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Sightsong

自縄自縛日記

Book of Three 『Continuum (2012)』

2015-03-11 07:21:34 | アヴァンギャルド・ジャズ

Book of Three 『Continuum (2012)』(Relative Pitch Records、2012年)を聴く。

Taylor Ho Bynum (cor)
John Hebert (b)
Gerald Cleaver (ds)

奇妙な軽さを持った音楽。軽く、軽々とハイテクニックで、軽くロジカル。テイラー・ホー・バイナムも、ジョン・エイベアも、ジェラルド・クリーヴァーも軽々と軽い。

かといってつまらないかと言えばまったくその逆で、これ見よがしに味をまとわなくとも旨い。熱いジャズと比較すれば、劇画と精彩なイラストくらいの違いがある。

とりわけバイナムには魅せられる。アンソニー・ブラクストン門下でいくつか共演盤があったはずだが、まったく聴いていない。乞う推薦。

●参照
ジョン・エスクリート『Sound, Space and Structures』(エイベア参加)
イングリッド・ラブロック(Anti-House)『Strong Place』(エイベア参加)
ジェレミー・ペルト『Men of Honor』(クリーヴァー参加)


エド・シュラー『The Force』

2015-03-10 07:10:59 | アヴァンギャルド・ジャズ

エド・シュラー『The Force』(TUTU、1994年)を聴く。

Dewey Redman (ts)
Ed Schuller (b)
Jim Black (ds, perc)
Gary Valente (tb)
Oscar Noriega (as)
Andrew D'Angelo (bcl)

今頃聴いているのは安いアウトレット盤を見つけたからだが、そうでなくても、大好きなデューイ・レッドマンが主役とあれば逃すわけにはいかない。

もっとも、もはやレッドマンは丸くなっていて、突出した異物感はない。エッジが丸く、にじみ出るような味がある独特のテナーを聴くことができるのだから良しとする。シュラーの中音域ベースが主役かと思いきや、レッドマンの独壇場に近い。

当時若手であったに違いないサイドメン。ただ、オスカー・ノリエガはレッドマンの前で目立たないし、アンドリュー・ディアンジェロにいたっては出番がほとんどない(異物ガチンコ勝負をすれば面白かったのに)。ジム・ブラックのドラムスにはなかなかドヤ顔感があって嬉しい。

●参照
デューイ・レッドマン『Live』
エド・ブラックウェル『Walls-Bridges』 旧盤と新盤(デューイ・レッドマン)
キース・ジャレットのインパルス盤(デューイ・レッドマン)
シャーリー・クラーク『Ornette: Made in America』 再見(デューイ・レッドマン)
シャーリー・クラーク『Ornette: Made in America』 オーネット・コールマンの貴重な映像(デューイ・レッドマン)
スペイン市民戦争がいまにつながる(デューイ・レッドマン)
鈴木志郎康『隠喩の手』(デューイ・レッドマン)
三田の「みの」、ジム・ブラック
ピーター・エヴァンス『Ghosts』(ジム・ブラック)


スティーヴ・リーマンのクインテットとオクテット

2015-03-09 00:23:24 | アヴァンギャルド・ジャズ

休日も忙しく、せめてもの刺激剤として、スティーヴ・リーマンを3枚お供に日がなデスクワーク。

■ 『On Meaning』(Pi Recordings、2007年)

Steve Lehman (as)
Jonathan Finlayson (tp)
Chris Dingman (vib)
Drew Gress (b)
Tyshawn Sorey (ds)

■ 『Travail, Transformation, and Flow』(Pi Recordings、2008年)

Steve Lehman (as)
Mark Shim (ts)
Jonathan Finlayson (tp)
Tim Albright (tb)
Chris Dingman (vib)
Jose Davila (tuba)
Drew Gress (b)
Tyshawn Sorey (ds)

■ 『Mise en Abime』(Pi Recordings、2014年)

Same as above

 

