過日静嘉堂に行った折、新納忠元の太刀を見たが、鬼武蔵と異名をとるほど剛勇
で尚且つ和歌、漢詩を嗜んだ人で薩摩島津家の庶流の武将と解った。にいろただもとと読む。時代は下がるが、さむらいニッポンで しんのう鶴千代苦笑い と歌っていたが、歌い手が間違えたと伝えられている。 その新納忠元の詩を図書館で見つけて来た。
述 懐
今朝二十七春風
吹いて旧叢に入って花復紅なり
豈三分割拠の略なからんや
英雄顧みず草盧の中
諸葛孔明になぞらえて自身の策を用いられず訪ねてくる英雄もいないと嘆く、脾肉の嘆である。二十七歳の作。ちなみに劉備元徳が諸葛孔明の草盧を訪れたのも、孔明二十七歳の時のこと。
で尚且つ和歌、漢詩を嗜んだ人で薩摩島津家の庶流の武将と解った。にいろただもとと読む。時代は下がるが、さむらいニッポンで しんのう鶴千代苦笑い と歌っていたが、歌い手が間違えたと伝えられている。 その新納忠元の詩を図書館で見つけて来た。
述 懐
今朝二十七春風
吹いて旧叢に入って花復紅なり
豈三分割拠の略なからんや
英雄顧みず草盧の中
諸葛孔明になぞらえて自身の策を用いられず訪ねてくる英雄もいないと嘆く、脾肉の嘆である。二十七歳の作。ちなみに劉備元徳が諸葛孔明の草盧を訪れたのも、孔明二十七歳の時のこと。