今回は小田原城攻め。いくつか定説を覆すような描き方がされました。まず真田源次郎が、前田利家・上杉景勝・真田昌幸らの北国軍には加わっておらず、秀吉の馬廻り衆として秀吉本陣に詰めていたという設定でした。定説では、真田信繁は北国軍に加わり、それが信繁の初陣だったといわれることが多いです。これは新しい描き方だったと思います。
平山優氏の『真田信繁』(角川選書)によれば、信繁は昌幸や信幸とともに北国軍に参加していたと記述されている史料もあるそうですが、いずれも江戸時代に編纂された史料であるため信憑性には疑問があり、確実な同時代史料で源次郎が北国軍に加わっていたことを立証するものはないでそうです。この設定は脚色というわけではなく、実際にそうだったのかもしれません。
これまで秀吉の馬廻り衆として描いてきているので、このときにのみ一時的に馬廻り衆を外されて昌幸の軍に戻るというのもおかしな話になります。この設定はそれでよいのです。しかし源次郎が板部岡江雪斎や本多正信や徳川家康にまで見込まれて氏政の説得に赴くというのは、大河にありがちな、行き過ぎた「主人公補正」で、あまり感心できないかも。さすがに主人公をヨイショしすぎでしょう・・・と。
ちなみに、妙な主人公補正がなかったという点で評価できたのは最近の大河では「八重の桜」でした。主人公に、ドラマの上で実際以上の超人的な活躍をさせませんでしたので・・・・。
さて片や真田信幸はといえば、大道寺政繁が守る松井田城攻めで大活躍することは同時代史料からもうかがえます。こちらは史実なのですが、残念ながら信幸の活躍はスルーされました。松井田城の攻防戦は一か月にも及ぶ長期のもので、寄せ手も大変に苦戦したようです。
今回のドラマで、北国軍はとっても楽な戦いをしているように描かれて、しっくりしないものを感じました。実際には北国軍主力部隊の一角だった依田康国(依田信蕃の息子)が赤坂城の戦いで戦死するなど各地で激戦をくりひろげたのです。依田家は大将自らが戦陣の先頭で戦うのが家風だったようで、信蕃と康国という二代にわたって戦死しました。今回の大河でこの親子が描かれなかったのは残念なことでした。
真田信幸が忍城で苦戦する様子は少し描かれました。信幸は、「のぼうの城」でも主要人物として登場した坂巻靱負が守る出丸を攻め、出丸の乗っ取りには成功するが、本城からの反撃で春原権助など家臣が何人も戦死したと『真武内伝』等には記されているそうです。この様子はかろうじてドラマで描かれました。
「利家とまつ」や「天地人」でも感じたことですが、大河ドラマで描かれる小田原城攻めって、やはり何かを隠しているというか、しっくりこないものを感じます。今回もその印象をぬぐえませんでした。納得いかないものを感じるのは、城内の女・子供を含めて凄惨な大虐殺が行われた八王子城攻めが描かれないことでしょうか。利家とまつも天地人でも、およそ主人公がそんなことに加担しそうにもない人物として描かれていたため、どうしてもそのシーンはスルーせざるを得なかったのでしょう。
今回の大河の上杉景勝公はネットでは「天使」と呼ばれ、とてもそんなことをしそうにないです。やはりさすがの三谷さんもそこは描けないのでしょうか。
私は、真田軍はこの凄惨な八王子城攻めに前田・上杉とともに加わったものと思っていました。そして、真田が関係したすべての合戦の中でも、この八王子城攻めがいちばんダークな、不正義な戦であるように思えます。私も八王子城に赴いた折には、とっても後ろめたい気持ちがして、鎮魂の祈りを捧げつつ、登城したものでした。
北国軍は、松井田城、前橋城、箕輪城などを攻略したのち、知将・北条氏邦の鉢形城も攻略。鉢形城主の北条氏邦は養蚕の振興に力を注いだ民生家として知られ、明治以降の日本の近代化が養蚕によって成されたことを考えると、日本人は氏邦に感謝せねばならないと思います。
ついで北国軍が向かうのが八王子城だったわけです。ちなみに、鉢形城も八王子城も日本百名城に数えられている関東を代表する屈指の名城です。
平山優氏は『真田信繁』(角川選書)で、鉢形城を落とした後、前田・上杉は八王子城攻めに向かい、真田軍は浅野長吉らと忍城攻めに転じたと書かれています。今回のドラマは、この説に従って描かれているようです。通常の歴史書には真田軍は、前田・上杉と一緒に八王子城攻めに参加していると書かれています。真相はいったいどちらなのでしょう?
