満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

静寂(灰野敬二、ナスノミツル、一楽儀光) 「静寂の果てに」

2015-10-08 | 新規投稿
ロックミュージックによる異空間を歴史的に創造してきた灰野敬二がたどり着いた境地は果たしてアンビエントだったのか。いや、キャッチコピーめいた言い方はやめよう。私は「わたしだけ?」(81)を聴いて灰野ワールドに触れ、当時、ライブを行わない不失者を想像しながらそのパフォーマンスをPain Killer(ジョンゾーン、ビルラズウェル、ミックハリス) の渋谷ラママでのライブ(85年?だったか)にゲスト参加した灰野敬二によって初めて観た時、彼の孤高の爆音を聴いた。ギターレスのPain Killerへの絶妙なマッチ感とは裏腹にどこか覚醒し切った灰野敬二の自分の場所から一ミリも動かず微動だにしない独特の感性を感じ取り、このアーティストの他者へ交わり方、違和感、反り合い、融合、そのバランスの危うさこそが灰野敬二のもう一つの観賞のポイントである事もわかった。つまり灰野敬二がソロやリーダーグループで見せる自身の表現世界の投影と、他者とコンセプトをシェアする共演の際にあらわれる何かしら覗えるぎこちなさや緊張感こそが逆にそれを観る者に味わい深さを与えるのだ。90年代以降、活発化する不失者やソロの活動を幾度と目撃しながら私はいつもラママで観た灰野敬二の孤高の姿を思い出していた。確かあの日、セットが終わった後、アンコールに応えて準備をするジョンゾーンが灰野敬二がいないのに気がつき、「あれ、灰野さん、帰っちゃったかな」と日本語で言っていたことを覚えている。Pain Killerの生き苦しいほどの高音圧の空間の中で、灰野敬二のこれ以上ないボリュームのギターが美しい音響を放っていた事は大変、衝撃的だったのだ。

自身とベースとドラムというトリオ編成は灰野敬二にとってロックの原型を形つくる、そしてそこを離れないという潔さの表れでもあるだろうか。実際、中断状態であった不失者も復活し、サンヘドリンもある。‘静寂’はナスノミツル(b)、一楽儀光(ds)とのトリオだが、今回、「LAST LIVE」と「静寂の果てに」をそれぞれ2枚組の作品としてリリースし、解散した。「LAST LIVE」のアルバムジャケットの内側には一楽儀光による腰痛悪化によるドラマー引退への経緯、そしてドラマーとしての自分を‘静寂’で終わらせる意義を記している。彼の重たくて、シンプルなリズムにナスノミツルのアレンジ自在なベースはどこか自然発生的なリズムセクションというロックの原形質的なものを感触として持っている。すごく大きい空間、自由な余地ある土台が二人によって形成され、そんな広角な空間に灰野敬二は言葉とギター音を鋭角に刻んでゆく。一楽儀光の入魂のドラム。‘最後’を自覚する彼の胸に去来するものは何か。彼が発明したどらビデオの革新はいわゆる即興シーンに風穴を空けるインパクトをもたらし、その楽しさと上昇性がエンターティメント性を持ったが、ドラムセットという原型との往復にこそ彼の安定感があったと思っていた。今、一楽儀光はその一方の刀を置く。

「静寂の果てに」は‘最後’のドラムを終えた一楽儀光によるエレクトロニクスと、灰野敬二、ナスノミツルも同様に音響を発する三者によるアンビエント風な演奏となった。
アルバムジャケットの内側には今度はナスノミツルによる「あなたに」という出だしで始まるリスナーへのメッセージが記される。「(前略)この音楽はあなたが思うままの心象を捕らえると、即座にあなた自身に反射する性質を持つのです(以下、略)」音楽の人と人を繋げる媒体としての有意義性をシンプルに説きながら、その本来の在り方を意識するこの音楽は表面的なアンビエント性とは裏腹に大変、力感に満ちていると言えよう。なるほど、よく聴くと、いわゆるアンビエント的な反復する快楽性ではなく、変形や歪みの強度が所々に顔を出すロック的な場面に立ち会える。

「静寂の果てに」にある空間浮遊性はナスノミツルが近来、トライしている離場有浮(リバーブ)コンセプトとの近似性も感じさせるが、やはりここにも灰野敬二による異空間の創出が発揮されている。空間の陶酔感ならぬロック的なスリリングさが全体のトーンを貫き、芯の太いビートこそを感じる事ができるだろう。かつて読んだインタビューで灰野敬二がクラウスシュルツを批判的に論じ、「発信器だけでやれるものならやってみろと言いたい」という発言をしていた事も同時に思い出した。

真摯なアーティスト、灰野敬二、ナスノミツル、一楽儀光による稀有なグループ‘静寂’は解散し、「LAST LIVE」と「静寂の果てに」という二つのラストアルバムが」残された。それらは聴く者の意識を変容させるような圧倒的な影響力を持つ記録作品となった。

2015.10.08
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