林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

山桜

2007-03-31 | 林住期

 

 花冷え。灯油代を節約しようと多峰主山に登った。
土曜日なのに山中は人が少ない。
天気も怪しいし、下界の染井吉野が満開直前。
花の「名所」に行ってるのだろう。付和雷同の情けない奴等だ。

 山桜があちこちで咲いている。楚々として味わい深い。
明治以前の日本人はこの山桜を愛でていた。
少し歩き回っただけで汗をかいた。

 
 
 
 

         敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山さくら花    本居宣長

☆この歌は、右翼左翼両翼から、いろいろ誤解されているようだ。
本居宣長記念館」の方のご意見が載っているHP(上記の山桜)をご一読下さい。
森男は右翼でも左翼でもない日和見ですが......。


宵のうち

2007-03-31 | 歌の翼に

 

    待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ
    今宵は月も 出ぬそうな

気象庁では「宵のうち」を午後6時から午後9時と定義している。
この娘さん、3時間も待ったのだろうか。ケータイ無くて可哀そうに.....。

気象庁は天気予報用語から、「宵のうち」を削除する。
もっと遅い時間帯を表すもの、と誤解されているためなんだそうだ。
この秋から「夜のはじめごろ」に切り替える、と。

おいおい、暮れの内は5時には夜だったが、この頃は6時でも明るいぞ。
何かヘンね。
見直しに当たって国民の意見を募ったら、情緒ある言葉なので残して、という意見が目立ったが、時間帯を表す用語は誤解無く伝えることが重要、でチョン。
気象庁自身が、気象の変化をしばしば誤解している癖に、よく言うよ。

「夜のはじめごろ」では情緒もへったくれも無いやね。ならば「18時から21時」にしたら?。
例によってカタカナ英語にする準備かも知れない。

今日は、花冷え花曇り。予報では、

    今宵は一雨 あるそうな......。

▲絵・歌詞とも竹久夢二。曲は多忠亮(神武天皇の子孫、古事記の太安万侶の末裔!)。
ところで、この歌には2番がある。詞は西条八十が付け加えた。映画の主題歌として、夢二の誌だけでは短すぎて付け足した、とか。八十さん負けてる。

     暮れて河原に星一つ 宵待草の花の露
     更けては風も 泣くそうな


なぜ桜は薔薇か?

2007-03-31 | 知ったかぶり

 バラと過ごすバラ色の時間は5月。

 桜が薔薇科であることには疑問があった。
だが、植物の分類は毛唐がやったんだろう。毛唐は鼻が高いので視野が狭い。
極東の島国の桜なんかどうでもいい。ま、綺麗だから綺麗な薔薇科に分類しよう、と片付けたのだと思っていた。

 ところがいちご(苺・ストロベリー)も薔薇科と聞いてビックリ。

 視野が狭かったのは、低い鼻の森男だった。
この辺の説明を聞くと、知能も低いのでこんがらかっちゃう。四捨五入しよう。
つまり、桜、薔薇、苺は、

 ・花びらが5枚
 ・雄蕊(おしべ)が多数
 ・花びらが1枚1枚分かれている
 ・DNA(これ、よく聞くし使うが、そういえば何だっけ?)が似ている

なんだと。

 つまり、植物や動物は進化し変化するけれど、種子や子どもを作る部分は、子孫が続くかどうかに直結する重要問題なので、あまり急激には変化しない。
植物の場合のその部分は「花」。
それで花の似たもの同士を集めてひと括りしたら「薔薇科」になったそうだ。

 苺は草(えっ、野菜じゃないの?)。桜や薔薇は木。草は木から進化したものだから、分類上問題にならない、とも。
 桜や薔薇の花は千変万化。しかしそれは人間が勝手に弄ってしまったもので、人為的改良以前の花を、比較検討するらしい。

 ますます分からなくなってきた。
だったら、毛唐におべっか使わず、薔薇や苺を桜科にすれば良いじゃないか。
安倍晋三さんは何をしてる。

 秩父市上田野、昨夜の清雲寺しだれ桜。

 ま、桜がチェリーにならなかったことを良しとしよう。
頭痛くなるから、花見は素直に楽しもう。


甦らぬ日本の自然

2007-03-30 | 色めがね

 

