梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

美しき落人

2007年02月11日 | 芝居
モノトーンの「四段目」から、色鮮やかな舞踊劇「道行旅路の花聟」へとまいりましょう。
台本だけ見ますれば、東海道は戸塚の山中、しかも夜明け前という設定。とはいえ実際の舞台面は、遠く富士山を望み、菜の花咲き乱れる<野遠見(のどおみ)>の書き割りに、桜の立ち木が数本、作り物の菜の花も舞台後方に並べられ、春うららの昼下がりといった趣きですが、これが芝居の芝居たるところでしょう。
つかの間の逢瀬を楽しんでいたために、主君塩冶判官の大事の場にあり合わすことができなかった早野勘平と、顔世御前つきの腰元お軽が、鎌倉から山崎へと落延びる逃避行。原作にはない場面ですが、天保時代に増補されて以来人気曲となり、今日ではすっかり『仮名手本』の一員となっております。

お軽勘平の2人は、勤務中にこっそり逢引をして、そのまま逃げてきた設定ですので、服装も奉公中の装束です。勘平が黒羽二重に主家の<丸に違い鷹の羽>の紋服を東からげにし(原作の「三段目」なら、この上に裃を着ていたわけです)、お軽は白縮緬に紫の矢絣の振袖着付をお端折に着て、帯は黒繻子に菊などの花を刺繍したものを<矢の字結び>。ただしお軽の衣裳にはバリエーションがあり、小豆色の地で、<御所解き>模様の振袖になることもあれば、矢絣に<花の丸>を縫いだしたりと、演者の好みで変わることがままありまして、帯の柄もそれに合わせて変わります(今月は最初にご紹介したパターンです)。

今月の演出では、浅葱幕の<振り落とし>で、道中合羽に身をくるみ、竹の子の皮で作られた<饅頭笠>で雨を除けている体の2人の姿を一瞬で見せるやりかたですが、2人が花道から出てくることもあり、こちらのほうが古い演出だと聞いております。
勘平は、鼠色の縮緬風呂敷の荷物を背負っているのですが、はてさてあれには何が入っているつもりなのでしょう。とるものもとりあえず鎌倉を出奔した彼に、道中の支度はできないでしょうけれど…。しかしこの小道具一つで、<旅>の趣きがグッと深まるのですから、すごいことです。踊りで使用される風呂敷包みは、立役はたいてい鼠色、女方は紫と相場が決まっております。目立ち過ぎず、地味すぎない、考え抜かれた配色ですね。包みの真ん中が、鼠色には紫の、紫色には赤の羽二重絹の紐で結わえてあるのもお約束です。
お軽の襟元に挟んである小物(振りでも使われます)は<筥迫(はこせこ)>と申しまして、御殿女中や武家の子女が、懐紙、鏡など身だしなみのためのアイテムをしまっていた箱状のもの。刺繍で美しく飾られ、銀のビラビラ簪もついておりますので、大変可愛らしいものです。

今日は恋人2人の外見についてでした。明日はもう1人の奇天烈な登場人物のことなど…。

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4 コメント

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お軽 (梅ごよみ)
2007-02-12 10:54:07
浅葱の振り落としは、体が不自由だった五代目歌右衛門からはじまったときいているのですが…?
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なつかしい (SwingingFujisan)
2007-02-12 10:56:22
はこせこ、ですかぁ。懐かしい響きです。私は全然着物を着ませんが、七五三の頃を思い出しました(何十年前だ、って言うの)。子供の脳には「はこせこ」という言葉の響きが不思議でおかしなものに聞こえたものです。
歌舞伎座観劇はまだまだ先に予定してあるので、毎日の梅之さんの解説(?)を十分読んでから見られます。
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梅ごよみ様 (梅之)
2007-02-12 18:05:31
私の言葉の使い方が紛らわしかったですね。文中「こちらのほうが」は、「そちらのほうが」が適切でした。
振り落とし演出の起源は、梅ごよみ様のおっしゃるとおりでございます。登場人物が花道から出て花道を入るというのが<道行もの>舞踊の定型ですが、現行演出の魅力も捨てがたいですね。
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Unknown (梅ごよみ)
2007-02-13 10:29:38
現行の振り落としのほういが、パッと華やいで、じわが来るところがたまりません。
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