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第373回 大英博物館のモノ語り-1

2020-06-05 | エッセイ

 ロンドンの大英博物館を訪れたのは30数年前になります。NHKでその収蔵品を紹介するシリーズ番組があり、それを見ながら、どうしても現地に行きたくなり、中学生の息子と冬休みを利用して出かけました。

 初めての英国でしたから、ロンドンとその郊外の定番スポットを観光し、夕方には、毎日のように二人で博物館に足を運んだものです。とにかくやって来たという感激と、本とかで見知った実物を前にする感動は格別のものでした。

 そんなことがありましたから、その後、「100のモノが語る世界の歴史」(ニール・マクレガー 筑摩書房(2012年 全3巻))が出た時は、一も二もなく買って、読みふけりました。

 大英博物館所蔵の膨大なコレクションの中から、世界の歴史、人類の歴史を雄弁に物語る100のモノを選んで紹介したBBCのラジオ放送(2010年)がベースです。私なりに特にインパクトのあったモノを、何回かに分けてご紹介することにします(画像は同書から拝借しました)。

<<オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール>>
 タンザニア(アフリカ)のオルドゥヴァイ渓谷で発見された手作りの礫器で、発見された地層から180~200万年前のモノと推定されています。

 動物の骨と一緒に発見されましたので、動物の皮をはぎ、肉を切り、中の髄を食べるため骨を砕くのに利用されたのでしょう。親指と残りの4本の指で包み込むようにして使う場面を想像すると実に使い勝手がよさそうです。刃先も鋭く、しっくりと手に馴染む優れたデザインです。
 樹皮をはいだり、根をむくことも出来ますから、当時の人類の食生活を支え、人類が今日まで生き延びられた源泉のひとつと確信できます。

<<アイン・サクリの恋人たちの小像>>
 まずは、こちらをご覧ください。何に見えますか?

 ベツレヘムに近い砂漠で出土した石の彫像で、紀元前9000年のモノと推定されています。膝を立てて座っている男女の像です。「たがいに包み込むように夢中になって抱擁を交わす二人の裸の人物が描かれている。これはカップルが交わる様子を再現した最古の作品として知られている。」(同書から)

 この「作品」が作られた頃、人間社会は変わりつつありました。地球規模で温暖化が進み、狩猟中心の生活が、農耕での食糧生産へと切り替わっていったのです。獲物次第という不安定な暮らしからある程度解放され、人類も「創造的活動」を行う余裕ができたのでしょう。こんなにリアルで遊び心に溢れた作品を作ったアーティストと適うことなら会って、話がしてみたいです。

<<縄文の壷>>
 日本から唯一エントリーしているのが、この縄文土器です。

 古代から世界各地で土器は作られてきましたが、これは紀元前5000年頃と推定され、世界最古の土器というのが、誇らしいです。
 大きさは、子供が砂遊びに使うバケツほどの大きさで、食べ物の貯蔵のほか、煮炊きにも使われたようです。なんといっても表面の縄目文様が見事です。日常使っていた植物製の籠をイメージしているのではないかというのが著者の推定です。農耕は始っていませんでしたが、魚や植物の実などが豊富にあって、食べる心配がない生活が生み出したモノといえます。

 内側の漆と金箔は、17~19世紀のいずれかの時期に、茶道具の水差しとして利用するため行われた細工だろうと著者は推測しています。「器を作った人も、それで気を悪くすることはなかっただろうと私は思う。」(同書から)私も同感です。

<<ウルのスタンダード>>
 イラク南部のウルにある王家の墓から見つかったモザイク細工の木製の箱です。紀元前2600~2400年頃のモノとされています。

 発見者のレオナード・ウーリーが、軍隊が行進の時などに使う儀杖旗(スタンダード)の一部ではないかと推定したのでこう呼ばれていますが、本当の用途は分かっていません。横58cm、高さ19cmほどで、両面3段に精緻な絵柄がモザイクで描かれています。

 ウルはメソポタミア(現在のイラク)の中心都市で、ご覧の面には、多くの交易品、奉納品と思われる品々を運び、納める様子が見てとれます。3~4万人とも想定される人間集団をまとめあげる権力と統制の仕組みがすでにあったわけです。

 さらに、モザイクの素材のラピスラズリはアフガニスタンから、赤い大理石はインドから、そして貝殻は全てペルシャ産と判明しています。交易の活発さ、広大さを物語る「箱」です。

 いかがでしたか?いずれ続編をお届けする予定です。お楽しみに。

<追記>続編は<こちら(第390回)><こちら(第487回(最終回)>です。合わせてご覧ください。


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