こちらのサイト、さとなおさんのツイートで知った。
まずは見てみてください。
ゴッホの絵をチルトシフト撮影でミニチュア風にしてみた:カラパイア
さとなおさんは下のように好意的だけど、わたしの感性ではNG。
私は絵も描くし写真を撮るのも大好きだ。
写真は絵の素材として撮っているフシもある。
私が写真でなく絵で描くときは、写真では絞り込めば可能だけど、すべてにピントのあった絵にしたいというこだわりがある、すなわち絵ではできて写真ではできないことを表現したいという欲望だ。
実は写真も超一流となると絵のように遠近すべてにピントがあった写真を撮ることが可能だ。
絵も写真も表現手段として素人なりに持っていると、絵では写真にできない何かを表現したくなる。そんなことにこだわっているのがそもそも素人考えなのかもしれないけど。
それはこのゴッホの写真をわざわざアピールする対象以外をピンぼけにしたようなミニチュア風にするという行為は、私には全くわからない。
ノーマンロックウエルの絵だって、奥域を徹底的になくした平面的なおもしろさだし、日本の浮世絵も西洋画家がまねしたほどの遠近感のない美へのこだわりだと申し、それがすばらしいと思う。
ゴッホも、平面的な中でいろいろなことを表現することにこだわっていたと私は想像するのだけど。
表現はきついけどゴッホに対する冒涜だと思ってしまうほどだ。
所詮は好みの違いだろうけど、さて皆さんはいかがですか。
さとなおさんともあろう人が、そんな方向の感性とは意外だった。ここはさとなおさんとは合わないなあ。
お遊びとしては認めるけど、やたら撮影してウエブなどで紹介するのは、わたしは歓迎できないです。
かたいのかなぁ~。
www.さとなお.com(さなメモ): リアル・ゴッホ、そしてリアル千秋
まずは見てみてください。
ゴッホの絵をチルトシフト撮影でミニチュア風にしてみた:カラパイア
さとなおさんは下のように好意的だけど、わたしの感性ではNG。
私は絵も描くし写真を撮るのも大好きだ。
写真は絵の素材として撮っているフシもある。
私が写真でなく絵で描くときは、写真では絞り込めば可能だけど、すべてにピントのあった絵にしたいというこだわりがある、すなわち絵ではできて写真ではできないことを表現したいという欲望だ。
実は写真も超一流となると絵のように遠近すべてにピントがあった写真を撮ることが可能だ。
絵も写真も表現手段として素人なりに持っていると、絵では写真にできない何かを表現したくなる。そんなことにこだわっているのがそもそも素人考えなのかもしれないけど。
それはこのゴッホの写真をわざわざアピールする対象以外をピンぼけにしたようなミニチュア風にするという行為は、私には全くわからない。
ノーマンロックウエルの絵だって、奥域を徹底的になくした平面的なおもしろさだし、日本の浮世絵も西洋画家がまねしたほどの遠近感のない美へのこだわりだと申し、それがすばらしいと思う。
ゴッホも、平面的な中でいろいろなことを表現することにこだわっていたと私は想像するのだけど。
表現はきついけどゴッホに対する冒涜だと思ってしまうほどだ。
所詮は好みの違いだろうけど、さて皆さんはいかがですか。
さとなおさんともあろう人が、そんな方向の感性とは意外だった。ここはさとなおさんとは合わないなあ。
お遊びとしては認めるけど、やたら撮影してウエブなどで紹介するのは、わたしは歓迎できないです。
かたいのかなぁ~。
www.さとなお.com(さなメモ): リアル・ゴッホ、そしてリアル千秋
いやー、すごいな。
チルトシフト撮影とは、本城直季の写真集「small planet」(4年前のクリスマスにムスメにプレゼントした)以降、一躍注目を浴びた撮影手法のひとつ。なんでもミニチュア模型のように撮れてしまうものである。
ゴッホが好きなわけではないですが、本当にただ遊んだだけ、という感じがしますね。
同感していただける方がいて非常にうれしいです。
これはツイッター上でツイートされていたのですが、おもしいとか良いとか言うツイートが少しありました。
さとなおさんのウエブは、多くの人が訪れるサイトだし、ツイッターではお薦めのアカウントにもなっています。
だから、反論をツイートできない雰囲気。
ツイッターとか、mixiとか基本的に、これ良いなと思うひとこの指とまれ的な雰囲気で、反論などするとひどくバッシングされるそうなので、実際過去にウエブ上でバッシングされた経験を持つ私としては、ひっそりと自分のブログに描いたつもりです。
この仲良しクラブ的なところがツイッターやmixiの限界のような気がします。
遊びだから良いんですけど、ビジネスに使ったり、募金に使ったりするのは違和感を覚えます。