どの瞬間も不穏なるものが充満している。緊密ではあるが、ヘンリー・スレッギルのグループのようにすべての時空間に筋線維がみっしりと張り詰めているわけではなく、しかし(デイヴィッド・マレイのオクテットのように)ルーズでもない。テンションの多寡が価値ではないから、もうひとりのサックスやチューバが加わって厚みを増したオクテットが、クインテットよりも単純に進化したというわけでもない。

充満したアウラは、徹底的に人工的で、覚醒した何か。ひとつひとつが眼や脳を持った無数の意識的な粒子の中で、抑制されて、いびつに自覚的なリーマンのアルトソロが繰り広げられる。この音楽をIT空間に浮遊させるヴァイブの効果もある。ひたすらに多数の情報を収集し、ときに知的、ときに乱暴に吐き出したようなタイショーン・ソーリーのドラムスにも耳が吸い寄せられる。

この3枚はそれぞれ素晴らしいのだが、中でも、最近作の『Mise en Abime』は異常に完成度が高い。リーマンが発する電子楽器の音も抑制的でクール、またエロチックな感もある。

 ●参照
スティーヴ・リーマンのデュオとトリオ
ジョン・エスクリート『Sound, Space and Structures』(タイショーン・ソーリー参加) 


ジョン・エスクリート『Sound, Space and Structures』

2015-03-08 08:29:25 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジョン・エスクリート『Sound, Space and Structures』(Sunnyside、2013年)を聴く。

John Escreet (p)
John Hebert (b)
Tyshawn Sorey (ds)
Evan Parker (ts, ss)

エヴァン・パーカーが聴きたくて入手したようなものだが、御大のさえずりサックスはいつもの通りである(少し大人しい?)。

ジョン・エスクリートのピアノは、基底音を執拗に叩き続けては駆け上がるところなど、セシル・テイラーを思わせるところもある。だが、テイラーよりも我を発散させず醒めている感覚。

いやそれよりも、頭と耳を混乱に陥れる存在は、何しろわけがわからないタイショーン・ソーリーのドラムスである。ジャズのイディオムをぶん投げて、背後で何か平然と凄いことをしているような・・・。かれが何を狙ってどのように音を発しているのか、誰か教えてほしい。リーダー作も聴いてみたいところ。

●参照
シュリッペンバッハ・トリオ『First Recordings』(エヴァン・パーカー参加)
シュリッペンバッハ・トリオ『Gold is Where You Find It』(エヴァン・パーカー参加)
アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ『ライヴ・イン・ベルリン』(エヴァン・パーカー参加)
『Rocket Science』(エヴァン・パーカー参加)
ネッド・ローゼンバーグの音って無機質だよな(エヴァン・パーカー参加)
ペーター・コヴァルトのソロ、デュオ(エヴァン・パーカー参加)
ペーター・ブロッツマンの映像『Soldier of the Road』(エヴァン・パーカー登場)
ハン・ベニンク『Hazentijd』(エヴァン・パーカー登場)


万年筆のペンクリニック(7)

2015-03-07 23:38:05 | もろもろ

待ちに待った、日本橋丸善での「世界の万年筆展」。いや特に新たな万年筆が欲しいというわけではなく、ペン先の調整である。大阪や神戸にはいいお店があって、頻繁にペンクリニックを開いているのに、東京ではあまりない。

そんなわけで、書き味が渋いことがある万年筆を2本握って駆けつけた。受付開始の9時半から10分も経っていないのに、もう16人も先客がいた。(もっとも、前日の残りかもしれないのだが、人気があることは確かだ。)

ドクターは、何度か診ていただいた、サンライズ貿易の宍倉潔子さんである。

■ マーレンの「サクソフォーン」

チャーリー・パーカーへのオマージュとして作られたペン。バードなのに書き味が渋くて何がバードか。

ペン先の開き具合が悪く、少し歪んでいたようだった。

■ スティピュラの「エトルリア」

ペン先が14Kの現行品と違い18K。ペン先とクリップに刻んである模様は、イタリアのアカントという葉であり、また、ペン軸のふくらみはトスカーナの大地だということである(受け売り)。イタリア物は洒落ている。

