美山たそがれメール

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私のプリン物語

2020年01月27日 | 日記
今日は曇り空で夜まで持った。天気予報では全国的に荒れている。
京都の従妹の電話では強風が吹き荒れていると言っていた。夜になると
テレビにニュースでは関東甲信地方が大雪とか、変な天気である。

私は一日中編み物をしている。おやつに私が作ったプリンを食べた。
プリンを作り始めて15年、道の駅の店にもだしているし、泊り客の
デザートに使っている。よくも続けていると自分でも感心する。
私が最初にプリンを作ったのは長男が5歳の時だ。京都の友人と
ホテルの子供クリスマスディナー参加した。最後のデザートとして
プリンアラモードが出てきた。長男の一言「お母さん甘い卵豆腐」と
「違うよ、これは洋菓子でプリンと言うのよ」と私。
数年後父が平飼の養鶏場を始めた。鶏が放して飼ってあるので産んだ卵を
踏みつけたり嘴で割ったりして割れ卵がたくさんできた。私はいつも
たくさんもらって処分に困った。そのときにプリンを作ろうと思ったのだ。
子供たちは最初は喜んで食べてくれた。蒸し器で蒸して昔ながらのプリン
だった。その時以来プリンはよく作るようになった。

私は55歳の時、道の駅の売店でプリンを売ることにした。周囲の人たちから
「そんなん売れるわけがないやろ。素人の手つくりなんて」言われたが
作り続けた。作り続けると上手になるものだ。たくさん売れるようになり
蒸し器では対応できなくなって、ホシザキのスチームコンベクションオーブン
を買った。これは便利だった。時間と温度さえ設定すれば蒸しすぎたり焼きすぎたり
することはないのだ。ただ牛乳、卵、蜂蜜、砂糖の分量だけはきちんと計る。
私の拘りプリンは地元の素材を使うことにある。地場産の素材であれば、
まちがいなく美味しくなると信じている。あと何年作ることができるだろうか?

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