封建論
天地果無初乎。吾不得而知之也。生人果有初乎。吾不得而知之也。然則孰爲近。曰、有初爲近。孰明之。由封建而明之也。彼封建者、更古聖王堯舜禹湯文武、而莫能去之。蓋非不欲去之也。勢不可也。勢之來、其生人之初乎。不初無以有封建非聖人意也。
彼其初、與萬物皆生。草木榛榛、鹿豕狉狉。人不能搏噬、而且無毛羽。莫克自奉自衞。荀卿有言、必將假物以爲用者也。夫假物者必爭。爭而不已、必就其能斷曲直者而聽命焉。其智而明者、所伏必衆。告之以直而不改、必痛之而後畏。由是君長刑政生焉。
天地果して初め無きか。吾得てこれを知らざるなり。生人果して初め有るか。吾得てこてを知らざるなり。然らば則ち孰(いずれ)か近しと為す。曰く、初め有るを近しと為すと。孰かこれを明らかにする。封建に由(よ)ってこれを明らかにするなり。
彼(か)の封建なるものは、古(いにしえ)の聖王、堯・舜・禹・湯・文・武を更(へ)て、能くこれを去る莫(な)し。蓋(けだ)しこれを去るを欲せざるに非ざるなり。勢い不可なればなり。勢いの来る、それ生人の初めか。初めあらずんば以って封建有る無し。封建は聖人の意に非ざるなり。
彼その初め、万物と皆生ず。草木榛榛(しんしん)たり、鹿豕(ろくし)狉狉(ひひ)たり。人は搏噬(はくぜい)する能わずして、且つ毛羽(もうう)無し。克(よ)く自ら奉じ自ら衛(まも)る莫(な)し。荀卿(じゅんけい)言える有り、必ず将に物を仮(か)りて以って用を為さんとするものなりと。
夫(そ)れ物を仮る者は必ず争う。争うて已(や)まずんば、必ずその能く曲直を断ずる者に就いて命を聴く。その智にして明なる者は、伏する所必ず衆(おお)し。これに告ぐるに直を以ってして改めずんば、必ずこれを痛めて後に畏れしむ。是に由りて君長刑政生ず。
封建 封土を分けて諸侯を建てること。 生人 人類。 勢い 成り行き。 榛榛 乱れ茂るさま。 鹿豕 鹿や猪。 狉狉 群がり走るさま。 搏噬 組み合い噛みあう。 荀卿 荀子。 仮 借りる。 君長 指導者、おさ。 刑政 刑罰と政治。
天地は果して初めが無かったのか。私はそれを知り得ない。人類は果して初めがあったのか。私はそれも知り得ない。それでは初めの有る無しどちらが真実に近いといえるか。私は初めが有る方を真実に近いと考える。ではそれをどう証明するか。封建の制度によって証明するのである。
かの封建制度なるものは、太古の聖天子堯・舜・禹・湯王・文王・武王を通じて廃止することなく続いた。これはまさしく、廃止したくなかったのではなく、成り行き上できなかったのである。その成り行きの起こったのは人類の初めではなかったか。初めがなかったら封建もある訳がない。封建は聖人の考えに拠るものではなかったのである。
人はその初め万物と一緒に生きてきた。草木は乱れ茂り、鹿や猪は群れ走っていた。人は動物と格闘したり噛み付いたりできず、身を守る毛や羽も無いからわが身を守ることができない。荀子が言うように、人はまさに他のものを借りて自分に役立てながら生きてきたのである。
他のものを借りて自分に役立ててきた者は必ず他人と争うことになる。争って止まないときは、必ず良い悪いを判断できる人の命に従う。その人に智恵があり見識がある人であれば、従う者が必ず多くなる。当事者に正しい判断を下して、それでも改めない者には必ずこの者を罰して畏れ従うようにさせるのである。こうして統領が生まれ、刑罰・法律が生まれたのである。