 日本画の巨匠・河合玉堂が亡くなって50年。「河合玉堂展」が日本橋高島屋で開催されている。(4月2日まで)

 会場を入って直ぐ、金地に太い線で松を描いた「老松図」がある。
玉堂17歳の時の8曲の屏風絵である。
その力強さと、大きさに圧倒される。
東山魁夷や平山郁夫氏のような最近の人気日本画家は、絵の具を何回も油絵のように塗り重ね、こういう線は描けない。
画家や職人に大学は必要無いようだ。

老松図以外の玉堂の作品は、優しく淡く瑞々しい。
山も川も野原も家も、現代日本にはもう無い風景である。
殆ど全ての風景の中に、もう絶滅した日本人がいる。
樵、百姓、農婦、筏乗り、漁師、鵜匠.......。
点景として描かれた人々の姿形は貧しいが、生き生きと生活を楽しんでいる。

桜は山桜。
貧しい家並みは、豊か。

没後50年。日本の自然は、玉堂の絵の中でしか甦らない。

切符は「渓村春雨」。同構図で秋を描いた「彩雨」は、去る11/28付記事「秋眠」をご覧下さい。
青梅市の「
玉堂美術館」は見逃せない「行楽地」です。


思庵

2007-03-30 | 林住期

  与謝蕪村 十宜帖の内「宜夏図」

 遠藤周作が素人劇団を作ったときに、劇団に「樹座(きざ)」という名を付けた。
他の誰かの劇団に「いざこ座」と言うのもあったようだ。
「劇団ひとり」は個人営業。

 白洲次郎・正子夫妻が東京都(武州)と神奈川県(相州)の境の鶴川に移築した邸宅は「武相荘」である。先客万来なのに「無愛想」にかけて、上手い。

 森男も羽振りが良かった頃(そんな時あったかな?)、林の中に庵を結んで、思索に耽る時が欲しかった。(きざだねぇ)
もちろん、そんな夢は叶わなかった。
 時は移り今は、思索に耽りすぎて、被害妄想状態。気分を持ち上げないと。

 そうだ、白洲夫妻に習って、わが小屋にも風流な名前を付ければいいじゃないか、と。
だが、玄関に扁額を掛けるのは、余りにも不遜、不釣合い。

 わが賤が伏屋で一番落ち着く場所は、はばかりながら、「はばかり」だ。
ほかほかとお尻温か。思索に耽るには最適。
そうだ、はばかりに庵号を付けよう。
 それで、唸り苦慮した結果......。

    「思 庵」..........。読み方は老荘風に「思案」です。王朝風に「思ひ庵」とも。

 ついでに思いついた良い名前がある。個人タクシーのお父さんに捧げます。

    「ワタクシー」。 ......江戸っ子ならば、「アタクシー」でもいいと思う。

 また、はんこ屋さんには洋風に、「バイアグラ印房」。
但し、所沢の航空公園駅近くの「有限会社▲▲印舗」さんはお止めになった方がいい。
せいぜい、「ナイアガラ印舗」くらいにしておかないと、薬屋さんから訴えられます。

■字余り(○×ソーシャル「コトノハ」より)
      このオレに 暖かいのは 便座だけ    ......


土手の春

2007-03-29 | お節介

 

 5年前に庭から移植したこぶし(辛夷)がようやく咲き出した。自然実生苗だった。
2年前には横瀬の「県民の森」で採取した種から芽が出て、ポットの中で移植を待っている。どこに植えるか悩ましい。
 雪柳は、庭で大株になる前に移植して、今では背丈ほどの大株に育った。
もう雑草には負けないが、へくそかずら(屁糞蔓)やあけびの蔓には弱く、これも悩ましい。

 森林公園で拾ったなんきんはぜ(南京櫨)はまだ60センチ。雑草に埋まらないよう、一緒に刈ってしまわないよう、これもまた悩ましい。

 

