盤根錯節に遇わずんば、以って利器を別つ無し。
孝安皇帝、名祜、清河王慶之子、章帝孫也。未冠迎即位。后仍臨朝、騭爲大將軍。時邊軍多事。騭欲棄涼州并力北邊。郎中虞詡以爲不可曰、關西出將、關東出相。烈士武夫、多出涼州。衆皆從詡議。騭惡詡欲陥之。會朝歌賊攻殺、州郡不能禁。以詡爲朝歌長。故舊皆弔之。詡曰、不遇盤根錯節、無以別利器。及到官募壯士。攻劫者爲上、傷人偸盜者次之。収得百餘人、使入賊中、誘令劫掠、伏兵殺數百人。又潛遣貧人能縫者、傭作賊衣、以綵線縫其裾、有出市里者、輒禽之。賊駭散、縣境皆平。太后知詡有將帥之略、以爲武都太守。
孝安皇帝、名は祜(こ)、清河王慶の子にして、章帝の孫なり。未だ冠せずして迎えられて位に即く。后、仍(なお)朝に臨み、騭(とうしつ)、大将軍と為る。時に辺軍多事なり。騭、涼州を棄てて力を北辺に併せんと欲す。郎中虞詡(ぐく)以って不可と為して曰く、関西は将を出だし、関東は相を出だす。烈士武夫(ぶふ)は、多く涼州より出ず、と。衆皆詡の議に従う。騭、詡を悪(にく)んで、之を陥れんと欲す。会(たま)ゝ朝歌(ちょうか)の賊、(ちょうり)を攻め殺して、州郡禁ずる能(あた)わず。詡を以って朝歌の長と為す。故旧皆之を弔(ちょう)す。詡曰く、盤根錯節(ばんこんさくせつ)に遇わずんば、以って利器を別(わか)つ無し、と。官に到るに及んで、壮士を募る。攻劫(こうこう)する者を上と為し、人を傷つけ偸盜(とうとう)する者之に次ぐ。百余人を収め得て、賊中に入らしめ、誘(いざの)うて劫掠(こうりゃく)せしめ、兵を伏(ふく)して数百人を殺す。又潜(ひそか)に貧人の能(よ)く縫う者を遣わして、賊衣を傭作(ようさく)せしめ、綵線(さいせん)を以って其の裾を縫い、市里に出づる者有れば、輒(すなわ)ち之を禽(とりこ)にす。賊駭(おどろ)き散じて、県境皆平らぐ。太后、詡が将帥(しょうすい)の略有るを知り、以って武都の太守と為す。
孝安皇帝、名は祜である。清河王の慶の子で章帝の孫にあたる。未だ冠礼を済まさないうちに迎えられて帝位に即いた。太后が引き続き朝廷に出て政治を執りおこない、騭が大将軍になった。このころ辺境の情勢は多事にわたった。騭は、涼州の地を放棄して匈奴に委ね、力を北の辺境に集中させようとした。郎中の虞詡が反対して意見を述べた。「古来、函谷関より西の地は将軍を輩出し、東は大臣を出している。烈士武勇のもののふは多く涼州の出身であります」と。虞詡の意見に賛成する者が多かったので騭はこれを憎み、陥れようとした。たまたま朝歌の賊が県のを攻め、これを殺したが、州も郡も手が出せない状態であった。騭はそこで虞詡を朝歌県の長官に任命した。旧知の人たちは同情して慰めに来たが、詡は笑って、「盤根錯節があって刃物の切れ味はわかるものさ」と答えた。着任するとすぐさま屈強のならず者を集めた。まず強盗を第一に、人を傷つけ盗みを働く者をその次にした。百人余りがあつまると賊の中にもぐりこませて、そそのかして掠奪に向わせ、あらかじめ兵を伏せて、数百人を殺した。またこっそり貧民の裁縫のできる者を送り込んで、賊の衣服の繕いをさせ、色のついた糸で裾を縫って、賊が町中に出てくるのを捕えた。賊はわけがわからず散りぢりになり、すっかり静かになった。太后は虞詡が大将の器であることを見抜き、武都郡の太守に任命した。
涼州 甘粛省中部の州。 侍中 天子の側仕え。 朝歌 河南省の地名。 禄高六百石(せき)以上の者。 故旧 以前からの馴染み。 盤根錯節 絡まり合った根と入り組んだ節、転じて解決し難い事柄、試練。 攻劫 強盗。 偸盜 偸も盜もぬすむ。 劫掠 おどしとる。 傭作 やとわれて物をつくる。 綵線 色糸。 武都 甘粛省南部の郡。
