長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

才気超爆発!!イギリス時代のヒッチコック文句なしの最高傑作 ~映画『バルカン超特急』~

2024年06月28日 20時37分56秒 | ふつうじゃない映画
 ハイみなさまどうもこんばんは~! そうだいでございますよ~い。
 さぁさ、いよいよ夏だ夏だ! こちら山形ではつい先週に梅雨入りしたばっかりなんですが、私の住む山形はそんなにひどい雨も降らないし、基本的にもう夏本番といった感じです。今年も、ど~か暑さはお手柔らかに……

 そんでもって、今回はまた「ヒッチコック監督の諸作を観なおす企画」の続きでありますが、いや~、ついにここまで来たかという感じですね! いろいろと思い入れのあるタイトル。初期イギリス時代の代表作といっても過言ではない、この作品のご登場でございます!


映画『バルカン超特急』(1938年10月 97分 イギリス)
 『バルカン超特急』(原題:The Lady Vanishes)は、イギリス・アメリカ合作のサスペンス映画。原作はイギリスの推理小説家エセル・リナ=ホワイト(1876~1944年)の長編ミステリー小説『車輪は回る』(1936年刊)。

 本作のマクガフィン(観客の興味を引っ張るストーリー上の謎)である「ギター弾きの歌」に関してヒッチコックは、「ばかばかしいものだ」と言いつつも大いに気に入っていた旨の発言をしている(ヒッチコックとフランソワ=トリュフォーの対談集『映画術』より)。
 本作でノーントン=ウェインとベイジル=ラドフォードが演じたイギリス人の乗客2人は、1940年のキャロル=リード監督のスリラー映画『ミュンヘンへの夜行列車』(プロデューサーが本作と同じエドワード=ブラック)にもほぼ同じ役で再登場している。また役名は異なるが、1945年のホラー映画『夢の中の恐怖』や1948年のオムニバス映画『四重奏』にも出演している他、日本未公開の8作の映画にコンビで出演している。さらに BBCラジオでは、2人が出演するスピンオフラジオドラマシリーズ『チャータースとカルディコット』も1946~52年に放送された。
 ヒッチコック監督は、エンディング近くのヴィクトリア駅のシーンで、コートを着てタバコをふかし、肩をすくめて通り過ぎる人物の役として出演している。

 本作は、イギリス映画協会が1999年にイギリスの映画や TV業界の1000人に行ったアンケート「20世紀の英国映画トップ100」で第35位に選ばれている。
 また、イギリスの雑誌『タイムアウト』が150人以上の俳優、監督、脚本家、プロデューサー、評論家や映画界関係者に行ったアンケート調査による「イギリス映画ベスト100」で第31位に選ばれている。
 本作は1979年にシビル=シェパード主演で『レディ・バニッシュ 暗号を歌う女』(製作ハマー・プロ)としてリメイクされている。