 さんしゅゆは庭の実生を移植して去年からようやく咲き出した。
この木はフェンスから道路にはみ出して、剪定をする。
剪定をすれば花が減る。これまた悩ましいところ。
 丘の上公園で拾った山桜も背丈の2倍になり、僅かだが花をつける。
山桜は大木になる。電線に掛かるのはあと数年後。今から悩ましい。

 20年間、ほったらかしだった市の所有地で、何も悩むことは無いのだが、植えた以上は愛着がある。
 すみれ(菫)は可憐なのに頑固。いくら移植しようとしても枯れてしまう。それなのに舗装の割れ目には自然に芽吹いて見事な花を咲かせる。
椿、小手毬、山吹、萩......。まあ、なるようになる。暫く花だけ楽しもう。

 


庭のお花見

2007-03-29 | 庭いじり

 

 ゆすら梅が満開になった。
梅といっても、花は桜そっくり。赤い実が6月頃たわわに実る。
姫たちが唇を赤く塗る前は、ひよどりと競争で食べられてしまった。
甘くて美味いのである。
繁殖は種撒きか挿し木。どちらも簡単に出来る。
潅木なので、狭い庭にはぴったりだ。
桜と異なり、枝を切っても痛まない。
ぼけ(木瓜・東洋錦)の花と混じって賑やかに咲いてくれる。

 

 はなにら(花韮)。匂いが韮そっくり。極めて丈夫。ほったらかしでも毎年沢山の花を咲かせる働き者だ。
色は白と青。匂いからは想像できない可憐な花を咲かせる。
5月になると、葉は溶けて球根は次の晩冬まで休眠する。

 

 かたくり(片栗)がいつの間にか咲いていた。
栃木県の知人が庭から抜いて、ダンボールに詰めて送ってくれた。
あんまり多いので、植えつけるときに大童で、悪いけれど呆れてしまった。
だが、新開地の痩せ土には適応出来ず、毎年数が少なくなって、咲くのは数輪になってしまった。
やはり野に咲けかたくりは、である。

 梅は終わり、さんしゅゆも盛りを過ぎ、こぶし(辛夷)、椿が順番に咲きだした。以後、花ずおう、大手毬、庭桜、躑躅、皐月が咲いて夏が来る。
偽庭師の活動期に入った。

 花見は庭で十分なのだが、外へも行きたい困った春だ。


シャングリラ

2007-03-29 | 知ったかぶり

  ロッククライミング。

 中国の奥地にはシャングリラ(桃源郷)があるそうな。
いまだに夜這いがあるそうな。想像だけでも嬉しいね。
一夫多妻であるそうな。否、一妻多夫だ。.......困ったな。
生まれた子供は家の子で、誰の子か、なぞ問題にしないそうな。これまた嬉し。
最近の日本では、母の子であって、誰の子か分からないなんてのもあるらいいが。

 男たちは石積みの壁を攀じ登る。
思春期になると、ロッククライミングの練習をする。

 日本にも夜這いはあったそうな。今でもある、と見栄張る人、いるんじゃないか。口惜しい。.....もう、手遅れだけど。
その辺の事情は「夜這いの民俗学」(赤松啓介著・明石書店刊)に詳しい。
著者は在野の民俗学者。筋金入り。民俗学の神様・柳田國男をコテンパンにこき下ろして勇ましい。
下半身があって上半身がある。柳田は上半身ばかりを研究して、大事な下半身の民族学を無視した、気取りゃがって、と。

 本では日本での夜這いの作法を具体的詳細に紹介している。
女は雨戸の閂を外しておく。男は音がしないように、敷居に自分の.......、以下略。
これから先は、その気になって、よ~く考えるか、神田の古書店街へ行って、この本を買って下さい。

 ついでに、獅子文六の大ベストセラー小説、「てんやわんや」も。
敗戦直後の、四国宇和島の奥地を紹介して、抱腹絶倒の小説です。
うららかな、品の良い喜劇小説で、まるで赤松啓介さんの世界。まさしくシャングリラ。

 この民俗学を読んで直ぐ、職場の糞真面目な同僚に見せたら、ぜひ貸してくれ、と。
以後20年間、返してくれない。本を読んで元気回復と思ったが、本が無い。
こら、返せ。偽善者。泥棒~っ。

  おお、シャングリラ!