これもペン先の開きが今ひとつということで、調整していただいた。1年ほど前にも診てもらったのだが。

ところで、インクフローが渋いのには、ペン先の物理的な問題のほかに、変な角度で書いてしまうという書き手の癖や、インクとの相性も原因となっていることがあるのだという。

特に「ブレンド物」のインクは、粘性が高く、ペンを選んでしまうらしい。そういえば、マーレンにはパイロットの「色彩雫」、スティピュラには丸善のオリジナルインクを詰めていた。しばらくしたら、ペリカンのブルーブラックに戻すつもりだ。

まあ、当分はこれでストレスなし。

●参照
万年筆のペンクリニック
万年筆のペンクリニック(2)
万年筆のペンクリニック(3)
万年筆のペンクリニック(4)
万年筆のペンクリニック(5)
万年筆のペンクリニック(6)
本八幡のぷんぷく堂と昭和の万年筆
沖縄の渡口万年筆店
鉄ペン
行定勲『クローズド・ノート』
モンゴルのペンケース
万年筆のインクを使うローラーボール
ほぼ日手帳とカキモリのトモエリバー


大河内直彦『チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る』

2015-03-07 07:29:13 | 環境・自然

大河内直彦『チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る』(岩波現代文庫、原著2008年)を読む。前々から、そのうちにと思っていた本であり、文庫化大歓迎。

言うまでもなく地球は生き物であり、大気を通じて宇宙とつながっている。また、地球の側でも、多くの物質や相が相互に作用している。それらの複雑な相互作用の結果としてあらわれる現象を、メカニズムという形で読み解くためには、海底の堆積物や分厚い氷床といった、地球上に残されたものを「記録」として扱い、分析していくほかはない。

その鍵として本書において大きくフィーチャーされるものは、「同位体」である。同じ炭素や酸素であっても、自然界にはごくわずか、質量が微妙に異なる「同位体」が存在する。質量が違うということは物理的な挙動が異なるということであり(時間が経てば姿を変えていく「放射性同位体」もある)、その結果、大昔の堆積物や氷床をトレースすれば、それがいつどのような環境にあり、どのような道をたどってきたのかということが解きほぐされていく。こういったからくりを、科学史とともに解説するあたりは見事である。

科学を丁寧に書くと厚くなってしまうという難点はあるが、じっくりと付き合う価値がある本だ(もちろん、くだらぬ環境陰謀論を、ではなく)。それは現在の環境政策の重要さを認識することにもつながっている。

「・・・少々二酸化炭素濃度が上昇しても、氷期から間氷期に移ったような大規模な気候の再編は起きない。しかし、この「ひと押し」がどんどん大きくなっていったら、どうなるだろう? 気候システムが異常をきたしたとしても、それは決して不思議なことではない。いずれ「障壁」を乗り越え、別の安定解へとまっしぐらに突き進む非線形性が現れるかもしれない。気候の暴走である。それが、気候学者が現在もっとも恐れていることなのである。」
「人類が危険な火遊びをしていることは間違いないのである。」

●参照
多田隆治『気候変動を理学する』
米本昌平『地球変動のポリティクス 温暖化という脅威』
小嶋稔+是永淳+チン-ズウ・イン『地球進化概論』
ジェームズ・ラブロック『A Rough Ride to the Future』
ナオミ・クライン『This Changes Everything』
ナオミ・オレスケス+エリック・M・コンウェイ『The Collapse of Western Civilization』
ナオミ・オレスケス+エリック・M・コンウェイ『世界を騙しつづける科学者たち』
ノーム・チョムスキー+ラリー・ポーク『複雑化する世界、単純化する欲望 核戦争と破滅に向かう環境世界』
ノーム・チョムスキー+ラレイ・ポーク『Nuclear War and Environmental Catastrophe』
ノーム・チョムスキー講演「資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか」
『グリーン資本主義』、『グリーン・ニューディール』
吉田文和『グリーン・エコノミー』
ダニエル・ヤーギン『探求』
『カーボン・ラッシュ』
『カーター大統領の“ソーラーパネル”を追って』 30年以上前の「選ばれなかった道」


ブリガン・クラウス『Good Kitty』、『Descending to End』

2015-03-07 06:42:10 | アヴァンギャルド・ジャズ

メアリー・ハルヴァーソンとよく共演しているようで気になり、ブリガン・クラウスの2枚を聴く。両方ともニッティング・ファクトリー盤(もうCDは出していないのだったか?)。

■ 『Good Kitty』(Knitting Factory、1996年)

Briggan Krauss (as)
Chris Speed (ts, cl)
Michael Sarin (ds)

もうひたすらに、クリス・スピードとの吹きまくり絡みまくり合戦。愉しんだのではあるけれど、こちらの耳と脳は、一時代前の音のようにしか処理してくれない。それに、まさにこのジャケットのようにペラペラでキッチュな音(もちろん、褒め言葉)という面では、スピードのほうが一枚上手のような。

■ 『Descending to End』(Knitting Factory、1999年)

Briggan Krauss (all instruments)

ひとりでサックスだの電子楽器だのいろいろなノイズだのを発した多重録音。やはりこれも、時代に即した音楽のように聞こえてならないのだがどうか。ときおり聞こえるバリトンサックスの音には嬉しくて反応してしまう。

そんなわけで、ほかのインプロヴァイザーと共演するクラウスの裸のサックスを聴きたいと思うのだった。


ポール・モチアンのトリオ

2015-03-06 06:27:58 | アヴァンギャルド・ジャズ

ドラムスの個性ということでいえば確実に歴史に名を残す存在であるものの、実は、ポール・モチアンのリーダー作をさほどは聴いていない。というのも、ほとんどの作品に参加しているテナーのジョー・ロヴァーノが少し苦手だというそれだけの理由。そんなわけで、以下の2枚をよく聴く。

■ 『Le Voyage』(ECM、1979年)

Paul Motian (ds, perc)
J.F. Jenny-Clark (b)
Charles Brackeen (ts, ss) 

■ 『Lost in a Dream』(ECM、2009年)

 

Chris Potter (ts)
Jason Moran (p)
Paul Motian (ds)

両方ともトリオだが、前者はベース、サックスと、後者はピアノ、サックスと。フォーマットから言えばピアノなしの前者のトリオのほうが、自由度が高いように思えて好みなのだが、ここでは、両方とも震えるほど素晴らしい作品である。

どちらかと言えば、強度の高いJ.F.ジェニー・クラークのベースが前面に出てこない分、後者のトリオでは、モチアンのドラムスが全体を支配している。そのことは、共通して演奏している「Abacus」を聴き比べると明らかに思えるのだがどうか。

モチアンの伸び縮みするドラムスは、実に柔軟に踊り場を作り出し、サックスを招き入れる。あるいはサックスに合わせて踊り場を作り出す。このあたりがモチアンの魔術である。その結果、何故だろう、泣きのサックスが生まれる。やや荒っぽいチャールズ・ブラッキーンも、完璧に音をコントロールしているようなクリス・ポッターも良い。

ところで、森口豁さんのドキュメンタリー『広場の戦争展・ある「在日沖縄人」の痛恨行脚』(1979年)だったか何だったかにも、『Le Voyage』が使われていたような記憶があるが、ご本人には確認していない。

●参照
トニー・マラビー『Adobe』、『Somos Agua』
ビル・マッケンリー『Ghosts of the Sun』
ジェリ・アレン+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン『Segments』
ポール・ブレイ+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン『Memoirs』
ゴンサロ・ルバルカバ+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン
キース・ジャレット+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン『Hamburg '72』
70年代のキース・ジャレットの映像
キース・ジャレットのインパルス盤
ビル・エヴァンス『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』


アルバート・"トゥーティー"・ヒース『Philadelphia Beat』

2015-03-01 23:24:26 | アヴァンギャルド・ジャズ

「大」が付くヴェテラン・ドラマーのアルバート・"トゥーティー"・ヒースが、新作『Philadelphia Beat』(Sunny Side、2014年)を出した。今年で80歳、それに対してピアノのイーサン・アイヴァーソンは42歳。まあ、そんな興味で聴いてもいいじゃないですか(誰に言っている)。

Albert "Tootie" Heath (ds)
Ethan Iverson (p)
Ben Street (b)

そんなわけで、生きるバップを中心としたピアノトリオであり、拍子抜けするほど普通である。しかしそれは最初から分かって聴いている。

ヒースのドラムスにはいろいろな得意技があり、ドタバタする音を聴いていると何だか嬉しくなってくる。アイヴァーソンはヒースをリスペクトした演奏。ジョン・ルイス、セロニアス・モンク、ユービー・ブレイク、バッハなど様々な曲を弾きこなすのはアイヴァーソンならではか。ルイスとかモンクのように放っておいても浸み出てくるような体液は見えないが、何度も聴いていると味を感じてくるのはなぜだろう。


クリス・チーク『Blues Cruise』

2015-03-01 07:44:58 | アヴァンギャルド・ジャズ

クリス・チーク『Blues Cruise』(Fresh Sound、2005年)を聴く。

Chris Cheek (ts, as, ss)
Jorge Rossy (ds)
Brad Mehldau (p, fender rhodes)
Larry Grenadier (ds)

クリス・チークのサックスの魅力は、突き抜けた奇抜な音を出さず、ゆったりと揺れながら、酸っぱいようなサウンドを発することだろうか。ビブラートもきわめて繊細にしてなめらか。

それゆえカーラ・ブレイやアンディ・シェパードの音楽との親和性が高いのかなと思ってみる。スティーヴ・スワロウ『Into the Woodwork』において陶然とさせられたのは偶然ではない。ここでもその音世界が満載。ブラッド・メルドーのピアノが刺さったことはないのだが、フェンダーローズは抜群に良い。

●参照
フィリップ・ル・バライレック『Involved』(クリス・チーク参加)
スティーヴ・スワロウ『Into the Woodwork』(クリス・チーク参加)


若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』

2015-03-01 00:21:02 | 政治

若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)を観る。偶然、ちょうどあさま山荘でのメンバー検挙と同じ日だった(1972年2月28日)。

あさま山荘事件への対処を綴った佐々淳行氏の本は、「なぜそれが起きたのか」という観点がまったく欠落したものであった。連合赤軍の一員として死刑が確定した坂口弘氏の手記や吉野雅邦氏についての本などを読んでも、割り切れない思いばかりが残った。パトリシア・スタインホフ氏が事件について取材しまとめた本(『死へのイデオロギー』)には、ある程度の共感を覚えたものの、どうしても第三者的なフィルターが気になるものでもあった。

そんなわけで、この映画が企画され資金集めをしていたときから関心は少なからずあったのだが、あまりにも怖くて、結局いままで接近できなかった。

ようやく観たあとも、やはり割り切れない思いだけが残る。なぜ、理想を掲げた者たちが異常な権力構造を支えあったのか? なぜ、論理と知とが積極的に排除されて精神至上主義が暴走したのか? なぜ、閉じた変革運動となってしまったのか?

太田昌国氏は、この連合赤軍リンチ事件を含めた一連の凄惨な事件によって、「変革にシンパシーを持つ人たちの心が離反し、大衆的な共感が冷め、多くは高度経済成長に満足するようになってしまった」と語っている。

ところで、若松孝二『天使の恍惚』(1971年)は事件を先取りしてしまったような面もある映画だが、そこで横山リエが歌う「ここは静かな最前線」を、この映画では、渚ようこが歌っている。若松監督自身にも、『天使の恍惚』と事件とを結びつける気持ちがあったのか、それともただのノスタルジーだったのか。

●参照
『狂気の正体 連合赤軍兵士41年目の証言』
太田昌国の世界「60年安保闘争後の沖縄とヤマト」
『田原総一朗の遺言2012』(『永田洋子 その愛 その革命 その・・・』)
渚ようこ『あなたにあげる歌謡曲』、若松孝二『天使の恍惚』
オリヴィエ・アサイヤス『カルロス』