あらすじ
 世界各国がふたたび戦争に突入しそうな不穏な時代。ヨーロッパ・バルカン半島のある国バンドリカの山奥でスイス行きの列車が雪崩により運行停止となり、駅の待合所では出発が翌日に延期される旨が乗客に告げられた。乗客にはクリケット狂のチャータースとカルディコット、トッドハンター弁護士と実は妻ではなく愛人で不倫関係にある仮のトッドハンター夫人、家庭教師のミス・フロイなどがいて、仕方なく駅の近くの狭いホテルに泊まることになる。チャータースとカルディコットは、ホテルで客室が足りないためにメイド用の部屋を当てがわれ、レストランでは食べる物が足りず、イギリス本国でのクリケットの試合結果情報も入ってこないので不満ばかり。同じホテルには、結婚前の最後の旅行を友人2人と楽しんでいるアイリス=ヘンダーソンというイギリス人女性がいるが、友人たちからは結婚を心配されている。その夜、ミス・フロイがホテルの自室で窓の外から流れるギター弾きの歌を聴いていると、上階からクラリネットと民族舞踊の踊りが始まり、隣室のアイリスはうるさくて眠れないので静かにするようにとホテル支配人に頼む。しかし上の階のギルバートは、クラリネットで民族舞踊を記録するのは大事な作業だと譲らなかった。支配人に部屋を追い出されたギルバートはアイリスの部屋に転がり込んできて、根を上げたアイリスはギルバートを元の部屋に戻してもらう。この間、ホテルの外にいたギター弾きは何者かに殺される。
 翌日、列車運行は再開されるが、アイリスは出発時にミス・フロイを狙って落ちて来たと思われる植木鉢が頭に当たり、列車に乗ってからも意識が朦朧としていた。列車で同室となったミス・フロイと食堂車に行ってお茶を飲んで過ごし、客車に戻って一眠りしたアイリスが起きた時には、ミス・フロイは消えていた。同室の乗客がミス・フロイなど知らないと言ったため、不審に思ったアイリスは列車内を探し回るのだが、他の乗客も乗務員も初めからそんな老女は見なかったと口を揃える。さらに同乗していた高名な医師のエゴン=ハーツは、ミス・フロイは実在せず、アイリスが頭を打った後遺症で記憶障害を起こしているのだと断定した。ミス・フロイの実在を信じるアイリスは、たまたま乗り合わせていたギルバートと共に列車内でミス・フロイを探し始める。しかし、お忍びの不倫旅行中のトッドハンター弁護士は周囲の他人と関わりたくないために見た覚えがないと嘘を吐き、イギリスで開催されるクリケットの試合観戦に間に合いたいチャータースとカルディコットは、列車を停車させてでも捜し出すと息巻くアイリスの訴えを煙たがり、さらにクリケットを馬鹿にしたアイリスに激怒して協力を拒否してしまう。

おもなキャスティング
アイリス=ヘンダーソン     …… マーガレット=ロックウッド(21歳)
ギルバート           …… マイケル=レッドグレイヴ(30歳)
チャータース          …… ベイジル=ラドフォード(41歳)
カルディコット         …… ノーントン=ウェイン(37歳)
ミス・フロイ          …… メイ=ウィッティ(73歳)
エリック=トッドハンター弁護士 …… セシル=パーカー(41歳)
仮のトッドハンター夫人     …… リンデン=トラヴァース(25歳)
奇術師ドッポ          …… フィリップ=リーヴァー(34歳)
ドッポ夫人           …… セルマ=ヴァズ・ディアス(26歳)
クマー夫人           …… ジョセフィン=ウィルソン(34歳)
尼僧              …… キャサリン=レイシー(34歳)
アトーナ男爵夫人        …… メアリー=クレア(46歳)
エゴン=ハーツ医師       …… ポール=ルーカス(44歳)
ホテルの支配人ボリス      …… エミール=ボレオ(53歳)

おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(39歳)
脚本 …… シドニー=ギリアット(30歳)、フランク=ラウンダー(32歳)、アルマ=レヴィル(39歳)
製作 …… エドワード=ブラック(38歳)
音楽 …… ルイス=レヴィ(43歳)、チャールズ=ウィリアムズ(45歳)
撮影 …… ジャック=コックス(42歳)
編集 …… ロバート=E=ディアリング(45歳)
製作 …… ゲインズボロウ・ピクチャーズ、ゴーモン・ブリティッシュ映画社
配給 …… メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(イギリス)、20世紀フォックス(アメリカ)


 きたきたきた~! バル超! バル超! そんな略し方してる人が果たしているのかどうかわかんないのですが、列車ミステリーというジャンルで行くと、かの名作映画『オリエント急行殺人事件』(1974年 監督シドニー=ルメット)や、我が国が誇る伝説のカルト映画『シベリア超特急』シリーズ(1996~2005年 監督マイク水野)の祖先にあたる作品ですし、本作後半の列車スリラーアクションという展開から見れば映画『新幹線大爆破』(1975年 監督・佐藤純彌)や『カサンドラ・クロス』(1976年 監督ジョージ・パン=コスマトス)の源流ともなっているかなり重要な作品です。もしかしたら、黒澤明の『天国と地獄』(1963年)とか、スティーヴン=セガールはんの『暴走特急』(1995年)にも、このバル超の血が流れているのかも~!? いや、関係ねっか。
 ちなみに、映画じゃなくて原作小説の『オリエント急行殺人事件』をアガサ=クリスティが発表したのは1934年のことなので、そこはさすがにミステリーの女王が一歩先をリードしております。そこはやっぱ、そうよね~。