天地果無初乎。吾不得而知之也。生人果有初乎。吾不得而知之也。然則孰爲近。曰、有初爲近。孰明之。由封建而明之也。彼封建者、更古聖王堯舜禹湯文武、而莫能去之。蓋非不欲去之也。勢不可也。勢之來、其生人之初乎。不初無以有封建非聖人意也。
彼其初、與萬物皆生。草木榛榛、鹿豕狉狉。人不能搏噬、而且無毛羽。莫克自奉自衞。荀卿有言、必將假物以爲用者也。夫假物者必爭。爭而不已、必就其能斷曲直者而聽命焉。其智而明者、所伏必衆。告之以直而不改、必痛之而後畏。由是君長刑政生焉。
天地果して初め無きか。吾得てこれを知らざるなり。生人果して初め有るか。吾得てこてを知らざるなり。然らば則ち孰(いずれ)か近しと為す。曰く、初め有るを近しと為すと。孰かこれを明らかにする。封建に由(よ)ってこれを明らかにするなり。
彼(か)の封建なるものは、古(いにしえ)の聖王、堯・舜・禹・湯・文・武を更(へ)て、能くこれを去る莫(な)し。蓋(けだ)しこれを去るを欲せざるに非ざるなり。勢い不可なればなり。勢いの来る、それ生人の初めか。初めあらずんば以って封建有る無し。封建は聖人の意に非ざるなり。
彼その初め、万物と皆生ず。草木榛榛(しんしん)たり、鹿豕(ろくし)狉狉(ひひ)たり。人は搏噬(はくぜい)する能わずして、且つ毛羽(もうう)無し。克(よ)く自ら奉じ自ら衛(まも)る莫(な)し。荀卿(じゅんけい)言える有り、必ず将に物を仮(か)りて以って用を為さんとするものなりと。
夫(そ)れ物を仮る者は必ず争う。争うて已(や)まずんば、必ずその能く曲直を断ずる者に就いて命を聴く。その智にして明なる者は、伏する所必ず衆(おお)し。これに告ぐるに直を以ってして改めずんば、必ずこれを痛めて後に畏れしむ。是に由りて君長刑政生ず。
封建 封土を分けて諸侯を建てること。 生人 人類。 勢い 成り行き。 榛榛 乱れ茂るさま。 鹿豕 鹿や猪。 狉狉 群がり走るさま。 搏噬 組み合い噛みあう。 荀卿 荀子。 仮 借りる。 君長 指導者、おさ。 刑政 刑罰と政治。
天地は果して初めが無かったのか。私はそれを知り得ない。人類は果して初めがあったのか。私はそれも知り得ない。それでは初めの有る無しどちらが真実に近いといえるか。私は初めが有る方を真実に近いと考える。ではそれをどう証明するか。封建の制度によって証明するのである。
かの封建制度なるものは、太古の聖天子堯・舜・禹・湯王・文王・武王を通じて廃止することなく続いた。これはまさしく、廃止したくなかったのではなく、成り行き上できなかったのである。その成り行きの起こったのは人類の初めではなかったか。初めがなかったら封建もある訳がない。封建は聖人の考えに拠るものではなかったのである。
人はその初め万物と一緒に生きてきた。草木は乱れ茂り、鹿や猪は群れ走っていた。人は動物と格闘したり噛み付いたりできず、身を守る毛や羽も無いからわが身を守ることができない。荀子が言うように、人はまさに他のものを借りて自分に役立てながら生きてきたのである。
他のものを借りて自分に役立ててきた者は必ず他人と争うことになる。争って止まないときは、必ず良い悪いを判断できる人の命に従う。その人に智恵があり見識がある人であれば、従う者が必ず多くなる。当事者に正しい判断を下して、それでも改めない者には必ずこの者を罰して畏れ従うようにさせるのである。こうして統領が生まれ、刑罰・法律が生まれたのである。