田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

高下遠征隊 父の随筆(2022/9/5)

2022-09-05 22:08:10 | 戦前・戦中の日々
台風11号の接近で、今日は我が家で台風対策。
物干しざおを地面に置いたり、車庫の補強柱を取り付けたり。
準備が終わり、家でゴロゴロしていると、横浜に住む妹から、亡くなって15年になる父の随筆が古いパソコンから見つかったとの連絡。
 父は誰が読むともなしに、原稿用紙に思い出話を書き散らしていて、読んでみると面白いものがいくつか。
 私が気に入っていたのは、小さいとき友達と冒険で田舎に遠征して、迷子になりかかり、なんとか戻れて、父の母親(私の祖母)の顔を見て泣き出したという話。
 小学校の時の思い出話の「進軍ラッパ」も印象的な随筆だが、この迷子の話も、それと匹敵する小品。
 しかし、この迷子の物語は、私のパソコンからは消え失せ、妹に聞いても、分からない、しかし、今日出てきたというもの。
 下のような随筆です。

   高下遠征隊      竹田光雄

 私の物心がついたころ、多分五歳くらいだったのだろう(1928年 昭和3年頃)。私は大坪通りに住んでいた。家は小さな駄菓子屋だった。その頃父は二階で、手動の手袋製造機を使って手袋を編んでいた。
 この近所には実に多くの腕白小僧がいたものだ。私たちのガキ大将は「ターチャン」であった。口は立つし、力も強かった。
ある日のこと、このターチャンが「高下というところは魚がいっぱいいるんだ。そしてそれが手で何ぼでも取れるんぞ。わしもよーけ取った。」とのたもうた。私たちはそれを聞いて、「じゃあ、わしらにも魚が取れるか」と「取れらい、何ぼでも」「お前、高下に行く道知っとるんか」「知っとらいや」とターチャンは胸を張った。「行こう行こうや」となって、早速意見がまとまった。しかし実際に出かけたのは、ターチャンと米屋の寛ちゃんと私の三人だけだった。大坪通りを北上すると旭町に出る。角に白石煙草店があった。旭町を東へ、当時は木造の総社橋を渡り、祇園さんの前から一路東へ、少し行くと鳥生の町を出て外れる。北も南も東も見渡す限りの青田、青田の田園風景が続いている。麦が穂を出しかけていたから、多分初夏の頃だったのだろう。先頭は無論ターチャンである。とある川に当たると、ターチャンは、「この川の先がそうじゃと」と指差した。深そうな川で葦が沢山繁っていた。さあもうすぐだと私たちは張り切った。「ここじゃ」とターチャンは叫んだ。無惨やな、ターチャンの言う高下は満々と潮の満ちた入り江ではないか。「何? これが高下か」私たちはポカンと海水の満ち満ちた入り江を眺めた。ターチャンは「ウーン」と言ったまま土堤にひっくり返った。私たちも同様だ。入り江の向こうの海辺に大きな松が一本、その下に小さい小屋があった。空は青々とよく晴れて、時々白い雲がゆったりと流れていた。いつまでもこうしておれず帰途についたのだったが、何故かターチャンは元の道には出なかった。
 ターチャンはがむしゃらに麦畑を歩いていく。「どこへ行くんぞ」「帰るんじゃ」ターチャンは振り向きもせずに、麦畑をどんどん進む。私たちもその後に続く。「あそこの大川まで行くんじゃ」その頃の大川土堤には旧藩時代に植えられた松が数百本、数千本、いや数万本大きく聳えて私たちの目には黒々と長い松並木として映っている。これなら道に迷うことはない。土手には人家は一軒もなかった。やっとこさ辿りついたが、大川の手前には御物川が流れている。小さな私たちは渡るに難儀をした。大川の土堤は砂盛なので、ズルズル崩れて実に難儀だった。お互いに手を取り、体を押しあげてやっと堤防の上に出た。もう時間はとっくに昼を過ぎている。この時、私たちは凄く腹がすいているのに気がついた。流石我等のリーダー、ターチャンである。「待っとれ」と言ったかと思うと土堤にある大きなイタドリを取ってきて私たち二人に食わせてくれた。それから野バラが沢山あったが、その芽を摘み取って皮をむくと結構軟らかく食べられた。私たちは大満足した。
 家に帰ったのはもう昼もかなり過ぎた頃だった。家の者は誰も心配はしていなかった。その頃はこんなものだった。
 ターチャンの本当の名前は知らないし、その後どうなったのかもわからない。


 私の記憶では、最後は祖母の顔を見て、突然父が泣き出し、祖母は驚いていたが、何も言わなかったというラスト。この小品は、妹が父の許可を得て、かつて妹が作ったホームページ(今は消滅)に載せたもので、父はラストを書き換えたものと推測。書き換えない方が良かった。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 次男に草刈りやってもらう(20... | トップ | 負けても負けっぱなしにはな... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

戦前・戦中の日々」カテゴリの最新記事