 ただし、ヒッチコック監督はこの作品以前にも、「船」とおんなじくらいに作中によく「列車」を登場させていますし、特に『第十七番』(1932年)や『三十九夜』(1935年)『間諜最後の日』(1936年)では、作中の大きな見せ場に「走行中の列車内」というシチュエーションを持ってくるテクニックをすでにバンバン使っています。やっぱり、もうもうと黒煙を上げて驀進する機関車というイメージが、映画ならではのサウスペンスフルな興奮と相性がいいんですかね。
 それでも、本作『バルカン超特急』の「列車成分」は格段にアップしているというか、具体的に見てみますと「上映時間97分中、67分が列車内」という高濃度になっております。イメージだけだと、もっと列車シーンばっかりだと思ってたんですけどね。

 さて、本来ならば、このヒッチコックおさらい企画をやるときは通常、ざっと映画本編を見た上でシーンごとで気になったポイントを羅列していく「視聴メモ」のコーナーを設けているのですが、今回『バルカン超特急』に関しましては、もうそんなこといちいちやってたらこの記事の字数が2万字を余裕で超えてしまいますので、やりません! もうとにかく皆さん、まだ観てないという方はとにかく観て!!

 いやホント、ヒッチコック監督の約半世紀という悠久のキャリアの中でのベスト、最高傑作を選ぶことほど難しい問題もないのですが、こと初期イギリス時代に限って言うのならば、ヒッチコックのベストはもう簡単、満場一致でこの『バルカン超特急』で決まりだと思いますよ。いや、異論なんて、出てくる!?
 もちろん、ここにくるまでの諸作でも、21世紀の今観てもなお魅力的な傑作はいっぱいありました。『下宿人』(1927年)のショッキングなカメラワーク、『恐喝(ゆすり)』(1929年)の野心的なロング無音ショット、『暗殺者の家』(1934年)の緊迫感あふれる銃撃戦、そして前作『第3逃亡者』(1937年)のユーモアたっぷりなストーリーテリングと、ただ実験的なだけじゃなくて観客の興味をちゃんと引っ張ってくれるロングワンカット撮影!
 どの作品一つをとっても、「昔ものすごく斬新な映画監督がいたよ」という記憶に残ってしかるべき仕事ではあるのですが、ヒッチコック監督はそこで満足することなど決してなく、ついにそれらの良かった点をぜ~んぶまるっと一つの作品におさめ、それどころが全面において上位互換となる、さらにワンステップ上の超傑作を生んでしまったわけなのです。

 それまでのヒッチコック監督作品の、文字通りの総決算にしてネクストレベル、そして「次なる時代」を開く奇跡の鍵となった伝説的名作! それこそが、この『バルカン超特急』なのであります!! そこまででっかくブチあげていいでしょうか!? い~んです!! へぱりーぜ!!


 そもそも、私がこの作品の時代を超えた面白さのとりことなったきっかけは、かなり昔の話になります。

 話は『バルカン超特急』からも脱線してしまうのですが、そもそも私がアルフレッド=ヒッチコックという歴史的に有名な映画監督がいることを生まれて初めて知ったのは、ご多分に漏れず彼の映画そのものの鑑賞ではなく、彼の生涯を描いたバラエティ番組や、彼の映画を題材にしたパロディコントからでした。

 具体的に思い出してみますと、なんてったって1990年代の日本のテレビ界における「偉人伝バラエティ」といえばこれ!とも言うべき、日本テレビ系列で毎週日曜日の夜9時から放送していた『知ってるつもり?!』をはずすことはできませんね。関口宏と加山雄三!!
 ここでヒッチコックが特集されたのは1992年7月19日の放送回だったのですが、彼の生涯を通覧しつつも、あの「切り裂きジャック事件」をキーワードにヒッチコックと故郷ロンドンとの因縁をミステリアスに強調したり、はっきりパワハラとは言わないまでも、彼の映画に主演したブロンド美人女優たちとの愛憎関係にはっきり言及したりと、なかなか、当時紅顔の小中学生だったそうだい少年には刺激の強い内容となっておりました。ヒッチコックって、こえぇ!

