常識について思うこと

考えていることを書き連ねたブログ

「関係図」可視化の重要性

2010年01月05日 | 産業

インターネットは、全員参加型のメディアです。したがって、インターネット上に出回る著作物は、多くの人々によって手が加えられながら、次々と無数に作られていくと考えておかなければならないでしょう。つまり、著作物の際限なき複次利用によって、さらに別の著作物が出来上がってくるという無限の連鎖があるということです。インターネットにおける著作物の扱いについては、よくコピーの問題が取り上げられますが、私は、むしろこの著作物の複次利用の問題の方が、「参加型」というインターネットの性質上、重きを置いて考えなければいけない問題なのではないかと思っています。

従来のメディアにおける著作物は、きちんと完成されたかたちで流通しており、そのなかでの著作権の権利関係は、それぞれの貢献度に応じて、予め取り決めがなされています。契約形態には、いろいろなかたちがあるでしょうから、一概には言えませんが、基本的に、何らかの売上が上がれば、予め定めておいた取り決めにしたがって、各著作権者に収入が入るというかたちになります。ただし、この取り決めは、あくまでも業界の中で定められているものであり、一般のユーザーが意識することは、まずありません。つまり、そうした「権利関係図」、あるいは「貢献関係図」が、一般の人々からはブラックボックスになっているわけです。

しかし、インターネットが参加型メディアである以上、この「関係図」に一般のユーザーが参加できるような仕組みになっていない限り、著作物の際限なき複次利用には対応できないことになります。これは、著作物の「関係図」が、現在のようなブラックボックスのようなかたちではなく、きちんと可視化させた上で、誰もが自由に入り込める仕組みになっている必要があることを意味しています。

このことは、実力ある創作者にとって、大いに歓迎すべきことになるでしょう。つまり、「関係図」が可視化されれば、実力ある創作者であればあるほど、その中でいかに自分が貢献しているかが目に見えるかたちとして表れるわけです。当然、実力ある創作者たちのモチベーションは、上がってくることになるはずです。

一方で、既存のメディアの仕組みの中で、実力以上の評価を得ていたり、創作活動そのものに大した貢献をせず、ただ仕組みに乗っかっているだけのような人々には、大変迷惑な話となります。「関係図」の可視化は、それらの人々が不当に甘い汁を吸っていることを白日の下に晒すわけです。これは、とてもよろしくないことでしょう。

私個人としては、インターネットで流通する著作物の「関係図」の可視化は、間違いなく時代の要求であろうと考えています。そして私自身、その仕組みの構築を積極的に進めていこうと思っています。ちなみに、この「関係図」の構築には、従来型のRDBでは対応できないことが予想されるため、新しい概念を取り入れたDB技術を取り込む予定でいます。こうした可視化された「関係図」が存在する仕組みの中で、創作者たちは、どんなかたちであれ、その著作物を作り上げるにあたって、堂々と「貢献している」と言えるだけの仕事をすることがポイントです。

インターネットやコンピューターは、著作物の強力な流通ツールです。このことは、これまでの流通の仕組み自体が、大幅に価値を失っていく(ゼロになるわけではない)ことを意味しています。創作活動にろくな貢献をせず、ただ流通の仕組みに乗ってばかりで甘い汁を吸おうとする人々は、自ずと滅んでいかざるを得ないでしょう。そして私は、こうしたことを通じて、インターネットやコンピューターといった分野における技術革新が、いよいよ本格的な生産性の向上と結びつき、世界の経済全体を押し上げる活力になっていくのではないかと考えます。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コミケとディズニーランド | トップ | 地方分権への道標を目指す »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

産業」カテゴリの最新記事