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林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

邪馬台国はどこ?

2009-11-25 | うわごと

奈良県の纏向(まきむく)遺跡で巨大建造物跡が発掘され、卑弥呼の宮殿だから、邪馬台国はここだ、ということになっている。
邪馬台国畿内説派はご機嫌だ。あちこちで喋くりまくっている。

卑弥呼の宮殿はここにあった。宮殿の間取りはこうこうで、卑弥呼はこの部屋おり、弟はここにいて、ご託宣をジンミンに伝えた、などと昨日見てきたようなことを言う。
柱の穴の跡だけで、よくもまぁ.......、と吃驚する。

巨大建造物跡というが、仮に柱が8本あったとしても、必ずしも巨大な1軒とは言えぬ。4本ずつの小屋が2軒だったかも知れないではないか。8本の柱を繋ぐ床や梁や屋根瓦は見つかってないだろ?

一方、邪馬台国北九州説派はオカンムリ。証拠不十分、とケチを付けまくっている。
果たして邪馬台国は畿内にあったのか、それとも北九州吉野ヶ里か?
森生は艦長さんに義理立てし、吉野ヶ里かと思ってましたが.......。

ところがここに新説を唱える先生がいます。蘊恥庵庵主先生(とりあえず読めないので次からは「先生」だけにさせて頂きます)です。

先生によると、「邪馬台国は心の中にある」、だ。へ~!、でした。
実は先生、お住まいの場所に我田引水し、邪馬台国富士山北麓説をお持ちのようだが、流石にそれは抑えて、「心の中」としている。

何故かというと、どっちの説も、魏志倭人伝の数行をチマチマ穿り返し、ああでもないこうでもない、と論争をしているだけ。魏志倭人伝はトンデモ本だ、と決め付け、それは原典をよく読めば分る、そうだ。

つまり、魏国皇帝にとっては、チビな倭人なんかケモノ同様、どうでもいい東夷。
......以下は長くなるので、先生のブログを先ずはお読み下さい。

不二草紙 本日のおすすめ 「邪馬台国はどこにあったのか?」

な~るほど、そうか!、でしょう?
要はあれこれそういうことだから邪馬台国がどこか、なんてムダな詮索は止めよう。「邪馬台国は心の中にある」、としときましょ、というご提案(のよう)です。

先生のお説で、魏志倭人伝の著者が陳寿氏だった、と初めて知った。気にしてもいなかった。そして、陳寿氏は偉い、と思った。
テキトーに書いた本が、八ツ場ダムよりも遥かに長い間、多くの倭人のために、発掘と研究と論争という雇用を創出し、歴史浪漫をモタラシタのだから。

これまで日本史の先生の教えに呪縛され、魏志倭人伝を疑ってかかることはなかった。しかしこの度、先生のブログに感動し、目を覚ましたのです。
早速「邪馬台国心の中派」に日和ることにした。そして、心の中説シンパとして心派を応援したい。すなわち..........。

そもそも、遺跡は何故土の中にあるのか?

答え。.......それは大昔の家は低い土地にあったからである。
時々近所の側溝を掃除をしているけれど、雨の後、土砂がU字溝の底にドッサリ堆積しているのを見ると、低い土地は土砂でよく埋まる、ということがよく分る。

卑弥呼は偉かった。肉体労働をしないので汗をかかない。だから風呂に入らぬ卑弥呼の宮殿は、ムシムシする低湿地を避け、乾燥する高所にあった。

宮殿が低地にあるのは、ペルーの首都リマ(だったかな?)だけである。高所は空気が薄く低所の方が空気が濃かったからである。軽井沢に住む人の鼻が高いのもその所為ですからね。倭人は概ね鼻ペチャでしょうよ。

倭国では富士山頂など山岳地帯以外は、多少の高所では空気が薄いことはない。
多少の高所にあった卑弥呼宮殿跡に土砂は堆積せず、風雨に晒されるので遺跡にはならなかった。地滑りで土砂に埋まったとしても、宮殿は土地そのものが動いてしまい遺跡にはならなかった。

仮に宮殿の柱の跡が残ったとしても、狭い倭国の倭人どもは現代のニッポン人同様に宅地分譲か工場用地に造成し、卑弥呼の宮殿の跡が残るワケが無い、のでした。

卑弥呼の宮殿跡の発掘などいう、無いものを探す愚かな作業は止め、これからは心の発掘をしよう。邪馬台国が今更どこにあっても、倭人の子孫が当面の生活に困ることはない。
むしろ永遠の謎にしておいて、ケンケンガクガクする方が有益である。
それをどこかに決めてしまえば、反対派は失業するではないか。

このたびの「大発見」で、文科省の遺跡発掘予算が増額されるかもしれない。
仕分け人の方々、ここは慎重にお願いしますね。

と書いて、もう一度先生のブログを読み直しました。
「邪馬台国心の中」説を応援するつもりの「林住記」は、すっかり先生のブログに呪縛されている。
先生が称揚する木村鷹太郎センセイのような、思考の飛翔が無い。
しかし、今日的な話題に無理矢理結びつけている点を、少しは評価して下さいね



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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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どうもです (蘊恥庵庵主)
2009-11-25 15:31:43
なんか、いつもすみません、紹介していただきまして…恐縮です。
私はハッタリ教の教組として生徒たちに恐れられている(バカにされている)人間なので、あんまり洗脳されませぬよう(笑)。
でも、今後ともよろしくお願いします!
返信する
アワワワワ (森生)
2009-11-25 17:35:57
庵主先生さま

あわわわわ..........
まさか先生からおコメントを頂くとは.......

ユカイなHPを拝見し プロフィールを読み リンク自由と安心していましたら 最後に 連絡があれば と書いてあり どうしようかと悩んでおりました
まさか先生から 先におコメントを頂くとは......
身に余る光栄です 小浜大統領式最敬礼をします

ず~っと前から 本日のおすすめ を愛読しております
森生は トウが立った生徒のつもりです
今後とも ご指導のほど よろしくお願い申し上げます

(慣れないもので 先生のお名前を 手書きIMEパッドから引っぱれません 今後 時間をかけて 漢字登録しておきます)
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