 その他、思い出せる限りでは NHKで放送されていた同趣向の伝記バラエティ番組『西田ひかるの痛快人間伝』(1991~93年放送)の1992年5月14日放送回でもヒッチコックが取り上げられていまして、こちらはさすがに天下の NHKの教養番組だしナビゲーターも西田ひかるさんなんで、ヒッチコックの実人生よりも彼が監督した映画に導入されたグリーンバック合成や遠近法を利用した大胆な映像演出のセンスにクローズアップした内容だった覚えがあります。各映画にカメオ出演したヒッチコックの登場シーン集なんてのもやってましたよね。なつかし!

 そんな感じで、映画の面白さは西田ひかるさんから、人間ヒッチコックのヤバさは『知ってるつもり?!』から知らされた上で、私は満を持してヒッチコック監督作品そのものに触れる流れとなったのでした。あの、『痛快人間伝』(5月)と『知ってるつもり?!』(7月)とで、ヒッチコックを特集した時期がミョ~に近いんですが、1992年ってヒッチコックのなんかのアニバーサリーイヤーでしたっけ? 別に生没年のどっちから見てもキリのいい年ではないのですが……なんで?

 あ~、ごめんなさい! もひとつ、いっすか!?
 そういった伝記番組の他にもう一つ、私とヒッチコックとの出逢いを語る上で絶対に忘れるわけにはいかない、この番組のあの放送回に触れさせていただきたいと思います。個人ブログなんで、もちっと我慢してつかぁさい!

 それは、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』内のコントドラマコーナーで1990年12月1日に放送されたヒッチコック作品のパロディ『裏の窓』です!! うわ~なつかし~!!
 これ、もともと映画好きとしても知られているウッチャンナンチャンの趣味が爆発したような、毎回毎回有名な映画作品のパロディコントを繰り広げるコーナーの1エピソードだったのですが、特にこの回は、言わずもがなヒッチコックの超有名作『裏窓』(1954年)をそうとうぜいたくな予算のセットで再現していて、当時小学生だった私には本当に面白かったんです。足を骨折した役のナンチャンを介護する田中律子さん(当時19歳)の看護師がかわいかった! 今現在も私が健康的に日焼けした女性が大好きなのは、ここに原因があります。
 ここでは、ウッチャンが映画の登場人物でなく全身とほっぺに肥満体メイクをしてハゲヅラをかぶってヒッチコックその人を演じていたのですが、思えば、ここでの「なんか怪しげなおじさん」こそが、私とヒッチコックとのほんとに最初の出逢いだったのです。いや、本人じゃねぇけど!

 すみません、ここでいい加減にお話を戻しますが、こういったさまざまな前情報をゲットした上で最初に私が観た正真正銘のヒッチコック作品は、記憶する限りレンタルビデオでは1992、3年ごろに借りた『サイコ』(1960年)で、テレビで観た最初が NHK衛星第2(当時)の『衛星映画劇場』内で放送していた『バルカン超特急』だったのでした。やっと戻って来たよ~!!
 ここ、確か『サイコ』が先で『バル超』が後だったかと思います。なんでかっていうと、『バル超』を観てかなりほっとした記憶があるんですよ。「あ~、ヒッチコックって、やっぱウッチャンナンチャンがやってたみたいに面白い映画撮る監督なんだよねぇ!」って。

 そうなんです。『サイコ』は言うまでもなくヒッチコック畢生の大傑作ではあるのですが、やっぱりああいった感じでかなりトンガッた作品なので、正直、当時中学生だった私はドン引きしちゃってたんですよね。そしてその後に観たのがこの『バル超』だったので、その頭をからっぽにしてハラハラドキドキを楽しめる100% エンタメ全振りな内容に、胸をなでおろすことができたのでした。
 まぁ、そうやって安心した直後、調子に乗って『鳥』(1963年)を観ちゃって、再び恐怖のズンドコに叩き落されるんですけどね……もう、いじわる!!

 まぁ長々と思い出話をしましたが、私が言いたいのは、ヒッチコックのエンターテイナー、娯楽映画作家としての才能が最初にいかんなく発揮された大傑作こそが、この『バルカン超特急』なのではないか、ということなんですね。

 本作の面白さを語り出したら本当にキリがなくなってしまうのですが、大事なところをかいつまんで申しますと、「無駄な登場人物がいない」というか、「登場人物全員がキャラ立ちしている」という事実が大きいかと思います。そして、主人公であるアイリスとギルバートの凸凹コンビの好感度がハンパない!!

