寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

十八史略拾い読み  風蕭蕭兮易水寒

2009-04-15 09:11:13 | Weblog
風蕭蕭兮易水寒
丹奔往、伏哭。乃以函盛其首。又嘗求天下之利匕首、以藥焠之、以試人、血如縷立死。乃装遣軻。行至易水、歌曰、風蕭蕭兮易水寒。壯士一去兮不復還。于時白虹貫日。燕人畏之。

丹奔り往き、伏して哭す。すなわち函を以て其の首を盛る。又嘗て天下の利匕首(ひしゅ)を求め、薬を以て之を焠(さい)し、以て人に試みるに、血、縷の如くにして立(たちどこ)ろに死す。乃ち軻を装遣す。行(ゆ)いて易水に至り、歌って曰く、風蕭蕭として易水寒し。壮士一たび去って復還らず、と。時に白虹日を貫く。燕人之を畏る。  続く

利匕首 切れ味の鋭いあいくち  縷の如くにして 細い糸ほどの傷口なのに  焠 塗りつける、焼き入れる

このとき紀元前227年、900年ほど経った初唐の詩人駱賓王はこの詩を残している。
 易水送別           駱賓王
此地別燕丹   此の地燕の丹に別る
壮士髪衝冠   壮士髪冠(かんむり)を衝(つ)く
昔時人已没   昔時(せきじ)の人已(すで)に没し
今日水猶寒   今日水猶お寒し

十八史略拾い読み  樊於期自刎す

2009-04-14 14:42:11 | Weblog
 燕の太子丹
惠王後、有武成王・孝王、至王喜。喜太子丹質於秦。秦王政不禮焉。怒而亡歸。怨秦欲報之。秦將軍樊於期、得罪亡之燕。丹受而舎之。丹聞衞人荊軻賢、卑辭厚禮請之。奉養無不至。欲遣軻。軻請得樊將軍首及燕督亢地圖以獻秦。丹不忍殺於期。軻自以意諷之曰、願得將軍之首、以獻秦王。必喜而見臣。臣左手把其袖、右手揕其胸、則將軍之仇報、而燕恥雪矣。於期遂慨然自刎。

喜の太子丹、秦に質(ち)たり。秦王政、礼せず。怒って亡(に)げ帰る。秦を怨んで之に報いんと欲す。秦の将軍樊於期(はんおき)罪を得、亡げて燕に之く。丹受けて之を舎(しゃ)す。
丹、衛人荊軻の賢を聞き、辞を卑(ひく)うし、礼を厚うして之を請う。奉養至らざる無し。軻を遣わさんと欲す。軻、樊將軍の首及び燕の督亢の地図を得て以て秦に献ぜんと請う。
丹、於期を殺すに忍びず。軻自ら意を以て之を諷して曰く、願わくは将軍の首を得て、以て秦王に献ぜん。必ず喜んで臣を見ん。臣、左手に其の袖を把り、右手に其の胸を揕(さ)さば、則ち将軍の仇報いられて、燕の恥雪(すす)がれん、と。於期、遂に慨然と自刎(じふん)す。

質 ひとじち  舎す かくまう  樊將軍の首 秦は懸賞金をかけて求めていた。 督亢の地図 燕で一番肥沃の土地  諷して 喩して  揕す 突き刺す  将軍の仇 樊於期が出奔する際、父母一族捕えられて殺された  慨然 いきどおりなげく、と気力を奮い起こすさまと広辞苑にある  自刎 自ら首をはねる。

十八史略拾い読み 樂毅趙に走る 

2009-04-13 18:28:08 | Weblog
於是士爭趨燕。樂毅自魏往。以爲以て亞卿任國政。已而使毅伐齊。入臨淄。齊王出走。毅乗勝、六月之、下齊七十餘城。惟莒・即墨不下。昭王卒、惠王立。惠王爲太子、已不快於毅。田單乃縱反曰、毅與新王有隙、不敢歸。以伐齊爲名。齊人惟恐他將來、即墨殘矣。惠王果疑毅、乃使騎劫代將、而召毅。毅奔趙。田單遂得破燕、而復齊城。

