代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

農産物貿易自由化と遺伝子組換作物とインド農民の自殺

2013年01月26日 | 自由貿易批判
 以下は拙著『自由貿易神話解体新書』(花伝社、123-126頁)に書いた内容です。私が以前にTPPとモンサント社と経団連の米倉会長に関する記事を書いたところ非常に多くの反響がありました(この記事)。この問題への関心が高まっているようですので、遺伝子組換作物とインド農民の自殺に関する以下の文章も拙著より抜粋して紹介させていただきます。

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 TPPにおいて米国は、日本の遺伝子組換作物と農薬に関する諸規制の緩和を求めるだろう。日本経団連の米倉弘昌会長は農薬会社の住友化学出身である。その住友化学はモンサント社と長期業務提携を結んでいる。住友化学は、モンサント社と共同で、同社の遺伝子組換作物とセットにして販売する農薬システムを開発するという。

 米倉経団連会長が、日本の財界を代表するという公的な見地からTPP推進を唱えているのか否か、すこぶる疑わしい。米倉からすれば、日本政府が遺伝子組換技術の規制緩和というアメリカの要求を呑むことが、自社利益につながるという関係にあるからだ。典型的な利益相反であろう。こうした利益相反関係にある人物を日本経団連会長という公的立場につけてしまうところが、既にして日本のシステムが構造的に抱える制度的欠陥を露呈しているのである。
 このような人物が推進の先頭に立って旗を振っているTPPになど参加すれば、日本の生態系と食品の安全性と農家の生活に重大な脅威となるであろうと懸念するのは当然である。

インド農民の自殺 

 農産物の自由化と遺伝子組換作物の自由化がどのような帰結をもたらすのかに関する一事例としてインドを見てみよう。
 米国ニューヨーク大学の「人権と国際正義研究センター」は2011年、『30分ごとに ――インドの農民自殺、人権、農業危機(Every Thirty Minutes: Farmer Suicides, Human Rights, and the Agrarian Crisis in India)』と題したレポートを発表した。
 原文は下記サイト。
http://www.chrgj.org/publications/docs/every30min.pdf

 インドではWTOに加盟した1995年以来、16年間で合計25万人もの農民が自殺をした。レポートの表題通り、「30分ごとに1人」の割合で自殺者が出ていることになる。もっとも、農民の自殺に関する政府統計は低く見積もられている。自殺した時点で土地を所有していた人々しか統計に含まれていないので、土地を持たない下層カーストや小作農民などが統計から漏れているからだ。インド農民の自殺に関する正確な数字は分からない。

 自殺者がとくに多いのは、前掲レポートによれば、綿花生産地帯である。綿花部門は、1990年代IMFや世界銀行の「構造調整」によって、貿易自由化と民営化、さらに政府による保護措置の撤廃を求められた。インド政府は小麦やコメのような穀物部門に関しては、現在でも100%を超える関税率を維持して抵抗を続けているが、基礎的食糧品ではない綿花に関しては、早々に自由化の軍門に下ったのであった。

 インド農民は借金をしてモンサント社が特許を持つ「Bt綿花(殺虫成分を分泌して害虫を駆除する遺伝子組換綿花)」を導入し、生産の拡大を図った。その後、綿花の国際価格が下落の一途をたどったため、借金の返済が不可能になって、自殺する農民が後を絶たないのである。インド農民は借金をしてまでモンサント社の農薬と、同社の遺伝子組換綿花をセットで導入し、借金を返せなくなって自殺に追い込まれている。多くの農民はその農薬を飲んで自殺するという。

 綿花の国際価格が長期に下落を続ける理由の一つは、国際的な批判にも関わらず、アメリカ政府が支出を続ける綿花の輸出補助金にあることに異論の余地はない。アメリカは世界最大の綿花輸出国である。米国はIMFを通して途上国政府に補助金の撤廃を求めながら、自国は生産費の半額程度を補助してまで綿花のダンピング輸出をするというダブルスタンダードで、綿花の国際価格下落に貢献してきた。

 アメリカの納税者にしてみれば、なけなしの所得を税金で取られたあげく、一部のアグリビジネスの利権のためのダンピング補助金に使われ、知らないうちにインドの農家を自殺に追い込むのに加担してしまっている。アメリカ国民が事実を知れば、やり切れない気持ちになるだろう。しかし、事実関係が米国民に正しく知らされることはない。
 
 インドでは綿花部門の自由化だけで既にこれだけ大量の自殺者が発生している。自由化が小麦やコメにまで及んだら、いったい自殺者はどこまで増えることだろう。
 

  


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