♂写真は朝日新聞連載記事から奪い取りました。♂印、上向かないでゴメン。

 柳田國男の民俗学について、丸谷才一先生も書いている。
随筆集「双六で東海道」の中の「たまにはお金の話」です。
硬貨の始まりは美しさや稀少性から子安貝だった。子安貝は女陰を連想させ、安産のお守りにもなった。
だが代表作の「海上の道」ではそういう事はちっとも言っていない、とし

   彼の学問は王権とかセックスとか官憲の忌避に触れさうなことはぜったい口にしないといふ
   ものでしたから、まあ、仕方がない。

と続けて、赤松啓介先生の言い分を間接的に認めています。


ようやく顔振峠

2007-03-28 | 色めがね

  「顔振峠付近の早春」

 「まるひろ」には開店前に到着。
風除室には既に10人。所沢の高山名山さんも。
みな手ぐすね、という感じ。
店側から緑茶が振舞われた。こういった気配りは、池袋の巨大百貨店では絶対無理。

昨日準備作業に携わった古くからのお弟子さんもいる。
開店と同時にエスカレーターを駆け上がって、昨日の作業で見極めておいたから目指す作品に一直線。
「梅咲く顔振峠」に赤丸を貼って貰った。(絵葉書から転写した画像が前稿にあります

小島喜八郎先生の「顔振峠」シリーズはずっと以前から欲しかったのである。
今回の作品は近景の梅が満開で、季節は過ぎてしまったが、来年楽しめる。
中景の山の色が強過ぎて、いったん洗い流したそうである。そのため近景に較べて淡い色合いになって、奥行き感が一層増している。
先生もお気に入りのようで、絵葉書にしたのである。
この地域に住んだ証として、最期まで持ち続けたい。

高山名山さんは「春の堀」。
先生が愛惜を込めて描き上げた作品だ。少年時代に遊んだ堀川が中央に縦に流れ、周りに古い低層の家屋が並び、奥に加地丘陵が見える。
実は森男もこれが欲しかった。
だが、昨年から絵を先生に教わっている名山さんに譲ることにした。
なに、名山さんが逝ったら何とかなるさ。

他に「名郷風景・大持山を望む」は、先生の古くからのお弟子さんのものになった。
近景の街道に民家が並び、中継には名栗の山並、遠景に大持山が見える。
華麗な色彩が溢れ、名栗の深緑の山が極めて美しい。

実は、柱の影の死角に欲しい作品がある。余白をたっぷり取った構図が面白い。
西吾野駅近くの神社の祭礼の幟を中心にして、透明感のある新緑風景である。
名前は、ナ・イ・ショ。会期末までに売れないことを願う。
先生のアトリエに引き取られたら、何とかなるのではないか。
毎年個展に素晴らしい新作を出すから、来年以降の楽しみを残しておこうか、悩ましいところである。

頭を冷まそうと、能仁寺に向かう。
途中、道路開通式典あり。大勢の人出。
鄙びた風景はガラリと変わり、我が家と同じようなペラペラな文化住宅が密集し始めている。
先生の風景は絶滅危惧風景となっている。

山越えで家に帰った。
能仁寺から天覧山を巻いて、尾根筋を歩き、多峰主山へ。
タウンシューズは歩きにくい。初夏の暑さで、ブルゾンを脱いでも大汗をかいた。
多峰主山は無茶苦茶な伐採が進んでまた眺望が良くなった。
頂上から飯能市街を見下ろして、天下を取ったようないい気分だった。