平山優氏の『真田信繁』(角川選書)によれば、信繁は昌幸や信幸とともに北国軍に参加していたと記述されている史料もあるそうですが、いずれも江戸時代に編纂された史料であるため信憑性には疑問があり、確実な同時代史料で源次郎が北国軍に加わっていたことを立証するものはないでそうです。この設定は脚色というわけではなく、実際にそうだったのかもしれません。
これまで秀吉の馬廻り衆として描いてきているので、このときにのみ一時的に馬廻り衆を外されて昌幸の軍に戻るというのもおかしな話になります。この設定はそれでよいのです。しかし源次郎が板部岡江雪斎や本多正信や徳川家康にまで見込まれて氏政の説得に赴くというのは、大河にありがちな、行き過ぎた「主人公補正」で、あまり感心できないかも。さすがに主人公をヨイショしすぎでしょう・・・と。
ちなみに、妙な主人公補正がなかったという点で評価できたのは最近の大河では「八重の桜」でした。主人公に、ドラマの上で実際以上の超人的な活躍をさせませんでしたので・・・・。
さて片や真田信幸はといえば、大道寺政繁が守る松井田城攻めで大活躍することは同時代史料からもうかがえます。こちらは史実なのですが、残念ながら信幸の活躍はスルーされました。松井田城の攻防戦は一か月にも及ぶ長期のもので、寄せ手も大変に苦戦したようです。
今回のドラマで、北国軍はとっても楽な戦いをしているように描かれて、しっくりしないものを感じました。実際には北国軍主力部隊の一角だった依田康国(依田信蕃の息子)が赤坂城の戦いで戦死するなど各地で激戦をくりひろげたのです。依田家は大将自らが戦陣の先頭で戦うのが家風だったようで、信蕃と康国という二代にわたって戦死しました。今回の大河でこの親子が描かれなかったのは残念なことでした。
真田信幸が忍城で苦戦する様子は少し描かれました。信幸は、「のぼうの城」でも主要人物として登場した坂巻靱負が守る出丸を攻め、出丸の乗っ取りには成功するが、本城からの反撃で春原権助など家臣が何人も戦死したと『真武内伝』等には記されているそうです。この様子はかろうじてドラマで描かれました。
「利家とまつ」や「天地人」でも感じたことですが、大河ドラマで描かれる小田原城攻めって、やはり何かを隠しているというか、しっくりこないものを感じます。今回もその印象をぬぐえませんでした。納得いかないものを感じるのは、城内の女・子供を含めて凄惨な大虐殺が行われた八王子城攻めが描かれないことでしょうか。利家とまつも天地人でも、およそ主人公がそんなことに加担しそうにもない人物として描かれていたため、どうしてもそのシーンはスルーせざるを得なかったのでしょう。
今回の大河の上杉景勝公はネットでは「天使」と呼ばれ、とてもそんなことをしそうにないです。やはりさすがの三谷さんもそこは描けないのでしょうか。
私は、真田軍はこの凄惨な八王子城攻めに前田・上杉とともに加わったものと思っていました。そして、真田が関係したすべての合戦の中でも、この八王子城攻めがいちばんダークな、不正義な戦であるように思えます。私も八王子城に赴いた折には、とっても後ろめたい気持ちがして、鎮魂の祈りを捧げつつ、登城したものでした。
北国軍は、松井田城、前橋城、箕輪城などを攻略したのち、知将・北条氏邦の鉢形城も攻略。鉢形城主の北条氏邦は養蚕の振興に力を注いだ民生家として知られ、明治以降の日本の近代化が養蚕によって成されたことを考えると、日本人は氏邦に感謝せねばならないと思います。
ついで北国軍が向かうのが八王子城だったわけです。ちなみに、鉢形城も八王子城も日本百名城に数えられている関東を代表する屈指の名城です。
平山優氏は『真田信繁』(角川選書)で、鉢形城を落とした後、前田・上杉は八王子城攻めに向かい、真田軍は浅野長吉らと忍城攻めに転じたと書かれています。今回のドラマは、この説に従って描かれているようです。通常の歴史書には真田軍は、前田・上杉と一緒に八王子城攻めに参加していると書かれています。真相はいったいどちらなのでしょう?