 上の情報の通り、本作はヒッチコック作品恒例の「男女カップル主人公」という定型を踏襲しているのですが、アイリスは婚約者との結婚を目前に控えたマリッジブルーまっただ中の娘さんで、対するギルバートは恋愛そっちのけで自身の民俗学研究に没頭するさすらいの放浪青年という、まるで接点の生じようのない関係から始まります。しかも、出逢いの最初はホテルの部屋の中でブンガブンガ大音響を立てて民俗舞踊を現地人に踊らせるギルバートにアイリスが「うっせぇ!!」と苦情を入れ、それを根に持ったギルバートが荷物をひっくるめて「同室いいっすか!? おめぇのクレームのせいで支配人から部屋追い出されたんで!!」とアイリスの部屋に押しかけるという最悪の状況から。高橋留美子のマンガか!?

 ところが、この2人があれよあれよという間に、「列車の中でアイリスが見知っている老婦人が失踪する」という謎をきっかけに距離を縮めていき、「老婦人なんて最初っからいなかったよ?」とか「モル……じゃなくてアイリス、あなた疲れてるのよ。」とか言われたりして孤立無援の状態になったアイリスを見て、「義を見てせざるは勇無きなり!!」とばかりに敢然と立ちあがった英国紳士ギルバートが彼女のナイトになるという、そりゃアイリスもフィアンセそっちのけで惚れてまうやろがいという運命的な関係に発展していくのです。

 うわ~、この甘ったるいまでのスリル&ロマンス!! まさにエンタメですよねぇ。ま、若干「吊り橋効果」の不正操作疑惑もありますが、ギルバートを演じるマイケル=レッドグレイヴの上品な雰囲気もあって、アイリスを助けるギルバートの存在は本当に飄々としていながらも頼もしく、かっこいいんです。
 いや~、このカップルってほんと、『三十九夜』のリチャード(演ロバート=ドーナット)とパメラ(演マデリーン=キャロル)の「出逢いも過程も最悪カップル」を反面教師にしてるとしか思えませんよね。リチャードは冤罪で逃亡中の身とはいえ、パメラにやってること最低すぎますから……本編終了後にパメラに速攻で訴えられるどころか、殺されても文句は言えません。

 ともかく、映画は「主人公にどれだけ感情移入できるか」が非常に大きいと思うのですが、今作は二重三重の構えでアイリスとギルバートのキャラクターを魅力的にする盤石の態勢を敷いているのです。
 私、不勉強なことに本作の原作である小説『車輪は回る』をチェックできていないのですが、アイリスのマリッジブルー設定あたりは原作由来なのかな。なんか、これまでのヒッチコック作品におけるヒロインたちは同性から見ると嫌な感じになりそうな状況に陥ることが多かった気がするのですが、婚約者をむげにフッてしまうような自由度すら持っている今作のアイリスは、けっこう画期的に新しいキャラなのではないでしょうか。

 このアイリスとギルバートの定番主人公ペアだけでも充分に面白いわけなのですが、今作のすごいところは、ここにさらに脇役ポジションでも「チャータースとカルディコット」という名コンビが加わっているという事実ですよね、やっぱ。
 上にあるように、この2人は嫌味なまでに英国紳士あるあるな滑稽さを備えたキャラであるために、本作の後に完全独立していくつもの映画やラジオドラマに登場する名コンビになっています。
 この2人の魅力は、本編序盤30分くらいの「無理やり泊まらされるはめになった雪のド田舎の宿屋」シチュエーションのやりとりでも十二分に発揮されているのですが、これが単ににぎやかし要員で呼ばれているだけでなく、のちに列車内の展開で「大好きなクリケットをバカにされたから捜査に協力してやんない」という、作品の本筋にも大きな影響を与える存在になっているのが本当に素晴らしいです。

 敵か味方かだけじゃなく、「機嫌が悪いと協力しない」第三勢力のいる作品世界って、ものすごくリアルで目が離せない緊張感を生む味付けになりますよね。ここが効いてるんだよなぁ! チャータースとカルディコットは、『それいけ!アンパンマン』のドキンちゃんやロールパンナの祖先だった……!?

