満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

あがた森魚  『コンサート 永遠の遠国at 渋谷ジャンジャン』 

2007-12-11 | 新規投稿
 
「赤色エレジー」を幾分、クールに歌うあがた森魚をテレビで見つけたのは去年だった。以前の‘震えるような泣き節’を緩和させたような歌い方は、原曲の情念を残しながらも、湿っぽさをせき止めるような意識を感じさせ、イメージの一元化を許さない多彩さを併せ持っていたように思う。‘垢抜けた’とは言わないが、古典を客観視するような醒めた感覚が新鮮であった。

ヴァージンVS(81~87)はあがた森魚の<泣歌の時代>の終わりを意味していたのか。そうじゃないと思うのはヴァージンVSの原型と言える『乗物図鑑』(79)の中に収められた一曲「黄昏ワルツ」の強烈な叙情パワーの衝撃による実感だった。当時、<情の世界>を排し、<プラスティック>なる精神を説いた阿木譲=「ロックマガジン」誌のレーベル‘vanity’からリリースされたニューウェーブアルバム『乗物図鑑』においても、あがた森魚は叙情を封印せず、全開の泣き節をたった一曲に籠めた。当時、確かプロデューサー阿木譲は「方向性に行き詰まり悩んでいたあがた森魚に対して道を示した」と語っていたと記憶するが、あがた森魚当人は『乗物図鑑』以降、叙情を脱したのではなく、クールネスとのバランスを獲得していったのだろう。「黄昏ワルツ」はあがた森魚の譲られない意地だったであろうか。
「方向性に行き詰まり悩んでいた」のは77年から着手した大作『永遠の遠国』制作の資金難にも絡んでの苦悩だったようだが、その自主制作3枚組LPの完成が8年後の85年。私はこの渾身の力作を2000年のCDリイシューで初めて聴き、感動した。そこにはあらゆる物語が万華鏡のように展開され、もはや叙情、泣き節がSFと共存するような自然界的音楽の境地のように思えた。しかもスピードとリズムがある。『永遠の遠国』が『乗物図鑑』やヴァージンVSを挟んで長期に渡る制作になったのは、あがた森魚の終わりのないイマジネーションの拡散が作品の早期完結を不可能にしていたと見るべきではなかろうか。故にそこには『乗物図鑑』のプラスティック、ニューウェーブ感覚も「赤色エレジー」の日本浪漫、叙情も隔たりなく同化する全方位感覚とバランスがあった。

『永遠の遠国』を聴いて私はあがた森魚を順番に聴き始めた。
感じる事はこの人の終始一貫したバランス感覚だ。
フォークからニューウェーブ、後のワールドミュージックへの接近という表面上の変化、流れは一見、時流を後追いする姿にも映るが、肝心なのはその立ち位置が微妙にズレている事だろう。時流に合わせるのではなく、意識的にズレながら進行し、常にオリジナルを確立する。その時々に創作したものが、同時代性を越えたものになっているのは全く素晴らしい事だと感じる。フォークと括られた「赤色エレジー」や『ああ無情』(74)の脱ジャンル性、歌の普遍性は疑う余地なきものだし、チープニューウェーブらしからぬヴァージンVSの宇宙感覚も80年代当時、正しく評価されていたとは思えない。少なくとも私には当時、全く理解できず、正直、嫌いだった。(「ロックマガジン」誌の付録ソノシートで聴いた「恋のラジオシティ」も「しょうもな」と一蹴した事を覚えている)

あがた森魚の歌声の魅力、歌の上手さがその音楽性の重みを保証しているような気がする。
歌のうまさ、ずば抜けた表現力が、あらゆるスタイルを彼の構成力の一端としての客体に位置付け、様式の軽さを排除している。始めにイメージありき、そして物語を構築する。その基本を上手い歌で支え、貫く事で、時流を越える作品を生み出しているのだろう。
私は特に初期のアルバムを愛聴しているが、そのすすり泣きから号泣まで、幅が広い泣き節にはぐいぐい引き込まれてしまう。

『コンサート 永遠の遠国at 渋谷ジャンジャン』は大作『永遠の遠国』制作期間中、78年に行われたライブの発掘音源である。理想郷を静的に並べる作品性が、生身のライブ感覚で一旦、地面まで降ろされる。泥まみれになった歌達が運動し、洗われてゆく。あがた森魚の歌の力は、物語の濃厚さをその歌う行為の重さそのもので越えてしまう。あがた自身の物語こそが聴く者の眼前に現れ、迫り来るようだ。
威厳性を醸し出す歌。それこそ子供のように「びえーん」と泣いてるような歌。そのどれもがとてつもなく美しい。
<遠国>は‘おんごく’ではなく‘えんごく’と読む。理想郷への憧憬、その距離感を強調するものだと思われる。

2007.12.11

  

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  STEVE HILL... | トップ |  JOHN McLAUGHL... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

新規投稿」カテゴリの最新記事