぶやられたとのこと。野焼きは、風との関係で、難しく危険と隣り合わせ。)


いい一日でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日下公人氏の最近の著作<日本精神の復活>を読んだ(2013/2/21)

2013-02-21 23:25:09 | Weblog
 田舎生活の暇つぶしに、最近、日下公人氏の「日本精神の復活」(PHP)という近著を読んだ(冒頭の写真)。昨年暮れの安倍首相の再登板から一月たった今年の2月の発行。日下公人氏は私が学生時代過ごした同志会という寮の先輩で、時々、お見えになって、雑談しておられ、寮の指導をしていた、牧師さんが、「銀行界の知恵袋」と呼ばれている先輩と紹介してくれて特に印象に残った先輩。当時は40歳になったばかり。私が社会人になってから、話題の本をたくさん出されるようになり、ファンも多い。私は「日経新聞の読み方」という新書が面白かった。いろいろな予測や分析が通説とは異なり、しかも、なるほどとうならせる。カラオケ、漫画は日本の世界に誇る産業(文化産業)だと初めて言い出したのは、日下氏。最近のめまぐるしく動く外交や経済について、新聞を読んでもよく分からない、日下氏の意見を読んでみたいものと、この本をアマゾンで買った次第。この本を買って読むのが一番よいが、面白かった箇所。

 民主党の対中外交について(P16)
「2010年9月、尖閣諸島沖で起きた中国漁船の体当たりでは「腰砕け外交で領土問題に禍根を残した」と言われたが、当事の民主党政権の対応は結果として「近年まれに見る外交的勝利」をもたらした。
 中国人船長が逮捕されたとき、中国側は、いつものように脅せば日本は折れてくると、タカをくくっていた。しかし民主党政権が予想以上にもたもたして何もしなかったので、業を煮やした中国はレアアースを禁輸し、ゼネコンのフジタの社員を拘束した。さらに温家宝首相がニューヨークの華人集会で「寸土も譲らぬ」とスピーチし、しなくてもよい強硬手段を取らされるはめになった。
 それを見て世界中が中国を警戒しはじめ、中国は国際的信用を失った。アメリカはそれまでの中国寄りの態度を改め、EUも対中投資を減らした。
 これが自民党政権なら、さっさと中国漁船の乗組員を国外追放にしたと思う(中国もそれを望んでいた)。民主党政権の弱腰外交が、かえって覇権国家の本質と、相手のカードをすべて出させるという成果をもたらした。脅しを強めてようやく中国人船長釈放させたが、さらにそれがヤブ蛇となって、日本の大衆の目を覚まさせる結果になった。中国の対日外交はまた失敗した。」



日本型の経営(P86)
「大量生産・大量販売・安売り自慢の時代は終る
 
 そういう点では、日本という国は成功している。国全体がユートピアになっている。騙したり便乗しようとする人が少なく、組織がワークしていて、指示をされても「これが自分のワークだ」と思って役目を果たす人がたくさんいた。給料より、自分の腕が上がるとか、友達が増えるとか、出来上がった製品誇りを持つということに喜びを感じている。部品のようにポストにはめ込まれた人には、そのような喜びがない。だからアメリカは未来がつくれない。同じことの繰り返しを、安くできるだけである。それを彼らは「合理化」と言っている。
 長い目で見れば、日本型のほうが労使両方にとってはるかに都合がよい。したがって、そのうち「日本型経営のほうが最先端を行っている」と世界中の経営者が気づくはずである。
 日本人も元に戻って、機械の部品のような人間ではなく、仕事を喜びとして工夫したり提案したり、相互に助け合ったりするようになると思う。そうなる理由の第一は、そういう日本人の伝統精神に復活の兆しがあることであり、長期的には大量生産・大量販売・安売り自慢の時代は終って、新商品・新サービスを開発して高い利益を得る時代になるからである。
 そういうことができる人が集まって働くときの働き方を考えるのが、これからの経営者の仕事で、そこに自然淘汰による会社の生死があると思う。」


韓国の経済(P99)