赤松も真田丸も、なるほど!です。
勉強になります。
>今回のドラマで、北国軍はとっても楽な戦いをしているように描かれて、しっくりしないものを感じました。
そうですね、全体的に、真田家と北条家の沼田を巡る戦いはもう少し描写を増やしても良かったのではないか、せめてナレーションでいろいろ触れてほしかったなと私は思っています。ただそれは、自分が多少なりとも関連本を読んである程度のことが分かっているからそう思うのかもしれません。時代考証者の方々の話をツィッターや雑誌などで追っていると、ドラマだけを見て1回分の話で理解できる情報量を慎重に考えているようです。また、三谷氏としては、ドラマのテーマを伝えたいというのもあるわけで、あまり色んなことを描きすぎて視聴者の関心が逸れるのを避けている気がします。
依田信蕃については、とても出したかったけど、真田家と活躍時期が重なるので泣く泣く出せなかったという時代考証の方々の意見を読みました。他に、昌幸のライバルの北条氏邦(同じ安房守)も話をすっきりさせるために出せなかったとのことです。
>しかし源次郎が板部岡江雪斎や本多正信や徳川家康にまで見込まれて氏政の説得に赴くというのは、大河にありがちな、行き過ぎた「主人公補正」で、あまり感心できないかも。さすがに主人公をヨイショしすぎでしょう・・・と。
私はそうは思いませんでしたよ。交渉でやりあった相手からリクルートされるというのは現在も当時もよくあることではないでしょうか。それに、信繫はどう見ても便利使いされてます。ドラマではすでに詰んだ(それまで徳川も交渉しているが拉致があかないという)状況で、この際使える者はダメ元で使おう、という感じで源次郎にお鉢が回ってきてますよね。徳川にすれば、見どころはあるが死んでもまあしょうがない、くらいの人選ですよね。今回は真田家の危機でもなく、見返りもないのに、生きて帰れるかどうかの目に遭わされる源次郎はたいがい可哀想だなあと思いました。
最近あまりまともな感想も書けていないのですが、読んで下さってありがとうございます。
>あまり色んなことを描きすぎて視聴者の関心が逸れるのを避けている気がします。
たしかにそうですね。上杉・真田といっしょに戦っていた前田利家も出てきませんでした。チョイ役で出してその人物をちゃんと描けないようなら、出すのも失礼、いっそのこと出さない方がよいという哲学が貫かれているのかと思います。
かつて、「利家とまつ」の小田原合戦の回で、真田昌幸が本当にチョイ役で出てきて、セリフも一つか二つしかなく、空気のような存在だったことを思い出しました。記憶に残らないあんな出した方なら、出さない方がよいということですね。
依田信蕃や北条氏邦も出せば、それはそれで面白くなったでしょうが、彼らの人生を描こうとすると、大坂城中など他のエピソードを大幅に削らなければならず、苦渋の決断だったのかと拝察します。
依田信蕃も、北条氏邦も、脇役でなく、彼らを主人公にしたドラマや映画をつくるに値する人物だと思います。いずれ、そうした作品ができることに期待したいと思います。
>交渉でやりあった相手からリクルートされるというのは現在も当時もよくあることではないでしょうか。