 まぁ、終盤の銃撃戦でこの2人が異様に頼もしい戦力になるのは、さすがにご都合主義な感も否めないのですが、それも「俺達のクリケット観戦の邪魔をする奴ら……全員ぶっ殺す!!」という、イギリス・ウェールズ伝統の聖獣レッドドラゴンの逆鱗に触れた当然の結果であるとも言えます。よくできてんなぁ~。

 ちょっと、字数の都合で登場人物全員の魅力を語るわけにもいかないのですが、取り上げた2カップル4名の他にも、今作最大の謎の渦中にいる謎の老婦人ミス・フロイから田舎ホテルの支配人ボリスにいたるまで、もはやマンガチックと言うまでにキャラの立った人物のオンパレードで、本作は本当に楽しいです。もちろん、だからといって単なる喜劇になっているわけでは決してなく、楽観的で平和主義を標榜するトッドハンター弁護士があんな目に遭ってしまう描写なんかは、背筋がぞわっとするリアルさがありますよね。一瞬にして場の空気が変わる、その見事な演出。

 たくさんいる魅力的なキャラの中でも、特に私がおおっと感じたのは、クライマックスになって実はそうとう悪い役だったと判明する、あの人ですよね。それまで列車の中では無口で目立たない存在だったのに、主人公たちの乗る列車が走り去るのを見て、ハーツ医師の横でタバコをスッパーと吸って微笑する姿は、悪の大幹部の魅力たっぷり! あっ、この人、前作『第3逃亡者』で意地悪な叔母さんを演じてた人か! そりゃ悪いわ。


 俳優さんに限らず、この作品は本当に語るべき魅力がたくさんあふれまくりの大傑作なのですが、やはり主人公たち一行と観客の視線が一緒になって、「異国の地で孤立無援となったヒロインは救われるのか」、「失踪した老婦人はどこへ行ったのか」、そして「一行の乗ったバルカン超特急は無事に終着駅にたどり着くことができるのか!?」という興味がクライマックスに向かってきれいに集束していく構造の美しさ! ここが最大の魅力だと思います。ただ笑えるシーンやドキドキするシーンがつるべ打ちになってるだけじゃなくて、全てが伏線となってハッピーエンドにつながってゆく……無駄な部分がほぼないんですよね。

 よく言われますが、国際的にかなり重要な機密情報が、ほんとにあんな単純で短い鼻歌のメロディにおさまりきるのかという問題は当然あります。でも、

「こまけぇこた、いいんだよ!!」

 という、チャキチャキのロンドンっ子ヒッチコックのエンタメ精神が、これほどまでにはっきり打ち出されたマクガフィン要素も、他作品には無いのではないでしょうか。後年の『サイコ』における「横領した現金4万ドル」と比べて、どんだけ粋で風流なんだって話ですよ。


 本作『バルカン超特急』は、確かにヒッチコック「全生涯中のベストはどれか?」という観点からすれば、決して目立つ位置にはいない作品であるとは思います。
 しかしながら、彼がただの映画監督どころか、名匠と讃えられるレベルの人達の中でも、さらに数段上の次元に達している人物であるがゆえに、そんな信じられないクオリティのインフレを招いているのであって、『バルカン超特急』単体は押しも押されもせぬサスペンス映画の大傑作であることは間違いないでしょう。
 古い映画とあなどることなかれ……ほんと、観て絶対に損しない名作だと思いますよ。時間だって1時間半ちょっとよ! ぜひぜひ見てみて!!

 こうして、監督デビューから13、4年目にしてとんでもない傑作を生んでしまったヒッチコック監督なわけですが、この才能はイギリス一国に留まらず、海を渡って映画の都ハリウッドへと、進化の場を移していくのであります!
 さぁさぁ、 サスペンスの巨匠ヒッチコックの真の大躍進の場となるアメリカ・ハリウッド編が、ついに始まるぞぉ~!!


 ……え? ハリウッド編、まだ? もう1本、イギリス時代の作品が残ってるって?

 あぁ、そう……じゃあ、次回はそれいってみよっか。そのあとハリウッドね、うん……
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする