與韓愈論史官書(五ノ一)
正月二十一日、某頓首。十八丈退之侍者。前獲書言史事、云具與劉秀才書。及今乃見書藁、私心甚不喜。與退之往年言史事甚大謬。若書中言退之不宜一日在下。安有探宰相意、以爲苟以史榮一韓退之耶。若果爾、退之豈宜虡受宰相榮己、而冒居下近密地、食奉養、役使掌故、利紙筆爲私書、取以供子弟費。古之志於道者、不宜若是。
韓愈に与えて史官を論ずる書(五ノ一)
正月二十一日、某頓首。十八丈退之の侍者。前(さき)に書を獲(え)たるに史事を言い、劉秀才に与うる書に具(ぐ)すと云えり。今乃ち書藁を見るに及んで、私心甚だ喜ばず。退之の往年史事を言えると甚だ大いに謬(あやま)れり。書中の言の若(ごと)くんば退之は宜しく一日も館下に在るべからず。安(いずく)んぞ宰相の意を探りて、以って苟(いやし)くも史を以って一の韓退之を栄とすると為すこと有らんや。若(も)し果たして爾(しか)らば、退之は豈宜しく宰相の己を栄とするを虚受(きょじゅ)して、館下近密の地に冒居し、奉養を食(は)み、掌故(しょうこ)を役使し、紙筆を利して私書を為(つく)り、取りて以って子弟の費に供すべけんや。古の道に志す者は、宜しく是(かく)の若くなるべからず。
某 柳宗元。 十八丈 韓愈の排行、丈は敬称。 侍者 側近の者。 史事 歴史のこと。 劉秀才 秀才は科挙の地方試験に及第し、中央の受験資格を持つ者、劉軻のこと。 具 つぶさに。 書藁 藁は稿に同じ、下書き。 虚受 資格が無いのに受けること。 館下 歴史編纂所。 冒居 居るべきでないところに居ること。 掌故 故実をつかさどる官。
正月二十一日、私宗元謹んで韓退之どののお側の方に申し上げます。先に戴いた手紙に歴史のことが書いてあり、「劉秀才に送った手紙に詳しく書いておいた」とありました。今その手紙の元稿を拝見して甚だおもしろくありません。あなたが以前歴史について言われたことと大変くいちがっているからであります。
あなたの本心が手紙の言葉どおりであるならば、あなたは一日でも史館に居るべきではありません。どうして「宰相の意向を推量して、史官に任命してこの私に栄誉を与えてくれた」などと考えることがありましょうか。もしそうとすれば、あなたはどうして宰相に過分の栄誉を与えられ、それを資格もないのに受けて、史館という政治の中枢に接した地位に割り込み、俸給を受け、故実を掌る下役を使い、紙筆を使って個人的な書物をつくり、それをもって子弟の養育に供す。などあってよいのでしょうか。古の道を守ろうと志す者がこんなことであってはならないと思うのです。
正月二十一日、某頓首。十八丈退之侍者。前獲書言史事、云具與劉秀才書。及今乃見書藁、私心甚不喜。與退之往年言史事甚大謬。若書中言退之不宜一日在下。安有探宰相意、以爲苟以史榮一韓退之耶。若果爾、退之豈宜虡受宰相榮己、而冒居下近密地、食奉養、役使掌故、利紙筆爲私書、取以供子弟費。古之志於道者、不宜若是。
韓愈に与えて史官を論ずる書(五ノ一)
正月二十一日、某頓首。十八丈退之の侍者。前(さき)に書を獲(え)たるに史事を言い、劉秀才に与うる書に具(ぐ)すと云えり。今乃ち書藁を見るに及んで、私心甚だ喜ばず。退之の往年史事を言えると甚だ大いに謬(あやま)れり。書中の言の若(ごと)くんば退之は宜しく一日も館下に在るべからず。安(いずく)んぞ宰相の意を探りて、以って苟(いやし)くも史を以って一の韓退之を栄とすると為すこと有らんや。若(も)し果たして爾(しか)らば、退之は豈宜しく宰相の己を栄とするを虚受(きょじゅ)して、館下近密の地に冒居し、奉養を食(は)み、掌故(しょうこ)を役使し、紙筆を利して私書を為(つく)り、取りて以って子弟の費に供すべけんや。古の道に志す者は、宜しく是(かく)の若くなるべからず。
某 柳宗元。 十八丈 韓愈の排行、丈は敬称。 侍者 側近の者。 史事 歴史のこと。 劉秀才 秀才は科挙の地方試験に及第し、中央の受験資格を持つ者、劉軻のこと。 具 つぶさに。 書藁 藁は稿に同じ、下書き。 虚受 資格が無いのに受けること。 館下 歴史編纂所。 冒居 居るべきでないところに居ること。 掌故 故実をつかさどる官。
正月二十一日、私宗元謹んで韓退之どののお側の方に申し上げます。先に戴いた手紙に歴史のことが書いてあり、「劉秀才に送った手紙に詳しく書いておいた」とありました。今その手紙の元稿を拝見して甚だおもしろくありません。あなたが以前歴史について言われたことと大変くいちがっているからであります。
あなたの本心が手紙の言葉どおりであるならば、あなたは一日でも史館に居るべきではありません。どうして「宰相の意向を推量して、史官に任命してこの私に栄誉を与えてくれた」などと考えることがありましょうか。もしそうとすれば、あなたはどうして宰相に過分の栄誉を与えられ、それを資格もないのに受けて、史館という政治の中枢に接した地位に割り込み、俸給を受け、故実を掌る下役を使い、紙筆を使って個人的な書物をつくり、それをもって子弟の養育に供す。などあってよいのでしょうか。古の道を守ろうと志す者がこんなことであってはならないと思うのです。