梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

『お祭り』の趣向

2009年09月13日 | 芝居
昼の部の『お祭り』では、清元の皆様が、黒紋付の着流しに、浅葱と白の“半染め”の手ぬぐいを<吉原かぶり>にした姿で演奏されていらっしゃいます。
上手にしつらえられた前後2列の緋毛氈を敷いた床几に、三味線方は腰掛けて前列に、浄瑠璃方は正座して後列に。三味線方の皆さんは白緒の草履も履いています。
この演目で、このようなスタイルでの演奏は、なかなか珍しいことのように思います。

『お祭り佐七』の序幕の祭礼の場、町内の余興として<落人>を一くさり演じる場面でも、清元ご連中とお囃子さんが同様の拵えで舞台に立ちます。これは、演奏者というよりも、ひとつのお役として舞台に<出演>していると考えたほうがよいわけで、『幡随院長兵衛』の序幕村山座、長唄の皆様による、大薩摩節<金平法問諍>の演奏も同じ趣向でしょう。頭に手ぬぐいや頭巾をかぶっているのは、鬘をかけなくてもそれ“らしく”見せるためで、とにかくこの一幕の間は、演奏の皆様も登場人物のひとり、同じ時間に存在しているというわけです。

では,今月の『お祭り』。
舞台稽古のときにこの舞台面を拝見して、オヤと思ったのですが、そういえば今月の『お祭り』は、「名残惜木挽の賑(なごりをおしむ こびきのにぎわい」という副題がついております通り、もともとの題材である<山王祭>にこだわらず、歌舞伎座がある木挽町界隈でのご祭礼という設定になっております。

…木挽町の一角で、賑やかに演奏が始まって(土地のお師匠さん方か、それとも腕に覚えの兄ィさん達か…?)、それに合わせて芸者や鳶、手古舞が踊りを披露している…。

そう考えてみた次第です。

皆様はどうお感じになりましたか?





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