是に於いて士争って燕に趨(おもむ)く。樂毅は魏より往く。以て亜卿と為し、国政を任ず。已(すで)にして毅をして齊を伐たしむ。臨淄に入る。齊王出で走る。毅、勝ちに乗じ、六月(りくげつ)の間に、齊の七十余城を下す。惟莒と即墨とのみ下らず。昭王卒し、恵王立つ。恵王、太子たりしとき、已に毅に快(こころよ)からず。田単、乃(すなわ)ち反間を縦(はな)って曰く、毅、新王と隙(げき)有り、敢えて帰らず。齊を伐つを以て名と為す。齊人惟他将の来って、即墨の残せられんことを恐る、と。恵王果して毅を疑い、乃ち騎劫(きごう)をして代って将たらしめ、而して毅を召す。毅、趙に奔(はし)る。田単遂に燕を破って、斉の城を復するを得たり。

反間 スパイ  隙 仲違い  名と為す 口実にする  残 損なう、滅ぼす  

十八史略拾い読み 先づ隗より始めよ

2009-04-10 09:04:40 | Weblog
 NHKBS103で朝7:25 新漢詩記行を見ています。今朝は科挙の詩を二編、石川忠久先生の解説つきでした。昨日は蘇軾の春夜でしたが結句最後はちんちんと読んでいました。沈をしんと読むのは人名に限られると思っていました、例えば沈約、沈徳潜、沈佺期など。そんなわけで私個人が吟ずる時は、ちんちんと読むようにしていました。これからも頑なに貫いていく積りです。では本題に戻ります

隗曰、古之君、有以千金使涓人求千里馬者。買死馬骨五百金返。君怒。涓人曰、死馬且買之。況生者乎。馬今至矣。不期年、千里馬至者三。今、王必欲致士、先從隗始。況賢於隗者、豈遠千里哉。於是昭王爲隗改築宮、師事之。

隗曰く、古の君、千金を以て涓人(けんじん)をして千里の馬を求めしめし者有り。死馬の骨を五百金に買いて返る。君怒る。涓人曰く、死馬すら且つ之を買う。況(いわ)んや生ける者をや。馬今に至らん、と。期年ならずして、千里の馬至る者三という。今、王必ず士を致さんと欲せば、先ず隗より始めよ。況んや隗より賢なる者、豈千里を遠しとせんや。是に於いて昭王、隗の為に改めて宮を築き、之に師事す。

涓人 宮中の掃除や雑用をする小役人  期年 まる一年

十八史略拾い読み  燕の昭王賢者を求む

2009-04-09 15:57:08 | Weblog
 燕の昭王賢者を求む。
燕姫姓、召公奭之所封也。三十餘世、至文公、嘗納蘇秦之説、約六國爲從。文公卒、易王噲立。十年、以國譲其相子之、南面行王事、而噲老不聽政、顧爲臣。國大亂。齊伐燕取之、醢子之而殺噲。燕人立太子平爲君。是爲昭王。弔死問生、卑辭厚幣、以招賢者。問郭隗曰、齊因孤之國亂而襲破燕。孤極知燕小不足以報。誠得賢士、與共國、以雪先王之恥、孤之願也。先生視可者。得身事之。

燕は姫姓、召公奭(せき)の封ぜられし所なり。三十余世にして文公に至って、嘗て蘇秦の説を納(い)れ六国に約して従(しょう)を為す。文公卒し、易王噲(いおうかい)立つ。十年にして、国を以て其の相、子之(しし)に譲り、南面して王事を行わしめ、而して噲は老してまつりごとを聴かず、顧(かえ)って臣と為る。国大いに乱る。齊、燕を伐って之を取り、子之を醢(かい)にし、噲を殺す。燕人、太子平を立てて君と為す。是を昭王と為す。死を弔い生を問い、辞を卑(ひく)うし幣を厚うし、以て賢者を招く。郭隗(かくかい)に問うて曰く、齊、孤の国の乱るるに因(よ)って襲うて燕を破る。孤、極めて燕の小にして以て報ゆるに足らざるを知る。誠に賢士を得て、国を與に共にし、以て先王の恥を雪(すす)がんこと、孤の願いなり。先生、可なる者を視(しめ)せ。身、之に事(つか)うるを得ん、と。

從 合従  南面 君は南面し、臣は北面する。宰相の子之が易王噲に代わって政を行った。 醢 しおから、塩づけにすること。 幣を厚うし 礼物を手厚くする。 弧 自身の謙称  與共國 ともに国を共にし?  雪 雪辱