救急車で大きな病院に運ばれた際、緊急性が認められなければ患者に負担を求める地域が出てきている。茨城県で2日、運用が始まった。救急医療体制の逼迫(ひっぱく)を背景に、適正な救急車利用を促すためだが、専門家は「実質的な『有料化』にならないか。患者の受診抑制を生む可能性がある」と懸念する。(山田雄之)
◆緊急性なしと病院が判断したら「一定額」徴収
「搬送のピークとなる冬場を迎えたとき、救える命が救えなくなる恐れがあった」。茨城県の担当者は「こちら特報部」に運用開始の理由をこう説明した。
同県内の22の大規模病院は2日から、救急搬送された患者に緊急性がないと判断した場合、一定額を徴収することにした。金額は病院ごとに設定し、最高で1万3200円になる。
徴収の名目は救急車の利用料ではなく、国が2016年に定めた「選定療養費」。一般病床数200床以上の大規模病院への軽症患者の集中を防ぐ狙いで、紹介状を持たずに受診した患者に7700円以上を求める「特別の料金」だ。
救急患者からは徴収してはならないが、厚生労働省は「単に軽症患者が救急車で来院し受診した場合」は徴収対象になるとの解釈を示す。ただ同県の担当者は「判断は医師に委ねられており、全ての大規模病院が救急搬送時点で『救急患者』と扱っていた」と明かす。
◆「無料のタクシー」として使われる実態
同県は医師会などと協議し、緊急性のない救急要請者には選定療養費を請求するように取り扱いを見直した。
背景に救急搬送件数の増加がある。同県では2018年に約12万2000件だったが、2023年は約14万3000件と過去最多を更新。6割以上が大規模病院に集中し、軽症が半数を占めた。「包丁でちょっと指先を切った」「風邪が3日続いた」と要請された事例もあり、大井川和彦知事は今年7月の会見で「救急車が無料のタクシー化している」と話した。
同県は今回の運用開始に当たって、医師が緊急性を判断する際のガイドラインを公表した。認められない可能性がある事例に「軽い切り傷、擦り傷のみ」「微熱のみ(37.4度以下)」「打撲のみ」などを挙げる。
◆先行する三重・松阪市では救急車の出動が22%減った
同県が参考にしたのが、6月に三つの基幹病院で選定療養費の徴収を始めた三重県松阪市だ。8月までの3カ月間の救急車出動件数が前年同期比で約22%減少した。選定療養費の負担を求めたのは搬送者全体の約7%だった。
救急医療現場は全国的に逼迫している。昨年の救急出動件数は全国で約764万件と過去最多。2022年、119番通報から現場到着までは平均約10.3分、病院搬送まで平均約47.2分と過去最も時間を要した。今年4月から医師の働き方改革も始まり、医療関係者の負担軽減も求められている。
松阪市や茨城県のような運用は各地に広がる可能性がある。浜松市は既に検討中。茨城県には複数県から問い合わせがあるという。
◆相談ダイヤル「♯7119」の周知徹底が先では
「救急車の有料化」という声があるのに対し、総務省消防庁救急企画室の担当者は「費用は医療機関が徴収しており、不適切な表現だ。厚労省の既存の解釈に従った取り組みと受け止めている」と主張する。
一方、日本救急医療財団の横田裕行理事長は「医療現場の事情は十分に理解するが、患者側から見たら支払先は関係なく、実質的に『救急車の有料化』とならないか。生活困窮者らの受診抑制につながる懸念もある」と指摘する。救急要請すべきかを聞ける「♯7119」などの相談ダイヤルの存在に触れ、「周知を徹底できているだろうか。救急車以外、医療へのアクセス手段を持たない高齢者など医療弱者も多くいる。他にまずやるべきことがあるのではないか」と話す。
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