梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

とりとめなく『車引』 その二

2006年09月11日 | 芝居
松王丸、梅王丸、桜丸の三兄弟は、それぞれ自分の名前にちなんだ柄の襦袢を着ております。
松王丸は白縮緬地に松、梅王丸は赤縮緬地に梅、桜丸は赤地縮緬に桜。東京式の演出では、だいたいこの組み合わせが基本となり、今回も同様ですが、伺いますと、桜丸が鴇色縮緬の地になることもあるそうですし、松王が浅葱縮緬になった時もあったり、あるいは三つ子だからということで、三人そろって赤地縮緬にすることもあるそうです。その時々の演者のお考え、あるいは東と西の<型>の違いで、変わるということでございます。
着付は紫の<童子格子>。太く大胆な格子模様で、『車引』といえば、まずこの意匠が思い浮かぶ方も多いと思います。松王丸と梅王丸は裏地が黒で、桜丸のみ赤となりますが、これは桜丸の役柄が持つ色気、やわらかみを表現しております。

帯は三人とも<とんぼ結び>という結び方をいたします。といっても松王丸と桜丸はいわゆる作り帯で、あらかじめその形に出来上がったものを、後から差し込むのです。たんに差し込んだだけでは激しい動きの中で落ちてしまいますので、二本の紐を通してきつく結び、しっかりと固定します。
梅王丸のみが、一本の<丸ぐけ帯(綿を詰めて太くした、棒状の帯)>から、本当に<とんぼ結び>を締めます。約二丈と申しますから、およそ六メートル! 数人がかりで演者の体に回してゆき締め上げるのですが、絶対に緩まないよう、体に回してゆくたびごとに、全員でイキを合わせて(ときには演者の体に足を掛け、踏ん張りながら)ギュウギュウと引っ張る作業は、とても衣裳の着付けとは思えない、荷造り作業のようなありさまです。勉強会で『車引』が出ましたときに、私もこの梅王丸の着付けをお手伝いさせて頂きましたが、介添え役でしたのに汗びっしょり、シンになって締め上げていた先輩は顔が真っ赤になっていました。
なお、松王丸も時によっては丸ぐけ帯で、本当に締め上げることもございますので、念のため。

<隈取り>についてもちょっとお話しいたしましょう。三兄弟はそれぞれ紅で隈をとっておりますが、松王丸の<一本隈>、梅王丸の<筋隈>、桜丸の<むきみ>と、典型的な隈の取り方がいっぺんで見られます。この三つの中で比べると、おとなしめに見える桜丸の<むきみ>ですが、演目が変われば『助六』の助六や、『対面』の曾我五郎がとる隈。むしろ荒々しく力強いお役で見られるもの。同じ隈でも印象はずいぶん変わって見えますね。
梅王丸と桜丸の仇、藤原時平は、藍色の<公家荒れ>という隈で、こちらは演者によって形が色々とかわるようです。
紅色にしても藍色にしても、隈取り用の化粧は、鬢付け油と顔料(多くは日本画の画材)を練り合わせて作ります。時間をかけてじっくりと仕上げるもので、ちょうどよい色合い、かたさ、伸び具合にするためには色々な工夫があるようです。各ご一門に、たいてい調合担当のお弟子さんがいるもので(自分で作る幹部俳優さんもいらっしゃいますが)、ときおり名題下部屋で作業している姿を見かけますが、いい出来に仕上げるために、試行錯誤はつきもののようです。もちろん、先人からの教え、やり方を踏襲した上でのことですが。

…『車引』は、話のテーマがなかなか豊富で、書いてるうちにアレもコレもと思いつくことしきりです。今月中にもう少し、とりとめなしのお話しをさせて頂くかもしれません。