梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

時雨月稽古場便り 巻の三

2006年09月29日 | 芝居
本日は正午より『元禄忠臣蔵』の<附立>でございましたが、午後二時五十分開幕予定で、四十周年記念式典祝賀舞踊の『石橋』の本番がございましたので、関係者各位のご了承のもと、『第二の使者』の申し次ぎ役をいたしましたあと、お稽古を退席させて頂きました。
午後一時半過ぎからまず後見の拵え。今回は六世中村歌右衛門の大旦那のお弟子でいらした、歌女之丞さんの後見ですので、芝翫茶の熨斗目の裃に、紋は<祗園守>という、成駒屋の裃を着させて頂きました。このような機会でしか身にまとうことのないものですから、大変有難く、また心引き締まる思いでした。
おかげさまで本番の舞台もつつがなく終わりました。研修生も舞台稽古よりもさらに落ち着いて、そして元気よく立ち回りを演じておりました。皆々、十月国立劇場の本公演にも舞台実習として出演する立場ですので、ここで怪我などしては元も子もありません。基本的なとんぼの技である<三徳>はもとより、石橋からの<返り落ち>も無事にこなし、大きな拍手もございました。全員しっかりと勤めおおせることができて、本当に良かったと思います。

今日の後見でちょっとハラハラしたこと…。立ち回りが始まってすぐに、雄獅子、雌獅子に、それぞれ二人ずつカラミがついて、衣裳の<ぶっかえり>をいたします。シンの衣裳の両肩に付けられた<玉>を、左右に取っ付いたカラミが引き抜くと、玉に付けられた太い糸が抜けて、それまでその糸で荒く縫い合わされていた衣裳がばらけ、下に着込んでいた衣裳が現れるというわけですが、カラミはその玉を抜いたあとですぐトンボを返りますので、玉を後ろに捨てまして、それを後見があとから拾うのです。
さあ今日の本番、無事ぶっかえりもすみ、私も違う用事を済ませて、いざ計二個の玉を拾おうとしましたら、何故か玉は一個しか落ちていないのです。あたりを確認してもどこにもない…! ひょっとしたら大ゼリの隙間から、十数メートル下の奈落に落ちてしまったのかしら、そうなったらまず見つからないし、衣裳さんは困るだろうし、ああどうしよう…と一瞬様々なことを考えましたが、あまりキョロキョロしても見苦しいですから、とりあえず幕になってから探すことにしてしまいました。
その後は何事もなく幕となり、やれやれ探し物だと舞台をウロウロ歩き出したとき、出番を終えた一人の研修生が、得物の牡丹の花枝を持ってなにかゴソゴソ。よく見れば、牡丹の花に糸が絡み付いた、まぎれもないもう一個の玉! どうも玉を抜いた人の力が余って、離れたところで構えていた研修生の花枝まで飛んでしまったようなんです。からまった当人もどうすればよいかわからないし、そのままで立ち回りを勤めていたというわけ。まあ無事に見つかって何より何より。珍しくも面白いエピソードの一つとなった次第です。

…一つ仕事は終了しましたが、明日は『勧進帳』の<舞台稽古>ですし、同時進行はまだ続きます。申し次ぎもまだまだ課題は多いです。忙しい時こそ誠心誠意、謙虚にならなければなりません。