一昨年の「軍師官兵衛」で、黒田官兵衛が小田原城で北条親子と交渉をするのは一つの見せ場でした。そちらは史実に基づいています。黒田官兵衛くらいにネームバリューはないと、北条も「失礼な!」と思うのではないかと・・・・・。
今回、当の交渉役だった黒田官兵衛も出てこないのに、若輩の源次郎にその役をやらせてしまうのは、脚色としても行き過ぎか・・・と私には思えました。
真田家の人々、ふつうに等身大に描いていけば、十分に感動的なドラマになると思います。あまり史実にない主人公アゲの脚色をしすぎると、かえって白々しくなるのを恐れます。
まあ、ドラマを観る側の感じ方も人それぞれで、良いのではないでしょうか。
真田丸は、描かれたエピソードの解釈も人によって異なるので面白いですね。
茶々と源次郎の山吹のエピソードなど人によってさまざまな解釈がされていましたっけ。
今後ともよろしくお願いします。
>今回、当の交渉役だった黒田官兵衛も出てこないのに、若輩の源次郎にその役をやらせてしまうのは、脚色としても行き過ぎか・・・と私には思えました。
これについては、考証の丸島和洋氏のtwitterを引用しますね。23話放映後の呟きです。 この後も呟きは続くのですが、視聴者は「小田原征伐なら官兵衛」としか思っていないけれど、制作者はここで官兵衛を出すならその前後をどう語るかまで考えないといけないと自覚していることが分かります。
以下引用~~~
・ この物語は東国を中心に動いており、西国の話はナレーション処理となっています。したがって、ここまでのシーンで、黒田官兵衛が登場する余地がありませんでした。彼が秀吉に助言するのは、西国方面の案件だからです。
・ 官兵衛の活躍の場面となる小田原開城交渉ですが、信繁は別ルートです(官兵衛が描かれていないだけと思ってください)。この時期、秀吉は北条の支城について、「馬廻」を派遣して降伏を勧告していました。したがって、信繁が何らかの交渉事に携わったことはありえる。」
・ 肝心の小田原城ですが、実は諸大名が個別に降伏勧告をかけていました。途中から、北条氏規も交渉に参加しますが、まだ韮山が降伏していないので、氏規はまだ動いていません。黒田官兵衛ですが、秀吉が働きを絶賛していますから、オフィシャルな使者だったのでしょう。
・ 問題の今回の使者ですが、信繁は家康と大谷吉継の「私的な使い」ですから、秀吉の使い(これが黒田官兵衛)とは別ルートということになります。したがって、官兵衛の手柄を奪ったというわけではありません。では、なぜ官兵衛を出さないのか。
・ あまり細かい事はお話し出来ないのですが、ひとつの問題が、このドラマが豊臣政権を描くものではなく、真田を描くドラマだということです。官兵衛をここで登場させると、以後の政局の描写が正直かなり複雑化します。現在整理中ですが、かなりややこしい。
丸島先生のツイートを紹介してくださってありがとうございました。時代考証の先生方も、脚本と史実の整合性をいかに確保するか、大変に苦労しておられる様子がよくわかりますね。
ただ、私としては、脚色エピソードを膨らませるよりも、史実として確実な兄上(信幸)の活躍などにもうちょっと時間を割いて欲しかったという想いを禁じ得ません。
来週は忍城攻めの決着などの描き方に注目して視聴したいと思います。
貴ブログを紹介させてもらいました。ご了承ください。
今後ともなにとぞよろしくお願い申し上げます。