「日本の大手電機メーカーの経営不振が伝えられているが、仮に一つの企業が潰れても、ほかに代わるメーカーがいくらでもあるから、国内の電機・家電産業はビクともしないし、国の経済が傾くこともない。
 国を挙げて内需から輸出立国へと舵を切った韓国では、そうはいかない。国内市場は、家電がサムスンとLG、自動車はヒュンダイの一人勝ちが続いている。もし一社独占が崩れてしまえば、その穴を埋める企業が国内にはないので、産業そのものが崩壊してしまう。輸出立国の韓国経済は独占企業に依存しているから、その影響は国民全体に及ぶ。
 もともと韓国は多数の中小、大企業が乱立する日本型の経済構造だった。三橋貴明氏の「サムスン栄えて不幸になる韓国経済」(青春出版社)に詳しく書かれているが、1997年、韓国は国家破綻してIMFの救済を受けた。IMFから借りたお金を返すには、輸出産業を育てて稼がなければならない。
 国内競争にかまけている余裕はないので、アメリカの真似をして企業の選択と集中、産業の集約化を進めた。IMFの意を受けた政府が調整して寡占市場を作り上げ、前の半分というウォン安を誘導してサムソンは世界へ進出した。その過程で外国人の株保有率が急上昇し、輸出で得た利益を韓国国民ではなく外国人投資家、とくにアメリカに吸い上げられる経済構造がつくられた。
 サムスンやLGは日本メーカーに勝った、とマスコミが書き、一見「韓国の戦略は正しかった」と思う人もいるだろう。だが、ここでも怖いのは「市場の失敗」より「政府の失敗」のほうで、産業集約化の成功がすなわち大きな失敗である予兆がすでに表れている。
 独占が続き、設備投資や研究開発に資金を注ぎ込めるにもかかわらず、サムスンの研究開発は年々、鈍化している。独占にあぐらをかいた企業に共通する罠に落ちているわけで、わが世の春にも終わりが見えてきた。
 さらに、2012年には韓国EU、韓米FTA(自由貿易協定)が相次いで発効された。欧米資本の餌食にされる環境が整ったとも言える。


・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 新聞、テレビで見聞きするのとはちょっと違う、先の見通し。日下氏の見通しの方が、本当らしく見える。気持ちも落ち着く。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雨の耶馬渓・農園(2013/2/18)

2013-02-18 20:56:21 | Weblog
朝から雨で、耶馬渓の西谷温泉に妻とドライブ。
青の洞門を通り過ぎ、西谷温泉に。(冒頭は西谷に向かってさかのぼっているところ)
平日で、地元のお年寄りがたくさん。
松山の道後温泉とよく似たアルカリ泉で、浴槽にひたると肌がヌルヌルとして気持ちがよい。
西谷温泉の受付の方が、山向こうの東谷のお寺で雛飾りを公開しているのでいってみたらと。
風呂上り、車を走らせて、教えられたお寺に行くと、何台も見学の車。
地元の皆さんが、接待してくれており、お茶と甘酒を暖かい部屋で振る舞ってくれる。
地元の家の雛飾りや、噂をきいて、家の雛飾りも使ってくださいと持ってきてくれたものや、たくさんの雛飾り。
竹細工で有名な大分だけあって、竹の中に収めた雛飾りも。


 帰宅して、その足で今度は次男に頼んで、竹田農園に野菜の収穫に。
梅の花が美しい。

次男は、雨の中ネギとヤーコンの収穫。

私は、カブの収穫。
 農園のお隣に住む江藤正氏に3/3に、飲み仲間の皆さんとバス旅行を予定しており、そのスケジュール表をお渡しする。
 最近腰が痛いので、長時間バスに乗るのは無理かなーとのこと。
 ちょっと考えておくねとのこと。
 ちょうど食事の最中で、お酒を飲んでいたよと、笑っておられました。

 いい一日でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

白島沖で船釣り(2013/2/17)

2013-02-17 22:45:53 | Weblog
田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
今年二度目の白島沖での船釣りに出かけました。
工務店のS氏と作業着屋のHM氏に瓦屋のIC氏と一緒に。

(今年は日曜日穏やか)
昨年は、日曜日釣りの計画をすると、いつも荒れた天気で中止の連続だったのが、今年は、早、2度白島沖の釣りに出かけた。
昨日も明日も、海は波がたかいのに、今日の日曜日だけ波静か。
若松の岩屋漁港をお天気でついとると意気揚々と船出しました。(冒頭、朝の白島が遠くに)

(レンコダイ)
2時間程、私は可愛いアラカブが一匹で、冬なので、魚も食わないのかと、缶ビールを飲んでいると、船長の判断で、より沖合に。
すると、頻繁に当たり。
ビシヨマテンヤの鯛の釣り方をホームページで復習し、特に、当たりがあったときの合わせ方を、関門のような20メートル程度の深さの海と違い、深いので、船べりにある竹に糸を当てて一、二、三とシャクルのがおススメということで、そのとおりやってみると
効果テキメン、当たりは7割程は、物にしました。
ライバルの釣りバカ達、何また釣ったのかと目を丸くしていたのは愉快。
私はレンコダイばかり、S氏、HS氏はアラ系の高級魚をたくさん釣る。


レンコダイの大きさは、20センチから25センチ。


 さすがにまだ冬、午後になると、風が出てきて、船は港に。

カモメは何か餌ほしいと船の周りをブラブラ。

いい一日でした。
 レンコダイは、2匹刺身にして、夕ご飯のおかず。

上品な味で美味しい。
残りは、冷凍庫行。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京・横浜孫見物の旅(2013/2/13)

