鈷潭在西山西。其始蓋冉水自南奔注、抵山石、屈折東流。其顚委勢峻、盪撃暴、齧其涯。故旁廣而中深、畢至石乃止。流沫成輪、然後徐行。其而平者、且十畝餘。有樹環焉、有泉懸焉。
其上有居者。以予之亟游也、一旦款門來告曰、不勝官租私券之委積。既芟山而更居。願以潭上田貿財以緩禍。予樂而如其言。則崇其臺、延其檻、行其泉於高者、而墜之潭。有聲潨然。尤與中秋患觀月爲宜。於以見天之高氣之逈。孰使予樂居夷而忘故土者。非茲潭也歟。
(二)鈷潭の記
鈷潭(こぼたん)は西山の西に在り。その始めは蓋(けだ)し冉水(ぜんすい)の南より奔注(ほんちゅう)し、山石に抵(あた)りて、屈折東流するならん。その顚委(てんい)勢い峻(はげ)しく、盪撃(とうげき)益々暴にして、その涯(きし)を齧(か)む。故に旁(かたわら)広くして中深く、畢(ことごと)く石に至りて乃ち止む。流沫輪を成して、然る後に徐行す。その清くして平らかなるもの、且(まさ)に十畝(じっぽ)余りならんとす。樹有りて環(めぐ)り、泉有って懸れり。
その上(ほとり)に居る者有り。予の亟(しばしば) 游ぶを以って一旦門を款(たた)いて来り告げて曰く「官租私券(しけん)の委積(いせき)に勝えず。既に山を芟(か)って居を更(あらた)む。潭上の田を以って財に易(か)え、以って禍(か)を緩(ゆる)うせんことを願う」と。予楽しんでその言の如くす。則ちその台を崇(たか)くし、その檻(かん)を延(ひ)き、その泉を高きところに行(や)りて、これを潭に墜(おと)す。声有り潨然(そうぜん)たり。尤も中秋に月を観る与(ため)に宜しと為す。於(ここ)に以って天の高く気の逈(はる)かなるを見る。孰(たれ)か予をして夷(い)に居るを楽しんで故土(こど)を忘れしむるものぞ。茲(こ)の潭に非ずや。
鈷潭 湖南省零陵県にある、鈷は火熨斗。 奔注 勢いよく注ぎ入る。 顚委 顛は高い所、委は水の集まるところ。 盪撃 激しくぶつかる。 十畝 六尺四方を一歩とし、240歩を一畝とする、日本の畝(せ)と別。 官租 官に納める税。 私券 借用書。 委積 積み重なる。 芟 刈る。 檻 手すり。 潨然 潨は水の流れる音、さらさら。 逈 遥か。
鈷潭は西山の西に在る。水源はおそらく冉水が南から勢いよく流れ入って岩にぶつかり、折れ曲がって東に流れてきたものであろう。その上流の水が集まって勢いよく石にぶつかって岸を噛む。川は片方が広くなり中ほどが深くなっている。急流のすべてが岩に一旦止められ、やがて泡を残してゆっくりと下って行く。その流の澄んで平らかな所は広さが十畝あまり。樹木が周りを取り巻いており、泉に懸っていた。
そのほとりに住んでいる者が居た。私がしばしば訪れていたので、ある日私の家を尋ねて来て言うには「役所の税や借金の証文がたまってどうにもならなくなりました。山を手入れして住まいを移しました。鈷潭の傍の田を金に代えてこの窮状を救ってもらいたい」と。私は喜んで申し出を受け入れた。それで見晴台を高くして手すりを延ばし、泉水を高い所まで引き入れて鈷潭に落し入れた。水音がさらさらと流れ、中秋の月を愛でるにふさわしいと思う。ここで天高く秋の空気の遥かに広がっているのを眺める。私がこの辺地の游を楽しみ故郷を忘れさせるのは何か、この潭に他ならない。
其上有居者。以予之亟游也、一旦款門來告曰、不勝官租私券之委積。既芟山而更居。願以潭上田貿財以緩禍。予樂而如其言。則崇其臺、延其檻、行其泉於高者、而墜之潭。有聲潨然。尤與中秋患觀月爲宜。於以見天之高氣之逈。孰使予樂居夷而忘故土者。非茲潭也歟。
(二)鈷潭の記
鈷潭(こぼたん)は西山の西に在り。その始めは蓋(けだ)し冉水(ぜんすい)の南より奔注(ほんちゅう)し、山石に抵(あた)りて、屈折東流するならん。その顚委(てんい)勢い峻(はげ)しく、盪撃(とうげき)益々暴にして、その涯(きし)を齧(か)む。故に旁(かたわら)広くして中深く、畢(ことごと)く石に至りて乃ち止む。流沫輪を成して、然る後に徐行す。その清くして平らかなるもの、且(まさ)に十畝(じっぽ)余りならんとす。樹有りて環(めぐ)り、泉有って懸れり。
その上(ほとり)に居る者有り。予の亟(しばしば) 游ぶを以って一旦門を款(たた)いて来り告げて曰く「官租私券(しけん)の委積(いせき)に勝えず。既に山を芟(か)って居を更(あらた)む。潭上の田を以って財に易(か)え、以って禍(か)を緩(ゆる)うせんことを願う」と。予楽しんでその言の如くす。則ちその台を崇(たか)くし、その檻(かん)を延(ひ)き、その泉を高きところに行(や)りて、これを潭に墜(おと)す。声有り潨然(そうぜん)たり。尤も中秋に月を観る与(ため)に宜しと為す。於(ここ)に以って天の高く気の逈(はる)かなるを見る。孰(たれ)か予をして夷(い)に居るを楽しんで故土(こど)を忘れしむるものぞ。茲(こ)の潭に非ずや。
鈷潭 湖南省零陵県にある、鈷は火熨斗。 奔注 勢いよく注ぎ入る。 顚委 顛は高い所、委は水の集まるところ。 盪撃 激しくぶつかる。 十畝 六尺四方を一歩とし、240歩を一畝とする、日本の畝(せ)と別。 官租 官に納める税。 私券 借用書。 委積 積み重なる。 芟 刈る。 檻 手すり。 潨然 潨は水の流れる音、さらさら。 逈 遥か。
鈷潭は西山の西に在る。水源はおそらく冉水が南から勢いよく流れ入って岩にぶつかり、折れ曲がって東に流れてきたものであろう。その上流の水が集まって勢いよく石にぶつかって岸を噛む。川は片方が広くなり中ほどが深くなっている。急流のすべてが岩に一旦止められ、やがて泡を残してゆっくりと下って行く。その流の澄んで平らかな所は広さが十畝あまり。樹木が周りを取り巻いており、泉に懸っていた。
そのほとりに住んでいる者が居た。私がしばしば訪れていたので、ある日私の家を尋ねて来て言うには「役所の税や借金の証文がたまってどうにもならなくなりました。山を手入れして住まいを移しました。鈷潭の傍の田を金に代えてこの窮状を救ってもらいたい」と。私は喜んで申し出を受け入れた。それで見晴台を高くして手すりを延ばし、泉水を高い所まで引き入れて鈷潭に落し入れた。水音がさらさらと流れ、中秋の月を愛でるにふさわしいと思う。ここで天高く秋の空気の遥かに広がっているのを眺める。私がこの辺地の游を楽しみ故郷を忘れさせるのは何か、この潭に他ならない。