イザヤ書40:18-20
『あなたがたは、神をだれになぞらえ、神をどんな似姿に似せようとするのか。
鋳物師は偶像を鋳て造り、金細工人はそれに金をかぶせ、銀の鎖を作る。
貧しい者は、奉納物として、朽ちない木を選び、朽ちない細工人を捜して、動かない偶像を据える。』
見たこともない神を、想像力を働かせて神を造ります。
そして儀式を行って、それを自分たちの神にします。
それからは、その神を拝みながら頭を下げます。
恐れながら仕えているので、立場が逆転しています。
よくよく考えると、それはとてもおかしいことですね。
元々はただの物であったのに。
人間の手にかかると神になるでしょうか?
作品がいつの間にか神に変身しました。
この過程を考えるならば、神になるわけがないのに、どうして何も疑わずに神として信じて拝みますか。
それが私にはとても不思議です。
幸い今までそういうものに手を合わせたことはありませんでした。
人が作ったものであって、神ではないとずっと思っていましたから。
目を開いてそれが神であるかどうかを試してみて下さい。
元々それが何であったかを確かめて下さい。
【祈り】
主よ。神はあまりにも偉大な方で、ちっぽけなもので現すことが出来ない神であることを感謝します。
【聖句をノートに書きましょう】
-神はどんな方か-
- 創世記1:1
- 創世記28:3
- イザヤ書40:28
- ヨハネの福音書1:18
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