憶えていてください
青い潮風の海辺の町で
すこやかな心とからだをもった人びとが
ていねいに生きていた一日一日を
一瞬の大地の鳴動が
破壊しつくしたあの夜の津波の恐ろしさ
連れ去られた家族たち
かなしいその光景に失意して
未来を拒んだりしないでください
あなたの一日一日を
このままでは終わらせないで下さい
はるかな海の
月夜の眠りに還っていった人びとのために
最初の人が板切れとともにこの磯に立ち
銀色の魚を釣り
野菜や穀物を育て
ひと組の男女が結ばれ
父となり母となり
ながい寒さから幼な子をまもり
働くことをいとわずに築いてきた村や町
くらしの糧をわけあってきた
海辺の家族の
その歳月を置き捨てずにいてください
生き残った人びとの
心に移り住んでいく魂たちの祈り
無数の人びとの温かな声援
憶えていてくださいあなたも
(麻生直子 『憶えてください』より)