孝安皇帝、名祜、清河王慶之子、章帝孫也。未冠迎即位。后仍臨朝、騭爲大將軍。時邊軍多事。騭欲棄涼州并力北邊。郎中虞詡以爲不可曰、關西出將、關東出相。烈士武夫、多出涼州。衆皆從詡議。騭惡詡欲陥之。會朝歌賊攻殺、州郡不能禁。以詡爲朝歌長。故舊皆弔之。詡曰、不遇盤根錯節、無以別利器。及到官募壯士。攻劫者爲上、傷人偸盜者次之。収得百餘人、使入賊中、誘令劫掠、伏兵殺數百人。又潛遣貧人能縫者、傭作賊衣、以綵線縫其裾、有出市里者、輒禽之。賊駭散、縣境皆平。太后知詡有將帥之略、以爲武都太守。
孝安皇帝、名は祜(こ)、清河王慶の子にして、章帝の孫なり。未だ冠せずして迎えられて位に即く。后、仍(なお)朝に臨み、騭(とうしつ)、大将軍と為る。時に辺軍多事なり。騭、涼州を棄てて力を北辺に併せんと欲す。郎中虞詡(ぐく)以って不可と為して曰く、関西は将を出だし、関東は相を出だす。烈士武夫(ぶふ)は、多く涼州より出ず、と。衆皆詡の議に従う。騭、詡を悪(にく)んで、之を陥れんと欲す。会(たま)ゝ朝歌(ちょうか)の賊、(ちょうり)を攻め殺して、州郡禁ずる能(あた)わず。詡を以って朝歌の長と為す。故旧皆之を弔(ちょう)す。詡曰く、盤根錯節(ばんこんさくせつ)に遇わずんば、以って利器を別(わか)つ無し、と。官に到るに及んで、壮士を募る。攻劫(こうこう)する者を上と為し、人を傷つけ偸盜(とうとう)する者之に次ぐ。百余人を収め得て、賊中に入らしめ、誘(いざの)うて劫掠(こうりゃく)せしめ、兵を伏(ふく)して数百人を殺す。又潜(ひそか)に貧人の能(よ)く縫う者を遣わして、賊衣を傭作(ようさく)せしめ、綵線(さいせん)を以って其の裾を縫い、市里に出づる者有れば、輒(すなわ)ち之を禽(とりこ)にす。賊駭(おどろ)き散じて、県境皆平らぐ。太后、詡が将帥(しょうすい)の略有るを知り、以って武都の太守と為す。
孝安皇帝、名は祜である。清河王の慶の子で章帝の孫にあたる。未だ冠礼を済まさないうちに迎えられて帝位に即いた。太后が引き続き朝廷に出て政治を執りおこない、騭が大将軍になった。このころ辺境の情勢は多事にわたった。騭は、涼州の地を放棄して匈奴に委ね、力を北の辺境に集中させようとした。郎中の虞詡が反対して意見を述べた。「古来、函谷関より西の地は将軍を輩出し、東は大臣を出している。烈士武勇のもののふは多く涼州の出身であります」と。虞詡の意見に賛成する者が多かったので騭はこれを憎み、陥れようとした。たまたま朝歌の賊が県のを攻め、これを殺したが、州も郡も手が出せない状態であった。騭はそこで虞詡を朝歌県の長官に任命した。旧知の人たちは同情して慰めに来たが、詡は笑って、「盤根錯節があって刃物の切れ味はわかるものさ」と答えた。着任するとすぐさま屈強のならず者を集めた。まず強盗を第一に、人を傷つけ盗みを働く者をその次にした。百人余りがあつまると賊の中にもぐりこませて、そそのかして掠奪に向わせ、あらかじめ兵を伏せて、数百人を殺した。またこっそり貧民の裁縫のできる者を送り込んで、賊の衣服の繕いをさせ、色のついた糸で裾を縫って、賊が町中に出てくるのを捕えた。賊はわけがわからず散りぢりになり、すっかり静かになった。太后は虞詡が大将の器であることを見抜き、武都郡の太守に任命した。
涼州 甘粛省中部の州。 侍中 天子の側仕え。 朝歌 河南省の地名。 禄高六百石(せき)以上の者。 故旧 以前からの馴染み。 盤根錯節 絡まり合った根と入り組んだ節、転じて解決し難い事柄、試練。 攻劫 強盗。 偸盜 偸も盜もぬすむ。 劫掠 おどしとる。 傭作 やとわれて物をつくる。 綵線 色糸。 武都 甘粛省南部の郡。