代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

オウム真理教と日本会議のあいだ

2018年03月23日 | 政治経済(日本)
オウム事件の後「何であんなエリートたちが、あんな犯罪に関与したのか」と散々議論されたものだった。じつは私の知人(友人ではなかったが)でも、オウムに入信した人がいた。彼は、お受験の偏差値が高かったという、偏差値エリートとしてのプライドと自尊心は高かったが、読書量も少なく、高校までに人生や社会について深い思索を重ねたことがなかったようだった。中味は薄っぺらく、考え方は幼稚だった。自尊心は高いが、自分に能力のないと、それを覆い隠すように、寄らば大樹と教条的な教義を掲げる組織に思考を預けてしまうと、自分で考えなくてよいので楽になる。そうした点で、日本会議に入る方々のメンタリティにも同質性がある。物理的なテロではないものの、完全に言論テロリズムだ。いまこれを放置すると、本格的な国家テロの時代に突入するだろう。 . . . 本文を読む
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ポスト安倍は脱日本会議でなければならない

2018年03月21日 | 政治経済(日本)
 いま展開されている事態は、日本会議による国家乗っ取り策動である。明治時代に長州閥が、国家を乗っ取った過程を繰り返えそうとしているのだ。  ポスト安倍として取りざたされている、石破氏も日本会議、岸田氏も日本会議、なんと野田聖子氏まで日本会議・・・・。ポスト安倍で名前の挙がる人物で日本会議に所属していないのは河野太郎外相くらいである。自民党が内外に自浄能力を示そうとするのであれば、河野さんを首相にす . . . 本文を読む
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内閣人事局の機能を国会へ

2018年03月18日 | 政治経済(日本)
問題の根源は内閣人事局である。どうやら官僚は、どんなにエリートであっても(いやエリートであるが故に?)、権力者に人事権を握られると、法律を守るという公務員の責務を放棄しても、権力者に媚びることが優先事項になってしまうようなのだ。エリートたちにとって、立身出世は、何にも代えがたい至高の価値のようである。右派が政権を取れば、「日本会議のシンパだから・・・」といった理由で事務次官に任命され、かりに左派が政権を取れば「労働組合出身だから・・・」といった理由で事務次官になってしまうかも知れない。ではどうすれば良いのか? 各省の事務次官は国会が任命すればよいのである。 . . . 本文を読む
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