至南宮遇大風雨、入道傍空舎。馮異抱薪、禹爇火。秀對竈燎衣。異復進麥。至下博城西。惶惑不知所之。有白衣老人。指曰、努力、信都爲長安城守。去此処八十里。秀即馳赴之。時郡縣皆已降王郎。獨信都太守任光・和戎太守邳彤不肯。光出聞秀至、大喜。彤亦來會。發旁縣、得精兵、移檄討王郎。郡縣還復饗應。秀引兵抜廣阿。披輿地圖、指示禹曰、天下郡縣如是。今始得其一。子前言不足定何也。禹曰、方今海内殽亂、人思明君、猶赤子慕慈母。古之興者、在厚薄、不在大小也。
南宮に至り大風雨に遇い、道傍の空舎に入る。馮異(ふうい)薪を抱き、禹(とうう)火を爇(た)く。秀、竈(かまど)に対して衣を燎(あぶ)る。異、復麦飯(ばくはん)を進む。下博城の西に至る。惶惑(こうわく)して之(ゆ)く所を知らず。白衣の老人有り。指さして曰く、努力せよ、信都は長安の為に城守(じょうしゅ)す。此(ここ)を去ること八十里、と。秀即ち馳せて之に赴く。時に郡県皆已(すで)に王郎に降る。独り信都の太守任光・和戎の太守邳彤(ひゆう)肯(がえ)んぜず。光出でて秀来ると聞き、大いに喜ぶ。彤も亦来たり会す。旁県(ぼうけん)を発して、精兵を得、檄(げき)を移して王郎を討つ。郡県還復(またまた)饗応す。秀、兵を引いて広阿を抜く。輿地図を披(ひら)き、禹に指示して曰く、天下の郡県是の如し。今始めて其の一を得たり。子(し)前に定むるに足らずと言いしは何ぞや、と。禹曰く、方今(ほうこん)海内(かいだい)殽乱(こうらん)して人びと明君を思うこと、猶お赤子(せきし)の慈母を慕うがごとし。古(いにしえ)の興りし者は、徳の厚薄に在って、大小に在らざるなり、と。
こうしてやっと信都郡の南宮に来たが、暴風雨に遇い、道ばたの空き家に入って雨宿りした。馮異が薪をかかえ運び、禹が火を燃やし、秀がかまどに向って衣服を乾かすというありさまであった。馮異がまた麦飯を炊いてすすめた。下博城の西方まで落ちのびたが、一行は逃げ惑い、どちらに向えばよいのかわからなくなった。その時、白衣の老人が現れて、行く手を指さしながら言った。「しっかりせよ、信都郡は長安の更始帝に付いて城を守っている。ここから八十里だ」と。劉秀は直ちに馬を走らせて信都に向った。当時このあたりの郡県は皆すでに王郎に降っていたが、信都郡の太守任光と和戎の太守邳彤だけは降服を拒んでいた。そこに劉秀が来たと聞いて任光は大いに喜んで出迎え、邳彤もやって来て加わった。そこで近隣の諸県を徴発して精兵を集め、檄文を廻して、王郎を反撃した。今まで王郎に降っていた郡県は、皆翻って饗応し、劉秀に従った。劉秀は兵をひきいて広阿県を攻め落とした。ある日、地図を広げて禹に指し示して、「天下の郡県はこのように多い、今やっとその一つを手に入れることが出来たばかりだ。そなた、以前に、天下の平定はさして難くはない、自然に定まります。と言った。あれは気休めか」と愚痴を言った。禹は「ただ今天下は乱れに乱れております。人びとは英明な君主の出現を待ち望むこと赤子の慈母を慕うのと同じであります。かのいにしえの大業を興した人を見るに、徳の厚薄によって成し遂げたのであり、領地の大小によってでは、決してありません」と言った。
惶惑 恐れまどうこと。 信都は長安の為に・・長安(更始帝が長安に居たから) 更始帝の為に。 旁県 近隣の傍とおなじ。 輿地図 輿地は輿(こし)のように万物を乗せる大地の意、すなわち地図のこと。 海内 天下。 殽乱 殽もみだれる。