A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

写真はものの見方をどのように変えてきたのか

2005-06-15 13:47:51 | 美術
写真はもののを見方をどのように変えてきたのか 2:創造
2005年5月28日(土)~7月18日(月・祝)
東京都写真美術館

 今年開館10周年を迎える東京都写真美術館の特別企画コレクション展「写真はものの見方をどのように変えてきたのか」シリーズ第2部。第1部「誕生」では、写真の誕生期を紹介しダゲレオタイプによる写真が出品されていて充実した展覧会であった。今回の第2部では、19世紀末から1930年代頃の写真に見られるピクトリアリズム(絵画主義)、技術や科学の発達によるクローズアップ、赤外線写真などリアリズム写真、バウハウス、シュルレアリスムなど同時代美術による影響を受けた写真などを紹介する。
 今回は、日本人作家による作品が中心を占めることが特色である。福原信三、福原路草兄弟の写真はモダニズムらしい洗練された構図が美しいし、小石清の写真集もさまざまな実験的な撮影、プリントを試み、そのイメージは今なお強烈である。
 これらの展示を見て思うのは、美術の受容である。とかく、私たちは海外諸外国からの影響を受けているので、芸術表現に関しても欧米の写真の受け売りであろう、などと考えてしまう。洋服を着るのも、車に乗るのも、カメラも映画もパソコンも食事もトイレも、そのほとんどが西洋からの輸入による西洋化だと言ってもいい。芸術も絵を「描く」、彫刻を「彫る、刻む」といった行為に西洋も東洋も関係ないにも関わらず、美術史、美術館という制度、システムによって私たちは芸術の歴史が西洋美術史を基本としたものだと理解してしまってはいないだろうか。もちろん、美術の歴史の転回・転向といったものが、西洋から起こったことは事実だし、否定すべくもない。だが、その美術の変化をそくす種が日本に蒔かれたとき、僅かながら変化が生じる。写真のシュルレアリスム受容、カメラのレンズの多様化を豊かに咀嚼してみせた日本人写真家の作品を見る時、何かを受け入れる懐の大きさ、想像力の大きさを感じるのである。