今天子躬親庶政、化理明、雖爲無事、然自千里詔執事而拜是官者、豈不欲聞正議而樂讜言乎。今未聞有所言説使天下知朝廷有正士、而彰吾君有納諫之明也。夫布衣韋帶之士、窮居草茅、坐誦書史、常恨不見用。及用也又曰、彼非我職、不敢言。或曰、我位猶卑、不得言。得言矣、又曰、我有待。是終無一人言也。可不惜哉。伏惟、執事思天子所以見用之意、懼君子百世之譏、一陳昌言、以塞重望、且解洛之士大夫之惑、則幸甚幸甚。
范司諫学士に上る書 (四ノ四)
今、天子躬(みずか)ら庶政(しょせい)を親しくし、化理(かり)清明にして無事と為すと雖も、然れども千里より執事に詔(みことのり)して、是の官に拝せしものは、豈正議を聞きて讜言(とうげん)を楽しむを欲せざらんや。今、未だ言説する所有り、天下をして朝廷に正士有るを知らしめて、吾が君の諫を納(い)るるの明(めい)有るを彰(あきら)かにせしを聞かざるなり。
夫れ布衣韋帯(ふいいたい)の士、草茅(そうぼう)に窮居(きゅうきょ)し、坐して書史を誦し、常に用いられざるを恨む。用いらるるに及んでや、また曰く「彼は我が職に非ず、敢て言わず」と。或いは曰く「我が位猶お卑(ひく)し、言うを得ず」と。言うを得たるにまた曰く「我待つこと有り」と。是終(つい)に一人の言う無きなり。惜しまざるべけんや。
伏して惟(おも)んみるに、執事、天子の用いられし所以(ゆえん)の意を思い、君子百世の譏(そし)りを懼れ、一たび昌言(しょうげん)を陳(の)べ、以って重望を塞(みた)し、且つ洛の士大夫の惑いを解かば、則ち幸甚なり幸甚なり。
庶政 諸政、多方面の政務。 化理 教化して治める。 正議 道理に適った議論。 讜言 直言。 布衣韋帯 絹以外の衣となめし皮の帯、無位無官の知識人。 百世の譏り 諫官の失態はその責めを君子から受け、百代まで記録に残る。 昌言 道理に適った言葉。
今の世は天子自ら政務全般をみておられます。その徳に感化されまして政治は清く明らかで天下事無きと雖も、詔勅によってあなたさまを千里の彼方から召し出してこの官職に任命されたのは、天子が正しい議論と、直言を聴く楽しみを望んでおられるのではございませんか、ところがこれまであなたさまが何か発言されて「なるほど朝廷には正義を主張する人物が居り、その主張を採り上げる賢明な天子がおられる」と天下に知らしめたという話が聞こえてまいりません。
そもそも無位無官の士は、あばら家に貧窮の暮らしを強いられ書物を読みながら、任用されないのを恨んでいるものです。それが一たび任用されますと、こう言います「それは私の職務ではありませんので何も申しません」と。或いは「私は身分が低いので言うことができません」と言ったり、発言できる地位に就くと「時期を待っいるのだ」と言います。これでは一人として発言する者が居ないことになります。まことに惜しむべき事です。
あえて申し上げます。あなたさまが天子の任用された意図に思いを馳せ、君子が百世に残す諫官への非難を懼れ、一たび立派な直言を述べて、大きな期待に応え、さらに洛陽の士大夫たちの疑いを解いて下されば、まことにありがたいことでございます。