2013-02-13 23:39:12 | 3.11東北大震災の頃
田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
この3日間、孫見物に東京、横浜に遊んできました。

(大震災と暴走族)
行きは、北九州空港からで、次男の車で送ってもらう。
道中、昨日の毎日新聞で見た、「日本に学ぶ10の事」を私が次男に話すと、次男の働いているDVDショップの本社のある茨城県の店で、毎晩、40人程の暴走族が走り回ってうるさくて仕方なかったのが、震災の翌日、「今日から復興支援に東北に出かけます。暴走は止めます」と警察に挨拶に来て、それいらい、ずっと静かになったとのこと。
 警察に挨拶するとは、可愛い所があると言うと、次男は、別の場所で暴れているのではないと、伝えたかったんだろうとのこと。
 単車が主な暴走族だそうで、がれきの中を走り回って、被災者のお役にたったことだろうと、感心したことでした。

(東京駅)
建設当初の姿に再建したという東京駅を、長男宅で宴会をしたあと、妻と見物。
気品と豪華さのある建物に変身しており、駅の前、広い広場も作られ、写真撮影をしやすくしてくれている。
ここでパチリ。(冒頭の写真)
ドームの中、ホテルやレストランの回廊が内側にあり、物珍しさに、レストランに入ってみる。


やや割高だが、入館料と思えば安いものと、二階のバーでランチにビールで東京駅を堪能しました。
門司港レトロも負けそう。

(自然公園)
今日は、横浜の長女宅に泊まったついでに、孫と、日吉本町駅近くにある山林を利用した、児童公園に。
たき火OK、遊具は手作り、規制するより冒険しろ、といった今時珍しい公園。(左のブックマーク、横浜鯛ケ崎公園)
孫はと見ると、公園の手押し車を山の上まで押し上げて探検しておりました。

私も子供のころ、「少年ケニア」とか「マゼラン・クック船長の伝記」「砂漠のヘディン」といった、冒険物語に夢中になって、近くの小山やため池で、冒険ごっこで遊んでいたのを思い出しました。
こういう公園を作った横浜の人はエライ。

 今度の日曜日、若松から釣りの予定。波静かでありますように。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2011年3月、世界を駆け巡ったメール(2013/2/10)

2013-02-10 23:17:17 | 3.11東北大震災の頃
2011年3月、世界を駆け巡ったメール

 小倉駅から我が家に戻る車中で読もうと、買った3/10日の毎日新聞の記事、思わず何度も読み返しました。3/11日の東日本大震災にかかわる記事。著者は、元世界銀行の副総裁の西水美恵子氏とのこと。書き写すのは、著作権上問題と思いますが、読むのは、少数の釣りバカの皆さんがほとんどですので、ご勘弁。以下のような記事。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
在留中の英領バージン諸島では、午前2時前だった。けたたましい電話の呼び出し音に何事かと跳び起きた。世界銀行ワシントン本部から東京に出張中の、元部下からの国際電話だった。・・・・緊急時に肝が据わる彼女が涙声なのに気づいて、驚いたのを覚えている。途切れ途切れの通話も、震災や通話規制のせいではなかった。
「今、帝国ホテルに向かっている・・・・美恵子の同胞は素晴らしい・・・強い余震が来る中で・・・誰もかれもが落ち着き払って・・・まわりの人を思いやって・・・助け合っている・・・こんな民族が住む国がこの世にあったなんて・・・信じられない・・・美恵子の国はすごい・・」・・・・・
深夜の電話からしばらく。ワシントンに戻った彼女から
「これが世銀やIMF(国際通貨基金)はもとより世界中を駆け回っている」と一通のメールが転送されてきた。
「10things to learn from Japan (日本から学ぶ10のこと)」と題したそのメールに、こうあった。

① The Calm(平静)
悲痛に胸を打つ姿や、悲嘆に取り乱す姿など、見当たらない。悲しみそのものが気高い。
② The Dignity(威厳)
水や食料を得るためにあるのは、秩序正しい行列のみ。乱暴な言葉や、無作法な動作さなど、ひとつとてない。
③ The Ability(能力)
例えば、驚くべき建築家たち。ビルは揺れたが、崩れなかった。
④ The Grace(品格)
人々は、皆が何かを買えるようにと、自分に必要な物だけを買った。
⑤ The Order(秩序)
店舗では、略奪が起こらない。路上では、追い越しも警笛を鳴らす車もない。思慮分別のみがある。
⑥ Sacrifice(犠牲)
50人の作業員が、原子炉に海水をかけるためにとどまった。彼らに報いることなどできようか。
⑦ The Tenderness(優しさ)
レストランは値を下げる。無警備のATM(現金自動受け払い機)は、そのまま。強者は弱者を介助する。
⑧ The Training(訓練)
老人も子供も、全ての人が何をすべきか知っていた。そして、すべきことをした。
⑨ The Media(報道)
崇高な節度を保つ速報。愚かな記者やキャスターなどいない。平静なルポのみがある。
⑩ The Conscience(良心)
停電になった時、レジに並んでいた人々は、品物を棚に戻して静かに店を出た。

