梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

出たり入ったり

2005年10月19日 | 芝居
朝晩がだいぶ冷えてまいりました。かつて申し上げましたように、人一倍寒がりの私。二、三日前から、セーターを着ております。今年も残り二ヶ月半。風邪をひかずに過ごせますでしょうか。
昨晩は、以前御紹介しました、門前仲町のイタリアン『ココナッツパーティー』で友人と会食。マスターも私のことを覚えていてくれ、なおさらくつろいだ雰囲気で料理を楽しみました。ワインとともにポテトサラダ、ムール貝バター焼き、スペアリブを頂き、最後は私のわがままで好物のタコを入れたパスタを特注してしまいました。気さくに応じて下さったマスターに感謝です!

さて、お芝居の話をいたしましょう。本日は「役者の登退場」について。
歌舞伎の様々な演目で、襖、障子、あるいは御殿などの舞台装置に見られる<瓦燈口>に吊された<瓦燈幕>が、役者の登退場に合わせて、さながら自動ドアのように勝手に開閉する演出が見られます。登場のさいは、役者の姿がいっぺんにお客さまの目に飛び込んでくるわけですし、退場では、後ろ姿を瞬時に消してしまうことで、物語の次なる局面への進行をキッパリとさせる。<出>と<引っ込み>を大切にする歌舞伎らしい方法ですね。
こういう場面での襖や瓦燈幕の操作は、ことわるまでもなく人力ですが、襖や障子は登場する役者の弟子が勤めることが多いのに対し、瓦燈幕は大道具さんが勤めるのが基本となっておりまして、ここにも歌舞伎の微妙な分業がみられますが、やはり場合場合によって変わることもあり、一概には申せません。
ただ、襖、障子に関しては、ほとんど役者が担当するものと考えて頂いてよいと思います。私も色々な演目で、師匠の登退場を影でお手伝いさせて頂いております。
襖は左右一枚ずつ開かれる<両開き>がほとんどですから、弟子二人が左右に分かれて開け閉めするわけですが、登場のさいは、まだ舞台裏にいるわけですので、師匠も小声で「はい」と開けるキッカケを下さるので楽なのですが、舞台から退場してくるときは、例えば後ろをむいたらとか、ちょっとキマッてからというような、動きをキッカケにすることになりまして、こういうときは、舞台裏から舞台での動きが見えるように、大道具の一部にごくごく小さなのぞき穴を開けてもらい、ここから見ながらキッカケをうかがうのです。登場する際でも、舞台にいる人の動きにあわせて開けまくてはならないこともあり、こういうときは師匠も自分ではキッカケがわかりませんので、やはり弟子がのぞき穴からキッカケを見ることになります。
また、左右に分かれた弟子のイキも大切で、二枚が同じスピードで開かれてゆきませんと、見た目も悪いので、お互いが気をつけなければなりません。閉じる時も同様です。またスピードといえば、芝居の内容、場面によって、微妙に開閉のスピードが変わることがございます。私がさせて頂いた経験から申しますと、『河内山』では計二回、正面の襖から松江出雲守が登場しますが、一回目はともかくも、二回目の登場では、河内山に騙された怒りに満ちておりますので、襖もササッと素早く開け、緊迫感を出しますし、反対に『忠臣蔵 四段目』の判官切腹の場での、塩冶判官の登場では、判官の重く沈んだ気持ち、場の静粛さを出すために、ややゆっくりめにするのです。これらは特に速さが変わる例ですが、基本的に時代物はゆっくりめ、世話物ではもたつかず。お芝居の雰囲気に合わせて変わってくるものなのです。
そして障子ですが、こちらは『十種香』や『熊谷陣屋』で見られるような、上手や下手に作られた小部屋の正面に立てられた数枚分の障子を、いっぺんに引き取ってしまうという演出が多く見られまして、これを<一本引き>と申しております。こちらは、お弟子さんが担当することが多いです。また、襖と同じような開閉のしかたも、もちろんございます。
一方、大道具さんが担当することが基本で、まれに役者も操作する瓦燈幕ですが、これは左右二枚に分かれた幕につけられた綱を引っ張ることで開閉させる仕組みです。襖と同じく、登場の際は出る役者がキッカケを出し、退場の際は、大道具さん自身がキッカケを見るか、あるいは狂言作者さん、時にお弟子さんがキッカケを出すことになります。何故大道具さんがすることになっているのか、これは後日伺ってみたいと思います。

それから商家や田舎の民家の場面でお馴染みの<暖簾>、これも時として、登退場時に、手を触れないのにめくり上がることがございますが、こちらは暖簾の裏側に取り付けられた<ジャリ糸>を、舞台裏で引っ張ることで操作するもので、これはお弟子さんの仕事になる場合が多いです。私は『毛谷村』でさせて頂きました。
それと、またまた微妙な分担となるのですが、舞台上手にある<揚幕>、これは花道の<揚幕>同様、専門の開閉係がいるようにお思いかもしれませんが、実際はそうではなく、大道具さんがなさる時もあれば、弟子の仕事になる時もあり、まったく複雑です。『紅葉狩』や『千本桜 鳥居前』でさせて頂きましたが、とくに『紅葉狩』では、更科姫の引っ込みや維茂の引っ込み、あるいは後ジテの鬼女の出に、演じられる方のイキをよっく見なくてはらない箇所があり、だいぶ緊張いたしました。

いずれの場合の開閉も、キッカケが大事になりますが、役者の動きであったり義太夫の節だったり、下座囃子だったり、演目によって様々です。お芝居の雰囲気をこわさぬよう、登退場する役者さんの気持ちをこわさぬよう、気をつけたいと思いながら、今月の『貞操花鳥羽恋塚』でも、二幕目第二場での師匠の登退場で、襖を開け閉めしております。