愈之彊學力行有年矣。愚不惟道之險夷、行且不息、以蹈於窮餓之水火。其既危且亟矣。大其聲而疾呼矣。閤下其亦聞而見之矣。其將往而全之歟、抑將安而不救歟。有來言於閤下者曰、有觀溺於水、而爇於火者。有可救之道、而終莫之救也。閤下且以爲仁人乎哉。不然若愈者、亦君子之所宜動心者也。
或謂愈、子言則然矣。宰相則知子矣。如時不可何。愈竊謂之不知言者。誠其材能不足當吾賢相之擧耳。若所謂時者、固在上位者之爲耳。非天之所爲也。
前五六年時、宰相薦聞尚有自布衣蒙抽擢者。與今豈異時哉。且今節度・觀察使及防禦・營田諸小使等、尚得自擧判官、無於已仕未仕者。況在宰相、吾君所尊敬者、而曰不可乎。
古之進人者、或取於盜、或擧於管庫。今布衣雖賤、猶足以方於此。情隘辭蹙、不知所裁。亦惟少垂燐焉。愈再拜。
後十九日復(ふた)たび宰相に上(たてまつ)る書 (二ノ二)
愈の学に彊(つと)め行いに力むること年有り。愚にして道の険夷(けんい)を惟(おも)わず、行きて且つ息(や)まず、以って窮餓(きゅうが)の水火を踏む。それ既に危うくして且つ亟(すみや)かなり。その声を大にして疾呼せり。閤下それ亦た聞きてこれを見たり。それ将(は)た往きてこれを全うせんか、抑々(そもそも)将た安んじて救わざるか。
閤下且つ以って仁人と為さんか。然らずんば、愈の若(ごと)き者も亦た君子の宜しく心を動かすべき所のものなり。或るひと愈に謂う「子(し)の言は則ち然り。宰相は則ち子を知れり。時の不可なるを如何(いかん)せん」と。
愈窃(ひそ)かにこれを言を知らざる者と謂(おも)えり。誠にその材能(ざいのう)の吾が賢相の挙ぐるに当たるに足らざるのみ。所謂(いわゆる)時の若きは、固(もと)より上位に在る者の為すことのみ。天の為すところに非ざるなり。
前五六年の時、宰相の薦聞(せんぶん)尚お布衣より抽擢(ちゅうてき)を蒙りし者有り。今と豈時を異にせんや。且つ今の節度・観察使及び防禦・営田(えいでん)の諸小使等すら、尚自ら判官を挙ぐるを得、已に仕えたると未だ仕えざる者と間(へだ)つる無し。況んや宰相に在りては、吾が君の尊敬するところの者、而も不可なりと曰わんや。
古の人を進むる者は、或いは盗より取り、或いは管庫より挙ぐ。今布衣は賎しと雖も、猶お以ってこれに方(くら)ぶるに足る。情隘(せば)まり辞蹙(ちぢこま)りて、裁(さい)するところを知らず。亦惟だ少しく憐れみを垂れんことを。愈、再拝。
険夷 けわしい所と平らかな所。 材能 才能。 薦聞 推薦して君主に申し上げる。 抽擢 抜擢。 節度使 地方の軍政行政をつかさどる。 監察使 地方行政を監督する官。防禦使 要地で軍務をつかさどる。 営田使 屯田を監督する官。 小使 防禦・営田などの低い官職。 判官 属官。 盗より取り 斉の管仲が盗賊の中から官吏に推薦した。管庫より挙ぐ 晋の趙文子が倉庫番から七十余人を官吏に登用した。 裁する 処置する。
私が学問に励み、行いを正しくしてきたのにはかなりの年月がございました。愚かにも道の険しいことを考えず、ひたすら突き進むだけでございました。それゆえ貧と飢えにあえいできました。それもすでに危うく切迫しており、こうして声を大にして叫んでいるのでございます。閣下もこの叫びを聞かれ、その事態をご覧になりました。さて閣下は駆けつけて救おうとなさいますか、それとも平然と見過ごされますか。
誰かが閣下の前でこう言ったとします「水に溺れ、火に焼かれる人を見ました。救う手立てはありましたが、結局助けませんでした」と。閣下はこの人を仁者だとお思いでしょうか。お思いでないとしましたら、私のような者にも、君子として同情を寄せて下さってよいのではございませんか。
或るひとが申しました「君の言うことはもっともだ。宰相も君のことを知っている。だが時節が悪いのはどうしようもないのだ」と。
わたしはこれを言葉を知らない人だと思いました。本当は私の才能が、賢明な宰相閣下の推挙するに値いするに足らないからに過ぎないのでどざいます。時節などはもとより高位高官の作り出されるもので、天の為すところでは無いのであります。
今から五、六年前には宰相が天子に人材を推薦する場合、無位無官の身から抜擢される者がありました。今とその時と時節が違っているはずはございません。まして今の節度使・観察使や防禦・営田の微禄の官職まで自分で属官を推挙することができ、仕官しているか、無官かの区別さえありません。まして宰相の身にあって君子の尊敬を受けている方がそれをできないと言うのでしょうか。
昔、人を薦めるひとは盗賊の中にいためぼしい者を推挙し、倉庫番の中から登用したりしました。今私は無官といえどもなおこれらの人々に比較するに充分足りていると思うのであります。