真のインスピレーションを感じる。日いずる国で起こっていることに。(著者・西水和訳) 」

余すところ一月で、大震災からもう3年目が訪れようとしている。・・
・・忘れてはならない。かけがえのない大きな犠牲をはらった人々が、厳しい状況に耐えながらも、今なお希望を失わずにおられることを。
 そして、私たちが当たり前だと思っていることを、いかに世にまれなことかと驚異の念をもってたたえ、だから日本は大丈夫と支えてくれる人々が、世界に大勢いることを。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
100年の後にも、孫や子供に読み継いで欲しい、静かな勇気を与えてくれる記録と思いました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

外は寒気、内は味噌汁(2013/2/9)

2013-02-09 23:34:12 | Weblog
2/9日、北部九州も冷蔵庫状態の冷え込みで、朝、我が家の庭に出ると、駐車場の屋根に、久しぶりのツララが、朝日にキラリ、でした。(冒頭)

妻は、今週から横浜の娘のところに孫見物の旅。
私と次男で自炊生活中。
 私は、竹田農園のジャガイモ、ヤーコン、便利菜をたっぷり入れて、これも自家製味噌をたっぷりの味噌汁作り。


味噌汁には油揚げと、賞味期限を2日過ぎた豆腐も。
冬の寒気に甘みの増した農園の野菜の甘みが味噌汁に溶け出して、我ながらこれはいける。
夜中仕事から帰った次男が、トーチャンやるねと舌を巻くことだろう。

 私も明後日から、妻と合流、長男、長女宅の孫見物の旅に出かけることに。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小雨まじりの農園で一仕事(2013/2/4)

2013-02-04 21:59:14 | Weblog
昨日の釣りの後、昨晩は爆睡で気持ちのいい目覚め。
天気は小雨模様、午後は回復の傾向の天気予報。
来週は、妻も私も東京・横浜へ孫見物の旅で、今日竹田農園に行かないと、畑が荒れるかもで、竹田農園に出かけました。
行きは次男の車で、夕方妻が迎えに。

(バーベキュー)
農園に行く途中、みやこ町の「国府の里」に寄り、食材の購入。
 もうすぐ販売の終わる簑島の一粒牡蠣を購入。
雨避けのブルーシートを張り、たき火を起こし、カッポ酒の竹を伐り出しと昼食の準備。
お隣に住む江藤正翁(元南海ホークスのエース、90歳)も見えて、ビールで乾杯。
牡蠣は炭火で焼き、おいしくいただく。江藤翁と雑談。
〇最近時々、老人会の役員がお二人で、お元気ですかと、訪ねて来て、話をしていく。頼りになる。この役員のお孫さんが半年前、訪ねて来て野球の話を聞きに来た。これがご縁で、来てくれるようになった。
〇一緒に野球をやってきた人は皆さん亡くなってしまった。川上哲治氏ただ一人残っている。川上氏は私より2年上で、熊本工業でピッチャー。いっしょにバッテリーを組んでいた吉原選手と巨人に入団した。(私が熊本工業高校の川上・吉原と試合をしたことはあるかと聞くと)試合をしたことはない。当時の熊本工業は強豪校で北九州のチームは相手にしてもらえなかった。特にキャッチャーの吉原は、日本でもぴか一のキャッチャーだったが、若くして亡くなった。(1944年、インパール作戦で戦死)

(枯草運び終了)
400メートル離れた休耕田に積み上げている刈った草、リヤカーでコツコツ畑に運んでいたが、今日3往復して運び終わる。
なた豆の跡の畝に積み上げる。
積み上げる前


積み上げた後

ここに3月になって、春ジャガを植える予定。
草が腐るにつれ、枯草菌(こそうきん)が土に繁殖し殺菌、ミミズなどの微生物が土を私の代わりに耕してくれ、丈夫な美味しい野菜が出来る。
草取りや畝作りの手間も省ける。

(ジャガイモ収穫終了)
DIYの店には、春ジャガの種イモを販売し始めた。
畑に掘り残した秋ジャガ、もう取り入れないと芽が出てしまうかもと、今日、ジャガイモは全部収穫。
ついでに健康芋のヤーコンも。

ヤーコンは2月末まで収穫が続く。
妻の迎えの車に乗り、これで心残りなく孫見物に行けると思ったことでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする