うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

その夜の雪

2012年06月20日 | 北原亜以子
 2010年5月発行

 ほろ苦さを胸に秘めた大人の生き様を描いた、割り切れない切なさが募る短編集。

うさぎ
その夜の雪
吹きだまり
橋を渡って
夜鷹蕎麦十六文
侘助
束の間の話 計7編の短編集

うさぎ
 摺師の峯吉は、昔、男と駆け落ちをした女房の事で娘と言い争いになった。そんな折り、寂しさを紛らわす為にうさぎを飼うお俊と出会い惹かれていく。
 男手ひとつで育て上げた娘が、己を捨てた母親に思慕を募らせる。峯吉の胸中が痛いように分かるが、そこからお俊に惹かれていく辺りは男性ならではなのか。

主要登場人物
 峯吉...摺師
 おひで...峯吉の娘
 お俊...縄暖簾の女中
 
その夜の雪
 半月後に祝言を控えた娘の三千代が手込めにされ、自害した。定町廻り同心の森口慶次郎は、娘の復讐を固く決意する。
 後の「慶次郎縁側日記」シリーズの序章である。
 慶次郎、三千代の痛烈な痛みが悲し過ぎる話である。だが、辰吉の男気に感銘した。

主要登場人物
 森口慶次郎...南町奉行所定町廻り同心
 三千代...慶次郎の娘
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 辰吉...岡っ引き、慶次郎の手下
 吉次...北町奉行所の小者

吹きだまり
 爪に火を灯して銭を貯めている、日雇い左官職人の作蔵。里の母親の見舞いと称し、暇を取るが、実は作蔵には秘密があった。
 夢の為に必要なだけの銭を貯める。先は見えないが、そんな生き方も悪くはないと思える一編。

主要登場人物
 作蔵...左官の日傭取り
 おみち...根岸料理屋春江亭の女中

橋を渡って
 夫には、若い女がいる。しかも、商いの手助けにもなっているらしい。おりきは、夫に疎まれた事をきっかけにある決意を固める。
 おりきは、江戸時代には稀な考えを持った女性と言えるだろう。

主要登場人物
 おりき...佐十郎の妻
 佐十郎...深川佐賀町干鰯問屋日高屋の主
 伊与吉 深川永代寺門前仲町酒味醂問屋の主、おりきの弟
 おなみ...伊与吉の妻
 おつゆ...鼈甲細工職人金三の娘

夜鷹蕎麦十六文
 噺家のかん生は、野暮を嫌悪し、粋を心情としていた。野暮な女房を蔑ろにし、芸者の間夫に溺れていたが…。
 そして、かん生は真実の粋に辿り着く。ほのぼのとしたラスト。

主要登場人物
 かん生...噺家、初代志ん生の弟子
 おちか...かん生の妻
 染八...辰巳芸者、かん生の情婦

侘助
 生きる事の厳しさ、空しさを抱いた杢助が辿り着いた生業は、無銭飲食だった。
 真面目で真っ直ぐな杢助が、極端ではあるが、何もかもから逃れ、しがらみのない生き方を選んだのも分かるような気がすると同時に、こういった不器用な生き方しか出来ない人も存外に多いのだと、胸に込み上げるものがあった。

主要登場人物
 杢助...下谷山崎町の棟割長屋に住まい
 おげん...元呉服屋の女中

束の間の話
 嫁に、甚く心を傷付けられたおしまは、家を飛び出し9年が過ぎた。高熱で寝込んでしまった折りに従兄弟を名乗る源七が訪ったのだが…。
 嫁の言いなりの息子。おしまが家を飛び出した経緯が、実に切なく、そして、寝込んだ折りには、己の取った短慮な行動を悔やむ。ありがちな人の心を如実に芦原している。

主要登場人物
 おしま...浅草阿部川町の長屋暮らし
 源七...板橋の板前

 全編、文頭2~3行の導入部分が見事であり、北原さんの巧みな表現力とセンスに恐れ入る。
 「その夜の雪」以外は、現代にも通じる話であり、親権問題、フリーター、離婚、浮気、引きこもり、嫁姑の確執を題材にしながら、心情的に追い詰められた主人公の前に、似たような境遇の人物が現れ、頑な心に雪解けの気配を見せるといった話になっている。


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