4日前からキリキリと差し込む腹痛は、いつの間にか治まっていた。
これ、先生の絵の効果。 

          「八幡様の杜」


飯能愛惜

2007-03-28 | 色めがね


タンポポ

「小島喜八郎絵画展」、まるひろ飯能店で開催中。4月2日まで。
先生の作品を掲載します。

  
梅咲く顔振峠     

                  
 新緑の季節


コスモス咲く山里


初冬の河原町


雪原の中の小川

付け加えることは以下の一行です。

「残したいふるさとの風景」

*「タンポポ」は今展には展示されていません。
おかげさまで、上から1点 入手


分かっちゃいるけど

2007-03-28 | 林住期

 法隆寺金堂天蓋付属「天人像」

 桜が咲き始めて、植木等さんの訃報である。
もっと生きていて欲しかった、とも思うけれど、明るい人にふさわしい、良い季節に亡くなったのではないか。

お呼びではないだろうが、林住期、遊行期の植木さんは森男のお手本である。
大御所先生にならなくて良かった。性格俳優になった植木さんは立派だった
延命治療を断っていたのも偉かった。密葬も良かった。
植木さんの帰依していた浄土真宗の作法に従い、

 ..........南無阿弥陀仏。

 桜の木の下には死体が埋まっている、と書いたのは坂口安吾だったと思う。
いくら強がってもあと何回花見が出来るか、という歳になってしまった。
近所の花見の名所は以下のとおりです。

丘の上公園
控えめな山桜の華麗。日高・飯能市民以外は来ないで欲しい。

聖天院
枝垂れ桜の若木多数。工事に次ぐ工事。20年先が楽しみ。

巾着田
増殖し続ける醜悪な施設には目を瞑って。なるべく早いうちに、巾着田が無くならない内に。

滝不動
ここは30年先を目処に、草むしりをしなくちゃ。国道からゴミ絶対捨てるな!

宮沢湖
西武のゴルフ場で、通れなくなってしまった山道を踏み分けて。

能仁寺
多峰主山と天覧山を登ったり下りたり。飯能河原の蕎麦屋「椚庵」を目標に。

秩父の清雲寺や蓑山、長瀞にも行かなければ........。

「林住記」なんか書いている場合じゃない。
花見もブログも、分かっちゃいるけど止められない、のだ。

   世の中に、絶えてブログのなかりせば 春の心ののどけからまし

はい、それまでよ。  (名歌を2度もパロッてしまう無責任。業平さんゴメン。)

             ◇お呼びでない付け足し◇
              植木等さんの著書「夢を食いつづけた男」(朝日文庫)はお勧めです。
              父親の熱血住職・徹誠のことを書いてある。
              なお、「分かっちゃいるけど止められない」は、人間の弱さについて
              親鸞上人の教えに通じるものがある由


個展準備

2007-03-27 | 色めがね

  
      「梅咲く集落(飯能市岩淵)」 小島喜八郎画

 高山名山さんと、地元の画家の個展の準備にもぐりこんじゃったのだ。

20年も前から追っかけをやっていて、先生のお人柄と素晴らしい作品に惚れている。
1点ぐらいは買いたい、と憧れていたが、会場に行っみると殆ど全て売約済み。
精神衛生上はなはだ宜しくない。

作品は飯能・日高の町並みや、周囲の自然を実に巧みに切り取って麗しい。
この辺をうろうろした森男の、大切な記念品にしたいのだ。

そこで、名山さんと一計を巡らし、個展の準備作業に潜りこむことにした。
二人ともイベントは手馴れたもの。10数年ぶりのてんやわんやに血は騒いだし。

実は先生の古くからのお弟子さんが7人も来ていた。
準備作業は良く準備され、慣れた人たちだから、順調に進んだ。
作品は葉書2枚大の水彩画が9割で、体力はあまり必要としない。

