春を代表花の桜が終焉を迎えた今、まさに見頃を迎えようとしているのが「藤の花」である。花房の長さや、爽やか 香りを放ち、滝のように下に垂れさがる紫の花姿はで上品な女性らしくなんとも美しい。藤で有名なのは足利フラワーパーク、よくテレビで放映される600畳敷の大藤棚。ここと比べようもないが大和の「ふれあいの森」=「ふれあい広場」に「白の藤」が一棚、「見本庭園」には「紫の藤」が一棚見頃を迎えようとしている。藤は豆科のフジ属で4月中旬から5月上旬にたくさんの花をつける。Wisteria(ウィステリア)は19世紀のアメリカの「解剖学者」の「Wistar 教授」の名前に因む。藤は日本古来の花木であり万葉集や俳句にも詠われている。大伴四綱は万葉集「藤浪の 花は盛りになりにけり 平城の都を 思ほすや君」、松尾芭蕉は「しはらくは 花の上なる 月夜哉」と。(1804)
相模太夫のブログ「旅録」は「旅は一枚の写真から始まる!!」をメインテーマとしている。国内外の旅からプライベイの外出で、あるいは散策で、時には所用で出合った光景は「シャツターを切る」が相模太夫がいつも心掛けていること。出会ったそれこそ一期一会、一旅一会の被写体を瞬撮した「旅録」を開設して5年が経過した。今年1月に70万件、そして皆さまのアクセスのお蔭で昨日(4/10)「80万件」達成という瞬間を迎えた。相模太夫も旅、写真に関する皆さまのブログに感動し数えきれないほどの旅をした。「相模太夫」のブログ写真が「想い出づくり」に「訪れてみたい」、「行ってみたい」という旅の一助として、また「撮ってみたい」というお気に入りの被写体としてお役にたてればこの上ない喜びである。今後とも御贔屓に頂きますよう!!(1804)
相鉄線相模大塚駅そば大和市桜森に鎮座する熊野神社の末社「桜森稲荷神社」はある。弘化2年(1845)熊野神社において熊野三社大権現を勧遷し、五穀豊穣祭りを行った際、熊野神社の厄除けとして建立されたのが興りである。祭神は学問の神様「菅原道真公」、宇迦之御魂神(倉稲魂命)、三峯山神社大神を祀る。社名の由来は境内に桜の古木があったことや参道が桜並木になっていたこと、その桜木に源頼朝が鷹狩に来て馬をつないだという伝説から桜森と名付いた。弘化3年(1846)、熊野神社の鬼門除けとして桜木が植樹され稲荷が祀られたと伝えられている。「鳥居」、社号標を抜けると正面に昭和56年(1981)に再建された「社殿」、左に「手水舎」、稲荷神社らしく各所に数体のお狐様が置かれている。(1804)