思いが胸にせまり、言葉がつかえてまとまりがつかない状態です。ただ少しく憐れみを垂れ給うことを。愈 再拝。
いよいよ切迫して書いた仕官の依頼ですが残念ながら取り上げるには至りませんでした。
或謂愈、子言則然矣。宰相則知子矣。如時不可何。愈竊謂之不知言者。誠其材能不足當吾賢相之擧耳。若所謂時者、固在上位者之爲耳。非天之所爲也。
前五六年時、宰相薦聞尚有自布衣蒙抽擢者。與今豈異時哉。且今節度・觀察使及防禦・營田諸小使等、尚得自擧判官、無於已仕未仕者。況在宰相、吾君所尊敬者、而曰不可乎。
古之進人者、或取於盜、或擧於管庫。今布衣雖賤、猶足以方於此。情隘辭蹙、不知所裁。亦惟少垂燐焉。愈再拜。
後十九日復(ふた)たび宰相に上(たてまつ)る書 (二ノ二)
愈の学に彊(つと)め行いに力むること年有り。愚にして道の険夷(けんい)を惟(おも)わず、行きて且つ息(や)まず、以って窮餓(きゅうが)の水火を踏む。それ既に危うくして且つ亟(すみや)かなり。その声を大にして疾呼せり。閤下それ亦た聞きてこれを見たり。それ将(は)た往きてこれを全うせんか、抑々(そもそも)将た安んじて救わざるか。
閤下且つ以って仁人と為さんか。然らずんば、愈の若(ごと)き者も亦た君子の宜しく心を動かすべき所のものなり。或るひと愈に謂う「子(し)の言は則ち然り。宰相は則ち子を知れり。時の不可なるを如何(いかん)せん」と。
愈窃(ひそ)かにこれを言を知らざる者と謂(おも)えり。誠にその材能(ざいのう)の吾が賢相の挙ぐるに当たるに足らざるのみ。所謂(いわゆる)時の若きは、固(もと)より上位に在る者の為すことのみ。天の為すところに非ざるなり。
前五六年の時、宰相の薦聞(せんぶん)尚お布衣より抽擢(ちゅうてき)を蒙りし者有り。今と豈時を異にせんや。且つ今の節度・観察使及び防禦・営田(えいでん)の諸小使等すら、尚自ら判官を挙ぐるを得、已に仕えたると未だ仕えざる者と間(へだ)つる無し。況んや宰相に在りては、吾が君の尊敬するところの者、而も不可なりと曰わんや。
古の人を進むる者は、或いは盗より取り、或いは管庫より挙ぐ。今布衣は賎しと雖も、猶お以ってこれに方(くら)ぶるに足る。情隘(せば)まり辞蹙(ちぢこま)りて、裁(さい)するところを知らず。亦惟だ少しく憐れみを垂れんことを。愈、再拝。
険夷 けわしい所と平らかな所。 材能 才能。 薦聞 推薦して君主に申し上げる。 抽擢 抜擢。 節度使 地方の軍政行政をつかさどる。 監察使 地方行政を監督する官。防禦使 要地で軍務をつかさどる。 営田使 屯田を監督する官。 小使 防禦・営田などの低い官職。 判官 属官。 盗より取り 斉の管仲が盗賊の中から官吏に推薦した。管庫より挙ぐ 晋の趙文子が倉庫番から七十余人を官吏に登用した。 裁する 処置する。
私が学問に励み、行いを正しくしてきたのにはかなりの年月がございました。愚かにも道の険しいことを考えず、ひたすら突き進むだけでございました。それゆえ貧と飢えにあえいできました。それもすでに危うく切迫しており、こうして声を大にして叫んでいるのでございます。閣下もこの叫びを聞かれ、その事態をご覧になりました。さて閣下は駆けつけて救おうとなさいますか、それとも平然と見過ごされますか。
誰かが閣下の前でこう言ったとします「水に溺れ、火に焼かれる人を見ました。救う手立てはありましたが、結局助けませんでした」と。閣下はこの人を仁者だとお思いでしょうか。お思いでないとしましたら、私のような者にも、君子として同情を寄せて下さってよいのではございませんか。
或るひとが申しました「君の言うことはもっともだ。宰相も君のことを知っている。だが時節が悪いのはどうしようもないのだ」と。
わたしはこれを言葉を知らない人だと思いました。本当は私の才能が、賢明な宰相閣下の推挙するに値いするに足らないからに過ぎないのでどざいます。時節などはもとより高位高官の作り出されるもので、天の為すところでは無いのであります。
今から五、六年前には宰相が天子に人材を推薦する場合、無位無官の身から抜擢される者がありました。今とその時と時節が違っているはずはございません。まして今の節度使・観察使や防禦・営田の微禄の官職まで自分で属官を推挙することができ、仕官しているか、無官かの区別さえありません。まして宰相の身にあって君子の尊敬を受けている方がそれをできないと言うのでしょうか。
昔、人を薦めるひとは盗賊の中にいためぼしい者を推挙し、倉庫番の中から登用したりしました。今私は無官といえどもなおこれらの人々に比較するに充分足りていると思うのであります。
思いが胸にせまり、言葉がつかえてまとまりがつかない状態です。ただ少しく憐れみを垂れ給うことを。愈 再拝。
いよいよ切迫して書いた仕官の依頼ですが残念ながら取り上げるには至りませんでした。