だが、壁に間隔を等分に空け、高さを揃えるとなると、約70枚の作品を展示するのは意外に大変な作業である。
お陰様で十分作品を手にとって鑑賞吟味できたけれど。

作業が終わりかけて、欲しい作品に赤丸を付けて貰おうと、さりげなくお願い。
ところが先生にピシャリ、と断られてしまった。

  明日の開場に駆けつけるお客様に対して、それは失礼である、

と。

............ま、そりゃそうだわな。実にセコイ。セコ過ぎる。反省。
だから、先生、尊敬出来るのです。諦めます。
明日は早起きして、一番で駆けつけます。

その代わり、組絵葉書を頂戴した上に、食堂でビールまでご馳走になってしまった。

絵葉書だけでも「林住記」でみせびらかしたいのだが、明日は早起き、早く寝る。
今夜のところは、個展案内葉書だけを掲載します。
印刷会社の腕が悪く、 canoscan  と dynabook の性能が劣るので、実際の作品より、色がきつく、濁っている。
実物はすこぶる端麗にして甘口。コクもキレもある。
ウットリと酔ってしまい、あれもこれも欲しい。

嘘か本当か(本当に決まってる!)、個展会場に見に来て下さい。
但し、会場の「まるひろ飯能店」の開店と同時に入ろうとしないこと。
もし早く来たら、名山さんと一緒に、エスカレーターから突き落としてやる。
そのつもりで.....。

個展の名前は 「この地を描く-小島喜八郎絵画展」。
期間は3月28日~4月2日。

ゆっくり、来てね。

◎小島喜八郎先生の略歴◎
飯能生まれ、飯能高校卒業/安井賞展、現代日本美術展、国際青年展、風の芸術展等入選

◎ご著書◎
画集奥武蔵、詩画集めざめた風景、油絵の基本、小島喜八郎画


後始末

2007-03-27 | 高麗便り

  「樵夫」 ボドラー画 (大原美術館蔵)

 東電の下請けの作業員が挨拶に来られた。
雑木林の枝を伐採するので、車を移動してくれ、と言う。
これから新緑を楽しめるのに残念。でも、他人の持ち物だし、既に電線に掛かったりして危険。
山林の伐採を闇雲に反対する人が多いが、時々伐採しないと却って山林は荒廃する。

 普段から地主に代わってこの雑木林の手入れをしているので、作業員にキッチリ後片付けの方法を伝授してやった。でも作業の監督は越権行為。
 で、別院に移植したアジュガの水遣りに出かけた。このところ毎日である。
草花を移植すると、以後雨らしい雨が降らなくなる。長雨に困ったら呼んで下さい。

 2時間程して雑木林に戻ってみると、綺麗に片付いていた。
作業員は4人。クレーン車ほか装備は十分で、手作業の森男なら2週間はかかる作業だった。

 

 多峰主山ほか、周囲の山林の伐採跡は滅茶苦茶である。
行政も、地主も、業者も、伐採後の後始末の仕方を知らないのだ。
ご隠居さんの山林管理の知恵は、子や孫には伝承されていない。
むしろ、新住民の方が知っているので、団地住民ボランティアが作業をしている「丘の上公園」や、ここの方が、ずっと良く整備されてる。

 てなこと考えながら笹刈作業をしていたら、急斜面で尻餅をつき、手首に10センチものみみず腫れを作ってしまった。ヒリヒリ痛い。

 他人を呪わば、穴二つである。


ベッドルーム特集

2007-03-27 | 林住期

 

 人前では、無視されているのに見栄を張って、階段を歩いて登る。
朝、布団から出る時は、立ち上がるまでの段取りをよく考えて、そろそろと立ち上がる。
急に立ち上がったら、腰の部品が外れてしまうから。
立ち上がる時は、座卓に手をつくか、膝に手を置いて、よっこらしょ、どっこいしょ。
情けないものである。
仲間の多くは寝台に代えた。そろそろその時期かも.....。
階段だって、手摺が必要かも。

 「ニトリ」という店のちらしが入った。「ベッドルーム特集」である。
ご案内のHPは素晴らしく、買わないけれど、楽しみ勝手が良い。
魅力的なデザイン。手ごろな価格。
所得税を源泉徴収されなければ、買える値段だ。でも、買えない。
お金はあるよ。なにしろ、主力銀行では、大口預金者として遇して下さる、と見栄。
ただ、いずれ近いうちに塩を撒かれるに決まっている。
年金は減る、税金は増える、介護保険料、健康保険料、みな上がる。
あと、何年生きるかも分からない。命よりもお金が大切。

 政府は年金生活者は金を使わないので、税金や医療費で搾り取ろうとしている。
ますます、年金生活者は財布の紐を締めるのはアタリマエ。
老齢者控除の廃止は痛かった。だが、老齢者と言われたくは無いから、まあ良いだろう。
 代わりに、「年金受給者リホーム控除」を新設して貰いたい。
それから、預金利息を低いままに据え置くなら、「国内旅行費控除」もね。

 ところで、「ニトリ」さん。品揃えが若向き過ぎないか。若い森男ならピッタリだが.....。
これでは、隙間風が吹いてるご同輩には、爽やか過ぎて、風邪引いてしまう。
少子高齢化が言われている割には、業者の方々は不勉強です。


ナビイの恋

2007-03-26 | 歌の翼に

  屋根の上のシーサー飾り

 遠くの親戚より近くの他人。
私があなたに惚れた十九の春は、映画「ナビイの恋」で歌われていた、とご近所の方がコメントを書いて下さった。感謝感激雨霰です。

 「ナビイの恋」はお婆さんの、信じられない展開の恋物語だった。
小渕恵三総理が「ナビイの恋」にすっかり嵌って、サミットを沖縄に持っていった、という説もあった。
前代未聞、奇妙奇天烈、極彩色のミュージカル映画だった。

  ブゲンビレアの花

 青い空と海に、鮮やかなブーゲンビレアの花々。「ひょっこりひょうたん島」から「ダニーボーイ」まで、あらゆる名歌をぶち込んだ、調子のいい映画だったので、この歌を忘れていたのだった。
 それでは........

     私があなたに惚れたのは ちょうど十九の春でした
     いまさら離縁というならば もとの十九に戻しておくれ

     もとの十九にするならば 庭の枯れ木を見てごらん
     枯れ木に花が咲いたなら 焼いた魚も泳ぎだす

     見捨て心があるならば 早く知らせてくださいな
     歳も若くあるうちに 思い残すな明日の花

     一銭二銭の葉書さえ 千里万里と旅をする
     同じ奄美に住みながら 逢えぬわが身の切なさよ

     主さん主さんと呼んだとて 主さんにゃ立派な方がいる
     いくら主さんと呼んだとて 一生添えない片想い

     奥山住まいの鶯は 梅の小枝で昼寝して
     春が来るような夢をみて ホケキョホケキョと啼いている

 古い歌だから、歌詞はいろいろある。著作権の内の「同一性保持特権」(3/21「いけないブログの僕でした」)には目を瞑って、那覇市を奄美に変えてしまった。
ブーゲンビレアの赤字は女、海の青字は男が歌い、一緒に染まって紫で合唱する。
ちっとも、深刻じゃない。太陽の下でじゃれあってる感じ。
南の島に行きたいな。

 泡盛飲んで、適当に、の~んびり歌いましょ。

  壷屋焼きの泡盛用水筒(日本民藝館蔵)

■ナビイの恋のあらすじ■
都会の生活に疲れた娘がオバア(ナビイ)とお爺さんの住む沖縄に帰ってきた。
三線の好きなお爺さんとブーゲンビレアが好きなオバアは平和に暮らしていた。
都会の生活に草臥れたニートが3人の家に転がりこんだ。
オバアが十九の頃、因習で引き裂かれて、ブラジルに渡った恋人が帰ってきた。
オバアが守り続けた、恋人の先祖代々の墓の前での切ないデート。
憧れのオバアと一緒になった、心優しく、ずっと年下のお爺さんはなにもかも承知して、お婆さんを許す。
オバアは恋人と手に手をとって、沖へ漕ぎ出す。
娘のお腹はいつの間にか膨らんで、さすっている。

●「十九の春」のメロディは、既出記事「十九の春の頃でした」のコメント欄で、ご近所の方が教えて下さいました。
HPに入って、ご試聴下さい。

 
 「奄美の杜(4)」 田中一村画